第07話 伯爵令嬢、なぜか建築診断の行列ができる
翌朝。
俺は鉄兜をかぶって、馬車に乗り込んだ。
「本日の予定は?」
俺が聞くと、マリアが分厚い紙束をめくった。
「午前中に三件です」
「昨日より減ったな」
「いえ」
「ん?」
「一件あたりの依頼内容が増えました」
「…………」
嫌な予感がする。
「一件目は屋敷の外壁」
「普通だな」
「二件目は地下倉庫」
「普通だ」
「三件目は別邸の屋根」
「普通だな」
マリアが続ける。
「それから追加で、家具の配置について相談したいという依頼が二件」
「建築じゃねぇだろ!」
「さらに、庭園の石垣について」
「それはまあ建築か」
「あと暖炉の煙突」
「分かる」
「それから――」
「待て」
俺は手を上げた。
「どこまで俺にやらせる気だ?」
「依頼人次第です」
「俺は伯爵令嬢だぞ?」
「はい」
「建築士じゃないぞ?」
「はい」
「土方だぞ?」
「……それは存じ上げません」
「そうだった」
俺は前世のことを思い出した。
そうだ。
この世界の人間は俺が元土方だなんて知らない。
なのに、なぜか建物を見ると自然に分かる。
不思議なもんだ。
「まあ、いいか」
「お嬢様、諦めるのが早いです」
◇
一件目。
侯爵家の屋敷。
「こちらです、エレノア様!」
屋敷の主人が案内する。
「まず外壁です」
「分かった」
俺は壁を見る。
「……」
少し離れる。
近づく。
しゃがむ。
触る。
叩く。
コンコン。
「ここ」
「はい!」
「補修しただろ」
「はい!」
「でも中が悪い」
「えっ?」
「表面だけ直してる」
「…………」
主人が青ざめる。
「やはり……」
「何かあったのか?」
「以前、業者に修理を頼んだのですが……」
「手抜きされたな」
「…………」
「まあ、全部が全部悪いわけじゃねぇ」
「本当ですか?」
「ああ」
俺は壁を指差した。
「ここの職人は腕がいい」
「分かるのですか?」
「仕事を見れば分かる」
主人は感激した。
「さすがです!」
「いや、大したことじゃない」
「いえ!」
主人は俺の手を握った。
「ぜひ、今後も我が家をお願いいたします!」
「……まあ、いいけど」
こうして一件目は終了。
◇
二件目。
「こちらが地下倉庫です」
案内された地下へ降りる。
俺は階段を一段降りた。
「……」
止まる。
「どうした?」
「この階段」
「はい」
「急すぎる」
「…………」
「老人が使うには危ない」
「なるほど……」
「それと手すり」
「問題がありますか?」
「ない」
「では――」
「今はな」
「今は?」
「数年したら緩む」
「なぜ分かるのですか?」
「固定の仕方が悪い」
「…………」
主人が真剣な顔になる。
「直します」
「そうしろ」
「ありがとうございます!」
俺は頷いた。
すると主人が小声で呟いた。
「……本当に美しい方なのに」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
◇
三件目。
別邸の屋根。
俺は屋根を見上げた。
「……」
「どうでしょう?」
「登る」
「え?」
「屋根を見ないと分からん」
「お嬢様、自分で登るんですか?」
「当然だろ」
「危険では?」
「安全帯」
「用意します!」
数分後。
俺は鉄兜に安全帯。
ドレスの裾をまとめて、屋根に登っていた。
「…………」
下では大量の使用人と貴族が見上げている。
「エレノア様!」
「はい!」
「お気をつけください!」
「大丈夫だ!」
俺は屋根を歩く。
「……うん」
瓦を確認する。
「ここ、交換」
「分かりました!」
「こっちも」
「はい!」
「あと、この雨樋」
「はい!」
「詰まってる」
「…………」
主人が感動した顔をする。
「なぜ、そこまで分かるのですか……」
「雨の流れを見りゃ分かる」
「さすがです……!」
俺は屋根の上で腕を組んだ。
「仕事ってのはな」
下にいる職人たちへ声をかける。
「見えないところが大事なんだ」
「はい!」
「見た目だけ綺麗にしても、中が悪けりゃ意味がねぇ」
「はい!」
「分かったか!」
「はい、親方!」
「よし!」
俺は満足した。
その直後。
屋根の下から声が聞こえた。
「エレノア様!」
「ん?」
「お美しいです!」
「…………」
「…………」
現場が静まり返る。
俺は屋根の上から叫んだ。
「仕事中に何言ってんだ!」
下にいた若い使用人が真っ赤になった。
「す、すみません!」
俺はため息をついた。
「ったく……」
そして再び屋根を見る。
「……ん?」
俺は一点を見つめた。
「おい」
「はい!」
「ここ、変だぞ」
「え?」
「この屋根の下」
俺は瓦を指差した。
「空洞がある」
「…………」
「かなり大きい」
「どういうことです?」
俺は眉をひそめた。
「誰かが、屋根裏を改造してる」
「屋根裏を?」
「ああ」
「何のために……?」
「知らん」
俺は鉄兜を押さえた。
「調べるぞ」
こうして三件目の建築診断は――
思わぬ方向へ進むことになった。
そして俺はまだ知らなかった。
この屋敷の屋根裏に――
王都を揺るがす、とんでもない秘密が隠されていることを。




