第05話 伯爵令嬢、親方と呼ばれる
王宮改修工事、三日目。
「おい、そこの梁!」
「はい!」
「持ち上げる前に声かけろ!」
「はい!」
「三、二、一!」
「せーの!」
ドスン!
「よし!」
俺は腕を組んで頷いた。
「いいぞ!」
「ありがとうございます!」
完全に現場だった。
最初は俺を見て戸惑っていた作業員たちも、三日も経てば慣れてきた。
俺が現場に来る。
鉄兜をかぶる。
ドレスを着ている。
そして怒鳴る。
「そこ違う!」
「はい!」
「足場確認!」
「はい!」
「材料は端に置くな!」
「はい!」
「よし!」
「はい!」
もはや誰も疑問を持たなくなっていた。
ただ一人を除いて。
「お嬢様……」
マリアだけは毎日頭を抱えていた。
「何だ?」
「なぜ今日もドレスなのですか?」
「洗濯が追いつかない」
「そこではありません!」
「じゃあ何だ?」
「なぜ鉄兜なのですか!」
「安全第一」
「なぜ腰に剣まで差しているのですか!」
「現場に工具は必要だろ」
「剣は工具ではありません!」
「使えるぞ」
「何に!?」
「ロープ切ったり」
「そのためだけに剣を!?」
マリアは疲れ切った顔で空を見上げた。
「神様……どうかお嬢様を元の令嬢に戻してください……」
「無理だと思うぞ」
「なぜですか!」
「俺もそう思うから」
「自覚がおありなのですね……」
◇
昼休み。
作業員たちが弁当を広げていた。
俺もその輪に入る。
「お嬢様、こちらどうぞ」
「ありがとう」
俺は木箱に腰掛けた。
「いやぁ、現場で食う飯はうまいな」
「分かります!」
若い作業員が嬉しそうに笑う。
「この前まで王宮の工事なんて緊張してましたけど……」
「慣れたか?」
「はい!」
「いいことだ」
俺は弁当を食べながら周囲を見る。
「ところで、お前ら」
「はい?」
「昼飯、足りてるか?」
「え?」
「量が少ない」
「そうですか?」
「働いてるならもっと食え」
俺は自分の弁当を見る。
「肉を食え、肉を」
「お嬢様……」
「何だ?」
「完全に親方です」
「…………」
俺は箸を止めた。
「誰が?」
「お嬢様が」
「俺が?」
「はい」
「……まあ、いいか」
「いいんですか!?」
マリアが叫んだ。
◇
午後。
「親方!」
「何だ!」
若い作業員が走ってきた。
「東側の足場、組み直しました!」
「見せろ!」
「はい!」
俺は立ち上がる。
そして足場を確認。
「……うん」
「どうです?」
「合格」
「やった!」
作業員が嬉しそうに拳を握る。
「ありがとうございます!」
「よくやった」
俺が肩を叩く。
すると周囲から声が上がった。
「親方!」
「親方、こっちも見てください!」
「親方、梁の位置が――」
「親方、材料が足りません!」
「親方、休憩していいですか!」
「最後のは俺に聞くな!」
俺は笑ってしまった。
「ははは!」
懐かしい。
この感じ。
前世の現場を思い出す。
「……やっぱり、仕事っていいな」
ぽつりと呟く。
その声を、王太子が聞いていた。
「エレノア嬢」
「ん?」
「君は、本当に楽しそうだな」
「まあな」
「伯爵令嬢としての生活より?」
「比べるまでもない」
「そんなにか?」
「だって、ここには仕事仲間がいる」
「……」
「それに、完成したものを見るのは気持ちいいだろ」
王太子は少し驚いた顔をした。
そして笑った。
「なるほど」
「何だ?」
「いや。君は変わった令嬢だと思っていたが……」
「悪かったな」
「褒めている」
「そうか?」
「ああ」
王太子は現場を見回した。
「職人たちも、君が来てから明らかに活気づいている」
「ならいいじゃねぇか」
「ただし――」
「ん?」
「王宮の職人たち全員が君を『親方』と呼び始めた件については、どうする?」
「…………」
俺は現場を見た。
「親方!」
「親方、こっちです!」
「親方、確認お願いします!」
「親方!」
「親方!」
「…………」
俺は鉄兜を押さえた。
「……別にいいんじゃねぇか?」
「お嬢様!」
マリアの悲鳴が響いた。
「あなたは伯爵令嬢です!」
「分かってるって」
「分かっていません!」
その日の夕方。
王宮改修現場に、新しい看板が掲げられた。
『現場責任者 エレノア・フォン・グランベル』
その下には、誰かが小さく書き足していた。
『通称・親方』
「誰、これ書いたの!!」
マリアの怒鳴り声が、王宮中に響き渡った。




