第04話 伯爵令嬢、兜をかぶって現場入り
翌朝。
俺は朝から大忙しだった。
「お嬢様、お召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
マリアが持ってきたのは、いつもの上品なドレス。
「いや」
「……はい?」
「今日はこっち」
俺が指差したのは――
鎧だった。
「…………」
マリアが固まる。
「お嬢様」
「何だ?」
「これは鎧です」
「見れば分かる」
「なぜ着るのですか?」
「現場だから」
「王宮の改修現場ですよ?」
「だからだ」
「ドレスでは?」
「汚れる」
「作業着では?」
「持ってない」
「…………」
マリアは深いため息をついた。
「せめて普通の服を……」
「駄目だ」
「なぜですか?」
「安全第一だ」
俺は真剣だった。
「頭を守るものが必要だ」
「それなら、帽子では?」
「帽子じゃ守れねぇだろ」
「……確かに」
そこへ、屋敷の騎士が持ってきたものがあった。
「お嬢様、こちらは?」
俺はそれを見た。
「おお!」
立派な鉄兜。
「これだ!」
俺は嬉々として被った。
銀色の長い髪。
完璧な顔立ち。
優雅なドレス。
そして――
頭にはゴツい鉄の兜。
「…………」
マリアが口を開く。
「……お似合いです」
「だろ?」
「いえ、そういう意味では……」
「よし、行くぞ!」
「お待ちください!」
◇
王宮改修現場。
「え?」
「何だあれ?」
「伯爵令嬢……?」
「いや、騎士……?」
作業員たちがざわつく。
そこへ俺が歩いていく。
カツン。
カツン。
鎧の足音が響く。
ドレスの裾が揺れる。
頭には鉄兜。
「おはようございます」
「お、おはようございます!」
俺は現場を見回した。
「今日からここの確認をする」
「はい!」
「まず足場」
俺は上を見る。
「……何だこれ」
「問題がありますか?」
「ある」
俺は即答した。
「手すりが低い」
「え?」
「ここ、作業員が落ちたらどうする?」
「…………」
「あと、板の固定が甘い」
「…………」
「それと、あそこの支柱」
俺は指差す。
「一本足りない」
「ええ!?」
現場監督が慌てて確認する。
「……本当だ!」
俺は頷いた。
「よし。直してから作業再開」
「はい!」
作業員たちが一斉に動き始める。
「……すげぇ」
「何だあのお嬢様」
「一目で分かったぞ」
「現場監督より現場監督してないか?」
俺は聞こえないふりをした。
◇
「お嬢様!」
マリアが駆けてくる。
「何だ?」
「なぜそんなに生き生きしているのですか?」
「仕事だからな」
「ですが……」
マリアは俺を見る。
銀髪。
美しい顔。
豪華なドレス。
鉄兜。
腰には護身用の剣。
「どう見ても戦場へ向かう令嬢です」
「現場は戦場みたいなもんだ」
「違います!」
「似たようなもんだろ」
「全然違います!」
そのとき――
「エレノア嬢!」
王太子がやってきた。
「どうだ?」
「危ないところが多い」
「そんなに?」
「ここはまだいい」
俺は王宮を見上げた。
「問題はあっちだ」
「あっち?」
「東棟」
「何がある?」
「壁」
「壁?」
「傾いてる」
「…………」
王太子が固まる。
「どのくらい?」
「目視で分かる程度」
「そんなにか……」
「それと屋根」
「また屋根か」
「雨が降ったら一階まで漏る」
「…………」
王太子は頭を抱えた。
「王宮を建てた職人たちは何をしていたんだ……」
「昔の建物だから仕方ねぇよ」
「そういう問題か?」
「そういう問題だ」
俺は兜を被り直した。
「よし」
「何をする?」
「調査」
「どうやって?」
「登る」
「待て!」
俺は足場に向かって歩き出す。
「エレノア嬢!」
「何だ?」
「君は伯爵令嬢だぞ!」
「知ってる」
「なら、もっと令嬢らしく!」
俺は振り返った。
兜の下から美しい笑顔を見せる。
「ご心配なく」
「……?」
「安全帯はちゃんと付けます」
「そういう問題じゃない!」
王太子の叫び声が王宮に響いた。
その日。
王宮では一人の美麗な伯爵令嬢が――
ドレス姿に鉄兜をかぶり、足場を駆け回っていた。
そして作業員たちは口を揃えて言った。
「……あの人、絶対ただの令嬢じゃない」
本人だけは満足そうだった。
「やっぱ現場はいいなぁ」
四十六歳の土方魂は、異世界に転生しても健在だった。




