第02話 伯爵令嬢、社交界で施工不良を見つける
転生して一週間。
俺はついに、社交界デビューの日を迎えた。
「お嬢様。本日はくれぐれも言葉遣いにお気をつけください」
「分かってる」
「男性には丁寧に」
「分かってる」
「大声を出さない」
「分かってる」
「腕を組まない」
「分かってる」
「工事現場のような話をしない」
「…………」
「お嬢様?」
「分かってるって」
マリアは心配そうな顔をしていた。
当然だ。
俺は四十六歳の土方のおっさん。
今日は十七歳の超美麗伯爵令嬢として、王都の社交パーティーに参加する。
ちなみに今日の服装は、淡い青色のドレス。
鏡を見る。
「……すげぇ」
何度見ても美人だ。
前世では作業着と安全靴が似合う男だった俺が、今ではどう見ても貴族令嬢。
「この顔で『お疲れ様です』って言ったら、どうなるんだろうな」
「お嬢様」
「冗談だ」
◇
会場に到着すると――
「まあ……!」
「グランベル伯爵のご令嬢だわ」
「なんてお美しい……」
「銀色の髪……」
周囲から視線が集まった。
俺は少し緊張した。
「……こういうの苦手だな」
「笑顔でございます」
「こうか?」
ニコッ。
周囲がざわつく。
「まあ……!」
「なんて素敵な笑顔!」
「お美しい……」
俺は心の中で呟いた。
(現場だったら『歯を見せて笑え』って言われても困るんだけどな)
そんなことを考えていると、一人の青年が近づいてきた。
「エレノア嬢」
「はい?」
「よろしければ、私と一曲――」
「すみません」
「え?」
「その前に聞きたいことがある」
「……何でしょう?」
俺は青年の後ろを指差した。
「この屋敷、いつ建てた?」
「え?」
「外壁のひび割れ」
「……」
「窓枠も歪んでる」
「…………」
「あと、あそこの柱」
俺は目を細めた。
「沈んでるぞ」
「…………」
青年が固まった。
「なぜ……分かるのですか?」
「見れば分かる」
「いや、普通は分かりません!」
「そうか?」
「そうです!」
そこへ別の貴族令嬢がやってきた。
「エレノア様、こちらへどうぞ」
「ああ」
俺は歩き出した。
しかし――
ピタッ。
止まる。
「……」
「どうされました?」
「床」
「床?」
「ここ、鳴る」
俺は足で軽く踏む。
ギィ……。
「ほら」
「…………」
「床板が浮いてる」
「…………」
「このままだと――」
ギィィィィ……。
「抜けるぞ」
「きゃあああああ!」
令嬢が飛び退いた。
床板が少し沈む。
「…………」
「…………」
「…………」
会場が静まり返った。
俺は何事もなかったように立ち上がった。
「危なかったな」
「エレノア様……」
誰かが呟いた。
「なぜ分かったの……?」
「経験だ」
「どんな経験ですか?」
「現場」
「また現場……」
マリアが遠くで頭を抱えていた。
◇
その後。
俺は完全にパーティーの主役になってしまった。
「エレノア様、我が家の壁も見ていただけませんか?」
「うちの屋根もお願いします!」
「実は倉庫の床が……」
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
「建築に詳しい令嬢です!」
「令嬢じゃねぇだろ!」
思わず叫んだ。
全員が静かになる。
しまった。
俺は咳払いをした。
「……失礼しました」
優雅にスカートをつまむ。
「少々、声が大きくなってしまいましたわ」
周囲から拍手が起こった。
「素晴らしい!」
「なんて堂々とした方!」
「さすがグランベル伯爵令嬢!」
「…………」
俺は引きつった笑顔を浮かべた。
(違う)
(俺は今、ただ怒鳴っただけだ)
そのとき、会場の奥から声がした。
「エレノア嬢」
振り返る。
そこに立っていたのは、王太子だった。
「少し、私の屋敷も見てもらえないだろうか」
「王太子殿下まで!?」
俺は頭を抱えた。
「……どこが悪いんです?」
「全部見てほしい」
「全部?」
「屋敷全体だ」
「…………」
俺はため息をついた。
「分かりました」
そして心の中で呟く。
(貴族社会、面倒くせぇと思ってたけど……)
(仕事があるなら、まあいいか)
こうして俺の社交界デビューは――
なぜか建築診断会になった。




