第25話 伯爵令嬢、古い倉庫の雨漏りを調査する
翌朝。
俺は王宮の建築技術官に案内され、古い倉庫へ向かっていた。
もちろん、鉄兜は装備済みだ。
「こちらが問題の倉庫です」
「なるほど……」
目の前にあるのは、石造りの大きな建物だった。
王宮で使う備品や、古い家具、修繕用の材料などを保管しているらしい。
建物自体は頑丈そうだが、壁の一部に黒ずんだ跡がある。
「雨が降ると、こちらの壁に水が染み込んでくるのです」
「中も見せてもらえますか?」
「もちろんです」
俺は建物の外周を一周した。
壁の状態、屋根の形、雨樋の位置、地面の傾斜。
まずは外側から確認する。
「お嬢様、何か分かりましたか?」
マリアが尋ねてきた。
「まだだ。まずは水がどこから来ているのか調べないとな」
俺は壁の黒ずんだ部分を指で触った。
「この辺りだけ汚れ方が違うな」
「雨水が染み込んでいるからでは?」
「そうかもしれない。でも、壁の上から流れてきている可能性もある」
俺は少し離れて屋根を見上げた。
屋根の端に取り付けられた雨樋が、途中で途切れている。
「……あれか?」
「どうされました?」
「雨樋が途中で終わってる。あそこから水が壁に流れ落ちているんじゃないか?」
技術官が屋根を見上げた。
「確かに、あの部分は以前から問題になっていました。しかし、壁の内側まで水が染み込む理由は分かっておりません」
「じゃあ、まず屋根から確認しましょう」
建物の中に入ると、壁の内側にも黒ずんだ跡があった。
床の隅には、雨が降った後に水が溜まるらしい。
「ここも濡れるんですか?」
「はい。強い雨が降った翌日は、床に水が溜まっていることがあります」
「床の排水は?」
「ありません」
「……そりゃ困るな」
俺はしゃがみ込み、床と壁の境目を確認した。
壁の下部にも湿気が残っている。
屋根からの雨水だけでは説明できないかもしれない。
「外の地面も確認しましょう」
倉庫の裏手に回ると、建物の周囲には石畳が敷かれていた。
しかし、建物に向かってわずかに傾斜している。
「これは……」
俺は地面にしゃがみ、石畳の高さを確認した。
「水が建物に向かって流れるようになってますね」
「え?」
技術官が驚いた。
「本当ですか?」
「雨が降ったら、ここに水が集まる。壁際に水が溜まって、少しずつ内部に染み込んでいる可能性があります」
俺は地面に棒で簡単な図を描いた。
「建物の周囲は、基本的に外側へ水が流れるようにしないといけません。壁際に水を集めるのは良くない」
「なるほど……」
「それに、雨樋の水もこの辺りに落ちている。屋根からの水と地面の水、両方が原因かもしれません」
技術官は腕を組んだ。
「これまで何度も壁を補修してきましたが、原因がそこにあったとは……」
「壁だけ直しても、水が入り続けたら意味がありませんよ」
俺は立ち上がった。
「まずは雨樋を修理して、雨水の流れを変えましょう。それから建物の周囲に排水溝を設けます。壁の補修は、その後です」
「分かりました。すぐに職人を手配しましょう」
「待ってください。排水溝を作るなら、地面の中も確認したいです」
「地面の中ですか?」
「水がどこへ流れるのか、出口が必要ですからね」
その日の午後。
倉庫の裏手を少し掘り返して、地中の状態を調べることになった。
職人たちが石畳を外し、土を掘り進めていく。
「親方、こちらに何かあります!」
「何だ?」
俺はすぐに近づいた。
掘り進めた場所に、平たい石が並んでいる。
土を取り除くと、石の列が奥へ続いていた。
「これは……古い排水路か?」
技術官も驚いた顔をしている。
「このようなものがあったとは……」
俺は石の配置を確認した。
ただ石を並べただけではない。
底にはわずかな傾斜があり、水を流すための構造になっている。
「昔の人間も、ちゃんと考えて作ってたんだな」
「かなり古いもののようです」
「壊さないように慎重に掘れ。全部を露出させる必要はない。まずはどこにつながっているか確認するぞ」
職人たちが慎重に土を取り除いていく。
すると、排水路の先に小さな空間が見えてきた。
「親方、奥が空洞になっています!」
「ちょっと待て。無理に入るなよ」
俺はすぐに作業を止めた。
空洞があるなら、崩落の危険もある。
内部の状態を確認するまでは、人を入れるわけにはいかない。
「周囲に柵を設置。掘削も一旦中止だ。まずは上から内部を確認する」
「了解しました!」
技術官が不思議そうに尋ねてきた。
「エレノア嬢、そこまで警戒する必要があるのでしょうか?」
「あります。地中の空洞は、見た目以上に危険な場合があります。安全が確認できるまでは近づかない方がいいです」
俺は穴の中を覗き込んだ。
暗くて奥までは見えない。
しかし、石で組まれた壁らしきものが見える。
「これは、ただの排水路じゃないかもしれないな」
「どういうことでしょう?」
「もっと大きな水路につながっている可能性があります」
技術官の表情が変わった。
「まさか、王宮の地下にそのような施設が?」
「まだ分かりません。調査してみないと何とも言えませんね」
夕方。
俺は倉庫の調査結果をまとめていた。
雨漏りの原因は、屋根だけではなかった。
雨樋の不具合。
建物に向かって傾いた地面。
そして、地中に埋まっていた古い排水路。
いくつかの問題が重なっていたようだ。
「お嬢様。結局、セメントの試験はどうなさるのですか?」
マリアが尋ねてきた。
「もちろん使うつもりだ。ただし、先に排水の問題を解決する」
「壁の補修には使えそうですか?」
「試験結果が良ければ、小さな範囲で試してみる価値はあるな」
俺は記録帳を閉じた。
「それにしても、あの地下の空洞が気になる」
「また新しい調査ですか?」
「そうだな。あれだけの石組みなら、かなり古い施設かもしれない」
「お嬢様……」
マリアの声が少し低くなった。
「何だ?」
「明日は、別の予定が入っていたはずですが」
「ああ、王宮の庭園の確認だな」
「その後は?」
「地下水路の調査だ」
「やっぱり!」
マリアが頭を抱えた。
俺は笑いながら、鉄兜を手に取った。
新しいセメントを作ったと思ったら、今度は地下水路か。
この世界には、まだまだ調べるものがたくさんある。
現場仕事は、やっぱり面白い。




