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46歳の土方のオッサンが転生したら超美麗な伯爵令嬢に  作者: 山田✴ソラ


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第23話 伯爵令嬢、セメントの試験施工をする


 セメントが完成した。


 いや、正確には試作品が完成した、というべきだろう。


 俺は完成した粉末を小さな袋に詰め、机の上に並べた。


「よし。次は実際に使ってみるか」


「お嬢様。もう次ですか?」


 背後から、マリアの疲れ切った声が聞こえた。


「当たり前だろ。材料ってのは、作っただけじゃ意味がねえ。使って、確かめて、問題がないか調べる。そこまでやって初めて現場に出せるんだ」


「……そのお話は、何度も聞いております」


「何度聞いても大事なことだからな」


「そういうところです!」


 マリアが叫んだ。


 だが、俺は気にしない。


 現場では確認を怠った奴から痛い目を見る。


 これは前世で嫌というほど学んだことだ。


 せっかく新しい材料を作ったんだ。ここで浮かれて、いきなり大きな建物に使うわけにはいかない。


 まずは小さな試験施工だ。


「場所は、あの古い水路の近くにしよう」


「水路ですか?」


「ああ。水に触れる場所で、どれくらい使えるか確かめたいんだ」


 俺は机の上に広げた庭園の図面を指でなぞった。


 以前、王宮の庭園を調査したときに見つけた古い排水路。


 長年の改修で一部が塞がれていたが、今後の庭園整備では排水機能を見直す必要がある。


 その近くなら、新しいセメントの試験にもちょうどいい。


「よし。親方、出動だ!」


「お嬢様は伯爵令嬢です!」


「現場では関係ねえ!」


「関係あります!」


 マリアの叫び声を背中に受けながら、俺は鉄兜を手に取った。


 王宮の庭園に到着すると、以前から一緒に作業している職人たちが待っていた。


「親方、お待ちしておりました!」


「おう。今日は試験施工だ。いつもの工事とは勝手が違うぞ」


「試験施工、ですか?」


「ああ。新しい材料が本当に使えるか、実際に施工して確かめる」


 俺は持ってきた袋を職人たちに見せた。


「これが新しく作ったセメントだ」


「おお……!」


 職人たちが興味深そうに袋を覗き込む。


「これが、あの石灰石から作ったっていう材料ですか?」


「そうだ。ただし、まだ試作品だ。何にでも使えると思うなよ」


 俺は念を押した。


「今日は小さな試験用の壁を作る。普通のモルタルを使った壁と、セメントを使った壁を並べて作るんだ」


「二つ並べるんですか?」


「そうだ。条件をなるべく揃えて、違いを確かめる。材料の量も、使う石も、壁の大きさもな」


 新しい材料を試すなら、比較対象が必要だ。


 新しい方だけ作って、なんとなく丈夫そうだった、では話にならない。


「それと、作ったらすぐに結果が出るわけじゃねえ。固まるまでの時間も必要だし、何日か置いてから強度や水への耐性も確かめる」


「なるほど……」


「記録係も決めておけ。材料の配合、練ったときの状態、施工した時刻、天候。全部記録するんだ」


「了解しました、親方!」


 職人たちの返事が揃った。


 うん。


 やっぱり現場はこうでなくちゃいけない。


 試験施工が始まった。


 まずは従来のモルタルを使い、小さな壁を作る。


 次に、俺たちが開発したセメントを使った材料で、同じくらいの大きさの壁を作る。


 ただし、新しいセメントを使う方は、砂などの材料との配合を慎重に調整する必要がある。


「親方、こちらは少し粘り気が強いようです」


「水を足す前に、材料が均一に混ざってるか確認しろ。水を入れすぎると、固まった後の強度に影響が出る可能性がある」


「分かりました!」


 俺は職人が練った材料を確認した。


 見た目は悪くない。


 だが、見た目だけで判断するわけにはいかない。


「よし。まずはこの配合で施工してみよう。次の試験では、砂や水の量を変えたものも比較するぞ」


「まだ配合を変えるんですか?」


「当然だ。材料ってのは、配合ひとつで性質が変わることがあるからな」


 俺は壁の基礎部分を確認し、石を一つずつ積ませていった。


 新しい材料を使うからといって、基礎や施工手順をおろそかにしていいわけじゃない。


 むしろ、初めて使う材料だからこそ、普段以上に丁寧にやる必要がある。


「目地の厚さを揃えろ。石の据わりも確認。余った材料は勝手に水路へ流すなよ」


「はい!」


「それから、試験区画には柵を設ける。材料が固まるまで触らせるな。見学に来る人間にも近づかせるな」


「了解です!」


 職人たちが動き出す。


 小さな壁とはいえ、手は抜かない。


 その様子を見ていたマリアが、呆れたように呟いた。


「お嬢様……。王宮の庭園に、まさか試験用の壁が二つ並ぶことになるとは思いませんでした」


「いいじゃねえか。見た目だけじゃなく、役に立つ壁を作るための試験だ」


「庭園の景観は大丈夫なのでしょうか?」


「試験が終わったら撤去するか、必要に応じて整備する。最初からそのつもりで場所を選んでる」


「……そこまで考えていらっしゃったのですね」


「当たり前だろ。段取り八分って言うだろ?」


「また、そのお言葉ですか……」


 昼過ぎ。


 二つの試験壁が、ようやく形になった。


 片方は従来のモルタルを使ったもの。


 もう片方は、新しいセメントを使ったものだ。


 どちらも小規模なものだが、比較するための条件はできるだけ揃えてある。


「親方、完成しました!」


「おう。よくやった」


 俺は壁の周囲を歩き、施工状態を確認した。


 石の並びに問題はないか。


 目地に隙間はないか。


 基礎部分に異常はないか。


 気になるところを一つずつ確認していく。


「今のところ、施工自体は問題なさそうだな」


「では、新しいセメントも成功ですか?」


「いや、まだだ」


 俺は即答した。


「今分かったのは、ひとまず壁を作れたってことだけだ。材料として使えるかどうかは、これから確かめる」


 職人たちは真剣な顔で頷いた。


「まずは固まるまで待つ。その間に、試験用の小さな板も作っておく。あとで水に触れさせたり、荷重をかけたりして比較するんだ」


「荷重をかけるんですか?」


「そうだ。ただし、いきなり無茶な重さを載せるなよ。段階を決めて、安全を確保しながら試すんだ」


 新しい材料がどれだけの力に耐えられるのか。


 どれくらいの時間で固まるのか。


 水に触れたらどうなるのか。


 時間が経つと、ひび割れたり崩れたりしないか。


 調べることはいくらでもある。


 セメントは、ただ固まればいいってもんじゃない。


 建物を支える材料として使うなら、長く安全に使えるかどうかが重要なのだ。


「親方、これが成功したら、王宮の工事にも使えるようになりますか?」


 若い職人が期待に満ちた顔で尋ねてきた。


「試験の結果次第だな。良い結果が出ても、すぐに大きな工事へ使うわけじゃねえ。まずは小さな補修や、影響の少ない場所から試していく」


「なるほど……」


「焦るな。新しい技術は、確かめながら育てていくもんだ」


 俺は試験壁を見つめた。


 前世では、材料の選定ひとつで現場の作業効率が変わることもあった。


 だが、便利だからといって、何でも使えばいいわけじゃない。


 適材適所。


 それが基本だ。


 その日の夕方。


 俺は試験施工の記録をまとめていた。


 材料の配合、使用量、施工時間、天候、職人たちの所見。


 細かいことまで書き残しておく。


 後日、同じ試験を繰り返すときに必要になるからだ。


「お嬢様、そろそろお戻りになりませんか?」


 マリアが声をかけてきた。


「もう少しだ。明日以降の確認項目を整理しておきたい」


「明日以降も、こちらへいらっしゃるのですか?」


「当然だろ。固まり具合を確認しなきゃならねえからな」


「……そうですか」


 マリアは深く息を吐いた。


「お嬢様。セメントが完成したら、少しは落ち着かれると思っておりました」


「何言ってんだ。完成したからこそ、これからが本番だろ」


「そのお言葉、聞きたくありませんでした!」


 マリアの悲鳴が、夕暮れの庭園に響いた。


 俺は笑いながら記録帳を閉じた。


 試験は始まったばかりだ。


 明日は固まり具合の確認。


 その後は強度試験に水への耐性試験。


 必要なら配合を変えて、何度でもやり直す。


 この世界に、まともな建築材料を増やす。


 それができれば、もっと丈夫で安全な建物を作れるようになるはずだ。


「よし。明日も安全第一でいくぞ!」


「お嬢様! せめて今夜くらいは休んでください!」


 ……まったく。


 現場ってのは、いつだって忙しいもんだ。




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