第18話 伯爵令嬢、庭園の測量を始める
翌朝。
王宮の庭園に、朝早くから人が集まっていた。
庭師たちに、建築作業員、それから測量を手伝うために呼ばれた職人たち。
その中心に立っているのは、もちろんエレノアだった。
銀色の髪をまとめ、上品なドレスの上から作業用の上着を着ている。
頭には鉄兜。
手には巻尺と図面。
その姿を見た庭師長は、もう驚かなかった。
「皆さん、今日は庭園全体の測量を行います。通路の幅、石畳の状態、排水の位置、それから高低差も確認してください」
「承知しました!」
庭師たちが元気よく返事をする。
エレノアは満足そうに頷いた。
「よし。測量は正確にな。適当に測ると、後で寸法が合わなくなるからな」
「はい、親方!」
「……ん?」
エレノアの動きが止まった。
今、誰かが妙な呼び方をしなかったか。
「今、親方って言ったのは誰だ?」
一人の庭師が、そっと手を挙げた。
「わ、私です」
「なんで親方なんだ?」
「以前、温室の建設現場で作業員の方々がそう呼んでいるのを聞きまして……。エレノア様の指示は分かりやすいですし、現場をまとめるお姿も立派でしたので、つい」
「いや、俺は伯爵令嬢だぞ?」
「もちろん存じております!」
「なら、お嬢様でいいだろ」
「ですが、現場では親方と呼んだ方が気合いが入るといいますか……」
庭師は困ったように頭をかいた。
エレノアは腕を組んだ。
「まあ、仕事がやりやすいなら好きにしろ。ただし、測量は正確にな」
「はい、親方!」
「おい、そこは返事だけでいいんだよ!」
マリアが額を押さえた。
「お嬢様……。王宮の庭師にまで親方と呼ばれるようになってしまいましたね」
「別にいいだろ。呼び方より仕事の中身だ」
「そういう問題ではありません!」
そんなやり取りをしながら、測量が始まった。
エレノアは作業員たちと一緒に庭園を歩き、巻尺で通路の幅を測っていく。
「ここは二メートル弱か。人がすれ違うには少し狭いな」
「普段は問題ないのですが、使節団が来ると混雑するかもしれません」
「なら、拡張できるか確認しよう。隣の花壇を全部潰す必要はない。通路の曲がり角を少し変えるだけでも改善できるかもしれない」
エレノアは図面に寸法を書き込んだ。
次は石畳だ。
彼女は石の表面だけでなく、目地や周囲の土の状態まで確認する。
「この辺りは雨水が集まってるな。地面の高さも測っておこう」
「そこまで調べるのですか?」
「当然だろ。表面だけ直しても、下に問題があればまた壊れる。原因を調べずに補修するのは、金を捨てるようなもんだ」
作業員たちは真剣な顔で頷いた。
その言葉に、庭師長も感心した様子だった。
「なるほど……。これまでは石が傷んだら交換することばかり考えていました」
「石が悪いとは限らないからな。水が原因なら、先に水の流れを直す必要がある」
「勉強になります!」
「いや、まだ調査中だ。結論を出すのは、全部確認してからだぞ」
エレノアは念を押した。
測量は順調に進んでいた。
ところが、噴水の裏側を調べていた作業員から声が上がった。
「親方! こちらを見てください!」
「どうした?」
エレノアが駆け寄ると、作業員が植え込みの一角を指差した。
地面に、古い石の縁が見えている。
「これ、何かの基礎でしょうか?」
エレノアはしゃがみ込んで、周囲の土を慎重に払った。
すると、石が一直線に並んでいるのが分かった。
「……こりゃ、何かあるな」
「以前からあったのでしょうか?」
「分からん。庭師長、昔の庭園の図面は残ってるか?」
「古い資料なら、王宮の記録庫に保管されているはずです」
「よし。確認してくれ。勝手に掘り返すのはなしだ。何の構造物か分からないうちは、周囲を傷つけないようにしよう」
「承知しました!」
エレノアは石の位置を図面に記録した。
庭園の下に、何かが埋まっている。
古い排水路か、それとも以前の庭園設備か。
今の段階では判断できない。
しかし、こういうものを見つけたときこそ、慌てずに調べる必要がある。
「面白くなってきたな」
「お嬢様、面白がっている場合ではありません!」
マリアがすかさず突っ込んだ。
「いや、こういうのは大事だぞ。昔の構造を把握できれば、今回の工事にも役立つかもしれない」
「それはそうかもしれませんが……」
そのとき、庭園の入口から王太子が歩いてきた。
「エレノア嬢。測量は順調か?」
「はい。通路や排水の問題を確認しているところです。それと、こちらに古い石組みが見つかりました」
「石組み?」
王太子は地面を覗き込んだ。
「これは……見覚えがないな」
「昔の庭園の設備かもしれません。記録を確認してから、必要なら詳しく調べます」
「分かった。記録庫の使用許可はこちらで出そう」
「ありがとうございます」
王太子は庭園を見渡した。
庭師たちは巻尺を持ち、職人たちは測量の結果を記録している。
その中心で、鉄兜をかぶったエレノアが指示を出していた。
「……ずいぶんと活気があるな」
「親方の指示が分かりやすいので、作業が進むんです!」
近くにいた庭師が、誇らしげに答えた。
「親方?」
「はい! エレノア様のことです!」
王太子は、ゆっくりとエレノアを見た。
「君はついに、庭師たちからも親方と呼ばれるようになったのか」
「本人たちが勝手に呼んでいるだけです」
「君はそれでいいのか?」
「仕事に支障がないなら、別に構いません」
「そうか……」
王太子は苦笑した。
そして、ふと思いついたように尋ねた。
「ところで、今回の庭園改修が終わったら、次は何をするつもりだ?」
「まずは庭園を完成させます。その後は、温室の運用状況を確認して、必要な改善を行います」
「その次は?」
「……まだ決めていませんが」
「本当か?」
「本当です」
エレノアはきっぱり答えた。
王太子は少し安心したように頷いた。
「それならいい。君が次々と新しい計画を持ち出すものだから、こちらも心の準備が必要でね」
「殿下。計画は必要になったら立てるものです」
「その必要が、君の場合は次から次へと生まれるんだが……」
王太子のぼやきは、庭園の風に流されていった。
昼過ぎ。
測量が一通り終わると、エレノアは集めた記録を整理した。
通路の幅。
石畳の沈下。
排水の位置。
地面の高低差。
そして、正体不明の石組み。
「よし。今日の調査結果をまとめよう。明日は記録庫で古い図面を確認する」
「親方、明日もよろしくお願いします!」
庭師たちが声を揃えた。
「おう。今日の記録はなくすなよ。せっかく測った寸法が分からなくなったら、全部やり直しだからな」
「はい!」
エレノアは図面を大切にしまった。
こうして、王宮の庭園改修は次の段階へ進む。
しかし、庭園の地下に眠っているものが何なのか。
それを知るのは、もう少し先の話だった。




