第14話 伯爵令嬢、王宮の騎士を現場作業員にする
王宮の庭園。
温室の基礎工事は、予定どおりに進んでいた。
地盤を確認し、排水の経路を整え、基礎を設置する位置も決まった。
職人たちは、エレノアの指示に従って作業を進めている。
そして本日、いよいよ温室の骨組みを組み立てることになった。
「よし。材料は揃ってるな?」
「はい、親方! 木材、金具、固定用の部品、すべて確認済みです!」
「寸法は?」
「図面と照合しました!」
「よし。じゃあ、組み立てに入る前に、もう一度だけ確認だ」
「またですか、親方!」
職人の一人が思わず声を上げた。
エレノアは鉄兜の下から、じろりと視線を向けた。
「おい」
「は、はい!」
「現場じゃな、確認を面倒くさがる奴から失敗するんだよ」
「……すみません!」
「謝る必要はねえ。覚えときゃいい」
エレノアは木材の束を指差した。
「長さが合ってるか、傷んでる部分がないか、金具の数は足りてるか。組み始めてから足りねえって気づいたら、作業が止まるだろ」
「おっしゃるとおりです、親方!」
職人たちは一斉に返事をした。
その様子を少し離れた場所から見ていたマリアが、深いため息をついた。
「……もう、誰もお嬢様を伯爵令嬢として扱っていませんわ」
「いいことじゃねえか。仕事が進む」
「そういう問題ではございません!」
骨組みの組み立てが始まった。
温室の柱は、透明なシートを取り付けられるように設計されている。今回は試験区画なので、建物の大きさも材料の量も、今後の本格的な建設に比べれば控えめだ。
それでも、組み立てには複数の職人が必要だった。
「柱を立てるぞ! 支える者は位置につけ!」
「はい!」
「固定するまでは手を離すなよ!」
エレノアは作業を見守りながら、次々と指示を出していく。
「そこ、柱が少し傾いてる!」
「えっ?」
「垂直を確認しろ。目で見ただけで大丈夫だと思うな!」
職人が道具を使って確認すると、確かにわずかな傾きが見つかった。
「親方、直しました!」
「よし。次だ!」
作業は順調だった。
しかし、問題は屋根の骨組みに取りかかったところで起きた。
柱と柱をつなぐ横木が、想定していた位置までうまく持ち上がらないのだ。
「おかしいな。図面どおりの寸法なんだが……」
「こちら側を持ち上げれば、反対側がずれます!」
「力任せにやるな! 一度下ろせ!」
エレノアが声を上げた。
職人たちは慎重に横木を下ろした。
彼女は柱の位置、固定金具、横木の寸法を順番に確認していく。
「……なるほどな」
「原因が分かったんですか、親方?」
「いや、まだ断定はできねえ。けど、柱の位置と金具の取り付けをもう一度確認する必要がある」
エレノアは周囲を見回した。
横木を持ち上げる作業には、もう少し人手が欲しい。
職人たちだけで無理に作業を続けるわけにもいかない。
彼女はふと、庭園の入口に目を向けた。
そこには、王宮を警備する騎士たちが立っていた。
「……あいつら、暇そうだな」
「お嬢様?」
マリアが嫌な予感を覚えた、その瞬間。
「おーい! そこの騎士さんたち!」
エレノアが大声で呼びかけた。
騎士たちが一斉に振り向く。
「こちらへ来てくれ!」
「はっ!」
呼ばれた騎士たちは、何事かと駆け寄ってきた。
そして、鉄兜をかぶった美しい令嬢を前に、姿勢を正した。
「エレノア様。何か御用でしょうか?」
「ちょっと人手が足りねえ。手伝ってくれ」
「……手伝い、ですか?」
「そうだ。あの横木を支えるのを手伝ってほしい」
騎士たちの視線が、組み立て途中の温室へ移った。
彼らは互いに顔を見合わせた。
「我々は警備の任務中なのですが……」
「そうか。じゃあ、警備の責任者に確認してくれ。許可が出たら頼む」
「はっ!」
エレノアはあっさり引き下がった。
無理に仕事を押しつけるつもりはない。
安全と役割分担は大切だ。
ところが、騎士たちの一人が妙なことを言い出した。
「エレノア様。我々の隊長は、以前から貴女のことを気にかけておられます。事情を説明すれば、協力を認めてくださるかもしれません」
「そうか。じゃあ、頼んでみてくれ」
騎士は敬礼すると、仲間を一人連れて走っていった。
マリアは頭を抱えた。
「お嬢様……。まさか、本当に騎士様まで動員なさるおつもりですか?」
「許可が出ればな。人手が足りないなら、手伝ってもらえると助かるだろ」
「温室の工事なのですよ?」
「温室の工事だな」
「……もう何も申しません」
しばらくして、騎士隊長がやってきた。
立派な鎧を身につけた大柄な男で、いかにも歴戦の騎士といった雰囲気だ。
「エレノア様。部下から事情を聞きました」
「おう。急に悪いな」
「いえ、王太子殿下からも、貴女の仕事には協力するようにと話がありました。警備に支障がない範囲であれば、問題ありません」
「助かる。無理はさせねえから安心してくれ」
隊長は温室を見上げた。
「しかし、我々は建築の経験がありません。お役に立てるでしょうか?」
「力仕事ができりゃ助かる。ただし、やり方はこっちの職人に聞いてくれ。勝手に動くのは禁止だ」
「承知しました!」
こうして、王宮の騎士たちが温室建設に加わることになった。
エレノアは作業内容を説明し、職人たちと騎士たちの役割を分けた。
「騎士さんたちは、指示があるまで横木を動かさない。合図を確認して、全員の動きが揃ってから持ち上げる。いいな?」
「了解!」
「職人たちは固定金具の確認だ。支えが安定するまでは、絶対に手を離させるなよ」
「はい、親方!」
エレノアの指示で、作業が再開された。
今度は無理に持ち上げず、柱の位置を調整し、固定金具を確認してから作業を進めた。
やがて横木は、予定していた位置に収まった。
「よし! 固定を確認しろ!」
「固定できました!」
「傾きは?」
「問題ありません!」
「よし、次に進め!」
エレノアが頷くと、職人たちから歓声が上がった。
騎士たちも、どこか誇らしげな顔をしている。
「これはなかなか、やりがいがありますな!」
騎士隊長が笑った。
「普段の訓練とは違いますが、仲間と息を合わせる点では同じです」
「そうだな。どんな仕事でも、連携が取れなきゃうまくいかねえ」
エレノアは満足そうに頷いた。
そのときだった。
「エレノア様!」
庭園の入口から、王太子が現れた。
そして、温室の骨組みを見上げ、目を丸くした。
「……騎士たちまで、何をしているんだ?」
騎士隊長が姿勢を正す。
「殿下。エレノア様の温室建設に、人手を提供しております」
「人手を……?」
王太子はエレノアに視線を向けた。
「君は、いつの間に騎士団まで動かせるようになったんだ?」
「いや、許可をもらっただけですけど」
「そういう問題なのかな……」
王太子は苦笑した。
そこへ、マリアが疲れ切った声で付け加えた。
「殿下。お願いですから、これ以上お嬢様にお仕事を増やさないでくださいませ」
「分かった。今は増やさないでおこう」
「今は、ですか……?」
マリアの顔から、さらに表情が消えた。
夕方。
温室の骨組みは、予定していたところまで組み上がっていた。
エレノアは作業を終えた職人たちと騎士たちを集めた。
「今日はご苦労さん。全員、道具と材料の数を確認してから片づけてくれ。使った道具を放置するなよ」
「はい、親方!」
騎士たちまで、すっかり返事が揃っていた。
「明日も作業がある。疲れが残ってる奴は無理をするな。怪我をしたら元も子もねえからな」
騎士隊長が、感心したように頷いた。
「エレノア様は、作業の管理まで徹底されているのですね」
「当たり前だろ。人が働くんだから、休むことも仕事のうちだ」
その言葉に、職人たちも騎士たちも深く頷いた。
エレノアは最後に骨組みを見上げた。
まだ透明なシートは取り付けられていない。
完成までは、もう少し時間がかかる。
それでも、建物の形が見えてきたのは大きな進歩だった。
「よし。明日は透明シートの取り付けだな」
彼女は図面を丸め、道具袋を肩にかけた。
「お嬢様。明日は王宮の騎士団からも、手伝いを申し出る者がいるそうです」
マリアが、半ば諦めた様子で報告した。
「そうか。助かるな」
「……騎士団の方々にまで、親方と呼ばれるようになったらどうなさるのですか?」
「別に困らねえだろ」
「私は困ります!」
王宮の庭園に、マリアの悲鳴が響いた。
そして翌日。
温室の現場には、騎士団から差し入れまで届くことになる。
その中身を見たエレノアが、思わず目を輝かせるのだった。
「おっ、こりゃいい差し入れだな!」
「お嬢様! 食べる前に、まずは作業の確認をなさってくださいませ!」
温室の建設は、まだまだ続く。




