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46歳の土方のオッサンが転生したら超美麗な伯爵令嬢に  作者: 山田✴ソラ


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第10話 伯爵令嬢、王宮の温室を建てる


 王宮から正式な依頼書が届いた。


 差出人は王太子。


 内容は、エレノアが発見したスライム製の透明板を使い、温室を建設してほしいというものだった。


「温室か……。いいじゃねぇか」


 依頼書を読んだエレノアは、満足そうにうなずいた。


「お嬢様。言葉遣いが戻っております」


「おっと。いいですわね、温室」


「取り繕っても遅いです」


 侍女のマリアは、いつものようにため息をついた。


 エレノアは気にせず、机の上に紙を広げた。


「まずは建設予定地の確認だな。日当たり、水はけ、風向き。それから必要な材料と人員の確認。いきなり建て始めるわけにはいかねぇ」


「お嬢様、また言葉遣いが……」


「現場の話をしてるんだ。細かいことはいいだろ」


「よくありません!」


 エレノアは立ち上がり、部屋の隅に置いてあった鉄兜を手に取った。


「よし、王宮へ行くぞ!」


「お待ちください! お着替えはどうなさるのですか?」


「ドレスなら着てるぞ」


「そういう意味ではございません!」


 マリアの声が響く。


 しかし、エレノアはすでに鉄兜を小脇に抱え、玄関へ向かっていた。


 王宮の庭園。


 出迎えた王太子は、鉄兜を持ったエレノアを見て、深いため息をついた。


「……エレノア嬢。本当にその格好で来たのか」


「はい、殿下。現場ですので」


「ここは王宮なのだが」


「建物を建てる場所なら現場です」


「そういうものなのか……?」


 王太子は隣に立つ建築担当者に視線を向けた。


 担当者は、何も言わずに目をそらした。


 どうやら、彼もすでに諦めているらしい。


「それで、温室を建てる場所はどこですか?」


「こちらだ。庭園の一角を使ってほしい」


 案内された場所は、日当たりのよい広い土地だった。


 エレノアはすぐに歩き回り、地面の様子を調べ始めた。


 しゃがんで土を手に取り、周囲の地面の高さを見比べる。少し離れた場所には、雨水が流れた跡もあった。


「殿下。ここなら建設できそうです。ただし、先に水はけを確認しましょう」


「水はけ?」


「雨が降ったとき、水がどこへ流れるかということです。水がたまる場所に建てると、あとで困りますから」


「なるほど。そこまで考えるのか」


「建てて終わりじゃありませんからね」


 エレノアは建築担当者たちに向き直った。


「地面の高さを測ってください。雨水の流れる方向も確認。基礎の位置は、その結果を見てから決めます」


「承知しました、親方!」


「……親方?」


 王太子が聞き返した。


「現場では、そう呼ばれています」


「君は伯爵令嬢なのだが……」


「はい。エレノア・フォン・グランベルです」


「いや、そういう意味ではなくてだな……」


 王太子は、それ以上説明するのを諦めた。


 翌日、温室の建設が始まった。


 まずは木材を使って骨組みを組み上げ、その後、屋根と壁に透明板を取り付けていく。


 エレノアは鉄兜をかぶり、職人たちの作業を見守っていた。


「そこの柱、もう一度測ってくれ!」


「えっ、問題がありますか?」


「少し傾いてる。気づかない程度でも、今のうちに直しておいた方がいい」


「本当だ……!」


 職人が測り直すと、わずかなずれが見つかった。


「さすが親方!」


「褒めるのは後だ。直したら次の作業に移れ!」


「はい!」


 エレノアは厳しかった。


 しかし、ただ怒鳴るだけではない。


 なぜ直す必要があるのか、どこを確認すべきなのかを、職人たちにきちんと説明した。


 職人たちも、彼女の指示を素直に聞いていた。


 身分の高い令嬢だから従っているのではない。


 エレノアの言うことには理由があり、実際に仕事がうまく進むからだ。


 王宮の建築担当者は、その様子を感心しながら眺めていた。


「エレノア様は、職人たちの扱いがお上手ですね」


「そうか?」


 王太子が答えた。


「身分で命令するのではなく、仕事そのものを見ている。あれなら職人たちも信頼するだろう」


 そのとき、現場から大きな声が響いた。


「透明板を取り付ける前に、固定部分を確認しろ!」


「はい、親方!」


「強く締めすぎるなよ! この素材はガラスと違って、少し伸び縮みする可能性がある。余裕を持たせて固定するんだ!」


「わかりました!」


 王太子は苦笑した。


「……もはや、誰も彼女を伯爵令嬢として扱っていないな」


「ですが、仕事は確かです」


「それは間違いない」


 数日後。


 温室の骨組みが完成した。


 屋根と壁には、蜜蝋で表面を加工したスライム製の透明板が取り付けられている。


 太陽の光が温室の中へ差し込み、内部を明るく照らしていた。


「おお……!」


 完成した温室を見た王太子は、思わず感嘆の声を上げた。


「ガラスを使わずとも、これほど光を取り込めるのか」


「見た目は上々ですね」


 エレノアは満足そうにうなずいた。


「だが、まだ完成ではありません」


「何? これで完成ではないのか?」


「建物として形になっただけです。ここからが本当の試験ですよ」


 エレノアは透明板を見上げた。


「日光に長く当てても変色しないか。雨が続いても問題ないか。暑さや寒さに耐えられるか。固定部分が緩んだりしないか。確認することはいくらでもあります」


「なるほど。見た目が完成しても、それだけでは駄目なのだな」


「はい。実際に使って、問題がないか確かめなければなりません」


 王太子は深くうなずいた。


「エレノア嬢。君に頼んでよかった」


「ありがとうございます。では、試験に必要な人員を手配してください」


「人員?」


「はい。毎日、天候と温室の状態を記録する係。それから、定期点検を担当する係も必要です」


「……わかった。手配しよう」


「問題が起きたときに備えて、予備の透明板と交換用の部材も用意しておきましょう」


「エレノア嬢」


「はい?」


「君は、どこまで考えているのだ?」


 エレノアは不思議そうな顔をした。


「建てた後のことまで考えるのは、当然ではありませんか?」


「……そうだったな」


 王太子は笑った。


 建物は建てて終わりではない。


 長く安全に使えるように管理し、問題があれば修理する。


 エレノアにとっては、ごく当たり前のことだった。


 その後、彼女は管理計画書まで作成し、王太子に提出した。


 表紙には、こう書かれていた。


 『王宮温室 維持管理計画書』


 作成責任者、エレノア・フォン・グランベル。


 王太子は書類を見て、思わず笑ってしまった。


「君は伯爵家へ戻っても、この仕事を続けるつもりなのだろう?」


「もちろんです。試験結果が出るまでは気が抜けません」


「社交界の予定はどうするのだ?」


「マリアに任せています」


「……マリア嬢が気の毒になってきたな」


「殿下、聞こえております!」


 少し離れた場所から、マリアの声が飛んできた。


 王太子は肩を震わせて笑った。


 王宮からの帰り道。


 エレノアは馬車の中で、温室の設計図を広げていた。


「よし。今回の試験がうまくいけば、次はもっと大きな温室も作れるな」


「お嬢様。今日はもうお休みくださいませ」


「いや、次の計画を考えておかないとな」


「まだ試験結果も出ておりません!」


「だからこそ、次の準備をするんだ」


「お嬢様は、どうしてそこまで建築がお好きなのですか……」


 マリアの問いに、エレノアは少しだけ考えた。


 前世では、建物を作る仕事をしていた。


 汗をかき、泥にまみれ、仲間と声を掛け合いながら、何もなかった場所に建物ができていく。


 完成したときの達成感は、何度経験しても忘れられなかった。


 そして今、異世界でも同じことができる。


 しかも、前世にはなかった素材や技術がある。


 考えるだけで、胸が躍った。


「……建物ができていくのを見るのが、好きなんだよ」


 エレノアは窓の外を見ながら、小さく笑った。


「自分たちが作ったものが、誰かの役に立つ。それって、いい仕事だろ?」


 マリアは一瞬、言葉を失った。


 いつもの乱暴な口調だった。


 けれど、その言葉には嘘がなかった。


「……そうですね、お嬢様」


 マリアも、少しだけ微笑んだ。


 しかし。


「よし、次は量産体制を整えるぞ!」


「お嬢様! せっかく少し感動したのに!」


 馬車の中に、マリアの悲鳴が響き渡った。


 こうして、王宮の温室は完成した。


 スライム製透明板の性能試験も、これから本格的に始まる。


 そしてエレノアは、早くも次の計画を立て始めていた。


 新しい建材が見つかったのなら、使えるようにする。


 使えるようになったのなら、もっと多くの人に届ける。


 それが、四十六歳の元土方である伯爵令嬢の仕事哲学だった。




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