第09話 伯爵令嬢、スライムガラスの量産を謀る
グランベル伯爵家の庭。
そこには、貴族令嬢のお茶会には似つかわしくない光景が広がっていた。
木材の山。
工具箱。
謎の透明な板。
そして、鉄兜をかぶった超美麗な伯爵令嬢。
「よし、試作品の製作を始めるぞ!」
「「「おおっ!」」」
職人たちが声を上げた。
その中心に立つのは、エレノア・フォン・グランベル。
銀色の髪に、透き通るような肌。どこからどう見ても絵画から抜け出してきたような美少女だ。
ただし、頭には鉄兜。
腰には道具袋。
手には木材。
そして口から出るのは、完全に現場監督の言葉だった。
「まずは窓枠を作る! 寸法は正確にな! 適当に切ると、あとで泣くことになるぞ!」
「はい、親方!」
「それから、透明板を固定する部分は強く締めすぎるな。素材の性質がまだわかってねぇ。無理をさせれば割れるかもしれん!」
「なるほど……!」
職人たちは真剣にうなずいた。
その様子を見ていたマリアは、額に手を当てた。
「お嬢様……。なぜ伯爵家のお庭で、窓枠の製造工場が始まっているのでしょうか」
「必要だからだ」
「答えになっていません!」
「マリア、建築に必要なのは現場と材料と人手だ。幸い、ここには全部そろってる」
「お茶会の準備なら、もっと別のものがそろっております!」
「お茶会は後だ。今は試作品だ」
「お嬢様のお茶会が、試作品に負けました……」
マリアは遠い目をした。
「親方、窓枠ができました!」
「よし、透明板を取り付けるぞ」
職人たちが、木製の枠にスライム製の透明板を慎重にはめ込んでいく。
薄く伸ばしたスライムを乾燥させ、蜜蝋を塗って仕上げた板。
見た目はガラスによく似ている。
だが、本物のガラスとは違い、少ししなる。
エレノアは板の端を指で押した。
「うん。やっぱり柔軟性があるな」
「親方、これは問題なのでしょうか?」
「いや、使い方次第だ。ガラスと同じものを作ろうとする必要はねぇ」
エレノアは透明板を窓枠に固定しながら続けた。
「割れにくいなら、それは長所になる。軽いなら、それも長所だ。大事なのは、どこで使うかってことだな」
「なるほど……!」
「ただし、日光で劣化しないか、水が染み込まないか、寒さや暑さに耐えられるか。そこは調べる必要がある」
職人たちの顔が引き締まった。
「まずは試験だ。作っただけで完成と思うなよ。現場で使えるかどうかが大事なんだ」
「「「はい、親方!」」」
その返事に、エレノアは満足そうにうなずいた。
前世で何度も聞いた言葉が、頭の中によみがえる。
作っただけじゃ駄目だ。
実際に使えるものじゃなきゃ、意味がない。
四十六歳の現場経験は、異世界でも役に立つらしい。
「では、最初の試験を始める!」
エレノアは透明板を取り付けた窓枠を、庭の作業台に立てかけた。
「まずは水だ!」
職人が桶を持ってくる。
エレノアは柄杓で水をすくい、透明板にかけた。
水が表面を流れ落ちる。
「おおっ、弾いています!」
「蜜蝋のおかげだな。だが、これだけじゃ判断できねぇ。何度も水をかけて、表面がどうなるか確認するぞ」
「はい!」
「次は日光だ。しばらく外に置いて、変色や変形がないか見る」
「なるほど!」
「それから、寒い場所でも試す。夏に使えても、冬に使えなきゃ困るからな」
職人たちは大急ぎで記録用の板を用意した。
そこへ、父であるグランベル伯爵がやってきた。
「エレノア……。庭で何をしているのだ?」
「新建材の試験です、お父様」
「しんけんざい?」
「ガラスの代わりになるかもしれない素材です。うまくいけば、窓や温室に使えます」
「ほう……。それは素晴らしいではないか」
伯爵は透明板を見て、感心したように目を細めた。
「それで、どのように試験するのだ?」
「水をかけて、日光に当てて、寒い場所でも確認します」
「なるほど。地道な研究だな」
「あと、実際の建物に取り付けて、しばらく様子を見る必要があります」
「ふむ。では、どこか適当な建物を使うといい」
「ありがとうございます! では、領内の古い物置を一棟、試験用に使わせてください!」
「……物置?」
「はい。雨漏りもあるようなので、修繕ついでに新しい窓を取り付けます」
「いや、私は研究のために建物を使っていいと言ったのであって、物置の修繕を頼んだわけでは……」
「大丈夫です! ついでに屋根も確認します!」
「ついで?」
伯爵は嫌な予感を覚えた。
エレノアはすでに職人たちへ指示を出している。
「よし、物置の寸法を測るぞ! 窓の位置を決めて、必要な木材を計算! 足りない材料は先に手配だ!」
「「「はい、親方!」」」
「待ちなさい、エレノア! なぜ物置の修繕計画までできあがっているのだ!」
「現場を見たら、直すところが見えたので」
「見ただけで工事を始めるな!」
「お父様。建物は放っておくと傷みます」
「正論なのが腹立たしい……!」
その日の午後。
王太子から使者がやってきた。
「エレノア嬢。殿下が、新しい透明板についてお聞きになりたいそうです」
「おお、王太子殿下が?」
「はい。ガラスに代わる素材だと聞き、王宮でも使用できるか検討したいとのことです」
エレノアは腕を組んだ。
「王宮か……。窓が多いし、温室もある。うまく使えれば、かなり便利になるかもしれんな」
「お嬢様、言葉遣い!」
「あっ。便利になるかもしれませんわね」
「今さら取り繕っても遅いです!」
使者は、二人のやり取りに困惑していた。
やがてエレノアは、使者に向き直った。
「殿下には、試験が終わるまでは大量に使わないようお伝えください。素材の耐久性も、長期間の使用に耐えられるかも、まだわかっていません」
「……承知しました。慎重に進めるようお考えなのですね」
「当然です。建材は、見た目がよければいいってもんじゃありませんから」
使者は深くうなずいた。
この令嬢は、ただ珍しいものを作っただけではない。
安全性を確認し、実際の使用に耐えるかどうかまで考えている。
王太子が興味を持つのも当然だろう。
そう考えながら帰っていった。
そして数日後。
王宮から、正式な依頼が届くことになる。
内容は――。
新建材を使った温室の建設計画。
エレノアは手紙を読み終えると、ゆっくり顔を上げた。
「……温室か」
「お嬢様、まさか」
「日光を通す必要がある。雨にも耐えなきゃならん。植物のために温度管理も必要だ。試験にはちょうどいい」
エレノアは机の上に設計図を広げた。
そして、にやりと笑った。
「よし。やるぞ」
「お嬢様、まだ伯爵家の物置も終わっておりません!」
「物置は物置。温室は温室だ」
「そういう問題ではありません!」
エレノアは鉄兜を手に取った。
「現場が二つに増えただけだ。問題ねぇ!」
「問題しかありません!」
こうして王宮の温室建設計画は、鉄兜をかぶった超美麗な伯爵令嬢の手に委ねられることになった。
そして王宮の人々は、まだ知らない。
優雅な温室建設を期待していた自分たちが、近いうちに「安全帯を着けてください!」と叱られることになるなど、夢にも思っていなかったのである。




