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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第五章
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第九十八話 『虚構の中で』

 ――――精神世界。

 

 ひたすら虚構が広がっているこの場所で、翔英は地面にうずくまっていた。

 そんな彼の前には一人の女性が立っている。

 翔英は、彼女と話していた。


 「――――ショウエイ様。わたくしをお助けください。……平和のために……皆様が笑って過ごせる、苦しみの無い世界のために……」


 話相手はスリーラ。

 精神の中なので、翔英が心で作り上げたスリーラだ。

 多分。

 

 スリーラは、翔英を説得しようと甘い声で話し掛けてくる。

 このまま彼女の言う事を聞けば、気持ちが楽になりそうだ。


 ただ、翔英の心にある『何か』が彼の歩みをかろうじて止めている。


 「……うん、俺もスリーラさんを助けたい。君の理想を叶えてあげたい。……でも、いいのかな………本当にこれで………引っ掛かるんだ。俺の中で、何かが………」


 「……それは、あなたを蝕む危険なものですわ。それを消し去ることができれば、あなたはもっと幸せになることができます。……どうか、忘れてください。あなたが無理をすることはないのです。……さあ……わたくしの手をお取り下さい」


 座り込んでいる翔英に対して、気持ちのいい言葉を掛けながら手を差し伸べるスリーラ。

 翔英をその手を見つめながら考える。


 ――――ここに座っているままでは辛い。そして苦しい。

 彼女の手を取れば、辛いことのない幸福の世界へと入門できるかもしれない。


 ――――そうだ。何も苦しむことなんてない。

 人生は楽しくあるべきだ。


 翔英をゆっくりと頷き、スリーラの手のひらに腕を伸ばした。


 ――――でも、何か忘れてないか。

 辛くても、苦しくても、大事なものがなかったっけ。


 ――――まあいいや、思い出せない。

 思い出したら、また辛くなるような気がする。


 スリーラに身を委ねることを決めた翔英。

 その気持ちは、天国のように楽なものに変わった。


 「――――ください……!!」


 ん、なんだ。

 

 頭の中で声が響く、響く。

 

 誰だ、この声は。

 

 俺を呼ぶ、この声は。


 ――――翔英は腕を伸ばしたまま硬直した。


 「ショウエイ様……? ……どうしました? まだ何かがあなたを縛り付けているのですか……?」


 目の前で固まった男に心配の声を掛けるスリーラ。

 

 だが、違う。

 頭の中の声は、スリーラじゃない。


 スリーラの言葉を聞くと心が安らぐが、聞こえる声は心を奮い立たせ、戦う力を与えてくれるような声だ。


 懐かしい――――大切な、声。


 「――――お待ちください……!! ショウエイさん!!」


 今度は彼女の言葉がはっきりと聞き取れた。

 彼の名を呼ぶこの声は――――


 「行ってはいけません!! ショウエイさん!!」


 翔英の目には涙が溢れていた。

 彼を呼び止めていた『何か』の正体が分かったから。


 「――――私は、知っております……!! あなたが最後まで諦めずに、戦うことができる強い人であることを……!!」


 なんで忘れていたんだ。


 「――――そして、私は信じております……!! あなたは必ず……私を助けに来てくれることを……!!!」


 俺は、大馬鹿だ。


 「――――私は、いつまでも、あなたを待っております……!!」


 ――――ミネカ。


 翔英の目に闘志が舞い戻る。

 戦意を宿らせる、女神の声を耳にして。


 翔英は、伸ばしていた手を元に戻した。


 そして、目の前の女性に初めて、戦う目を向けた。


 「――――ど、どうしたのですか、ショウエイ様。……なぜ、わたくしの手を拒んだのですか……? ……いけませんわ、そのような目をするのは。あなたにそのような目は似合いません。使命など忘れていいのです。あなたも願っていたではありませんか。辛いことのない、幸福のみの世界を。それを……拒否するのですか……?」


 「――――ごめんよ、スリーラさん。……俺には、戦わなければいけない理由があるんだ。たとえ、どんなに辛くたって、苦しくたって、立ち止まれない理由がある。……だから、ごめん。俺、スリーラさんの誘いには、乗れない」


 スリーラにショックが走る。

 

 初めてだった。拒まれたのは。

 これまでに自分に頷いた人間は、ものの数分で完了していた。

 

 それなのにこの男はなんだ。

 二時間経っても完全には発動しないどころか、力を弾き返しただと。


 なんという、強烈な精神力、そして自我なのだ。


 いや違う――――これは『呪い』だ。

 『何か』が呪いとなって発動し、翔英の歩みを強制的に止めたのだ。


 「――――なんて可哀そうなのでしょう、ショウエイ様。……あなたのその呪い、今すぐ解いて差し上げます。……そして、あなたに永遠の解放を……!!!」


 スリーラも本気だ。

 何としてでも翔英を救おうと、彼を掴みにかかる。


 流石にスリーラの力を自力で突破することは難しい。

 スリーラが動いた途端に、再び頭に痛みが走り出す。


 「……スリーラさん……!! やめてくれ……!! 頭が痛い……!!!」


 「はい……!! ですからわたくしの手を取って下されば、その痛みは消えますわ……!! だから……どうか…!! …………!? これは……!?」


 苦しむ翔英に迫るスリーラだが、彼女の動きが突如制止する。

 スリーラは目をこすりながら後ろを見ると、慈悲の顔つきを一変させた。


 「――――そういうことですか。……先程からわたくしとショウエイ様の邪魔をなさっていたのは――――あなたでしたのね……!!」


 スリーラの背後には、『何か』がいた。


 「……そうですわ。ただし一つだけ訂正させてください。ショウエイさんの邪魔をなさっているのは、あなたの方ですわ……!!!」


 ミネカ・ベルギア、登場。


 ミネカがスリーラの後ろから彼女を抑えている。

 そして、二人の娘が、ここで対峙した。


 「ミネカ……!!」

 

 翔英は彼女の名前を呼ぶ。

 

 精神の中とはいえ、夢の中とはいえ、彼女が動いている姿を見られたことに涙した。


 「――――ショウエイさん……!! 私がこの方を抑えている間に行ってください……!! ……そして、私が消える前に、この方の力を解くのです……!!」


 「……そうはさせませんわ……!! ショウエイ様はわたくしが救うのです……!!」


 ミネカとスリーラ。

 翔英の目の前で、二人が手を取っ組み合う。


 スリーラの能力の浸食をミネカが食いとめている間に動かなければ。


 「――――さあ!! ショウエイさん!!」


 「……うん。……ありがとう、ミネカ……!! 話せてよかった……!! じゃあ、行ってくる……!!!」


 翔英の意識が遠退いていく。

 ミネカの姿が光となっていく。


 「――――私もです……!!」


 翔英は、精神世界から脱出した。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――――現実世界。


 青年は目を覚ました。

 そして、震える足で身体を起こす。


 「ショウエイくん!!」と、その様子を見たケバローが叫ぶ。

 

 レランカは彼が立ち上がった姿を怪訝そうな目で見つめる。

 彼がどういう状態か分からないから。

 

 そしてスリーラは、ホッとしていた。

 彼がようやく、苦しみから解放されたのだと。


 ――――しかし、事実はそうではない。


 翔英は、手に握った赤く輝く剣を目の前の少女に向けた。

 

 彼女は驚きで言葉も出ない。

 自分の予想とは正反対の行動をこの男が取ったのだから。


 「……スリーラさん。……まだ俺は、戦いを止める訳にはいかないんだ…………今は、あなたの手を取る訳にもいかない………でも、あなたと戦いたくもない………だから――――」


 「――――話そう。スリーラさん」


 翔英は剣を向けながら、彼女にそう告げた。

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