第九十九話 『平和の申し子』
――――分からない。
なぜこの男は、剣を向ける。
それなのになぜこの男は、「会話をしよう」と言ってくる。
目の前の男に眉をひそめながら、スリーラはその小さな口を開く。
「――――話……? ……ショウエイ様……わたくしもあなたと話したいとは思いますが、様子が変ですわ………どうしたのですか……?」
剣を向けたのは、彼女への対抗を示すためだ。
翔英はうずくまっていた間にも、ケバローとレランカの会話を何となく聞いていた。
夢で見たミネカとスリーラの様子からも、だいたい状況は把握できている。
――――自分がするべきことが何かも。
しかしスリーラは、翔英の変化をまだ認められない。
掲げていた剣を下ろした翔英は、スリーラに平和的解決を望み始める。
「……俺、できれば話し合いで解決したいんだ。……スリーラさんと戦うのはいやだから。……こっちの希望は、まず、レランカさんを解放してほしい」
レランカは翔英の顔を覗きこむと、彼に文句を飛ばそうとする。
『そんな話は意味がない』と。
だが、「おい!!」と言ったところで、ケバローがレランカをストップさせた。
「一旦今は様子を見よう」と。
しかし、レランカの読みは的中だ。
スリーラは翔英の提案を受け入れない。
今彼女が思っていることは、『なぜこの男は意見してくるのか』ということだけだ。
「………申し訳ありません。残念ながら、それは受け入れることはできませんわ。よりよい平和のためには、レランカ様のお力が必要なのです。……あなたなら分かってくれるはずです………」
「……いや、俺が言いたいのは、こんなことしなくたって、スリーラさんなら平和を目指せるってことだよ。君の本心からの言葉なら、みんな聞いてくれる。……わざわざそんな力を使う必要なんてないよ………」
「……………………」
何を言おうか考えているのか。
それとも、彼の言葉について考えているのか。
スリーラは、黙った。
その間も翔英は、血が流れない道のために交渉を進めていく。
「………もう一つの要望は、俺や町の人たちへの『力』を解除してほしい。……君が善意で、俺のためを思って、辛いことの無い世界に連れて行こうとしていたことは分かる。………だけど、それじゃあだめなんだ。……今の俺には、何があっても、やらなくちゃいけないことがある。……大切な人のために。……だから、解いてくれ。……まだ、あの子が戦っているうちに………」
最後の言葉は、誰にも聞こえないくらいの声でひっそりと呟いた。
スリーラはまだ黙っている。
レランカもケバローも固唾を飲んで、翔英を見守っている。
「……町の人たちだってそうだよ。……さっき聞いた。……ここでは、『涙』は流れないって。……でもさ、涙って人間の大切な一部だと思う。それを奪ったら、人間じゃなくなるかもしれない。……君の『理想』……『悲しみの無い世界』。……うん、やっぱりもの凄く立派だよ。『あの時』の俺の言葉に嘘はない。……けど、涙まで消してしまうのは、本当の平和じゃないよ。……悲しみのない世界を目指すなら、涙を受け入れて、悲しみを受け入れるところから始まると思うんだ。……いきなり奪ってしまったら、それは『支配』になってしまうから」
深々と頷くケバロー。
不満そうにガンを飛ばすレランカ。
そして、依然口を開かないスリーラ。
翔英の長い演説はラストスパートだ。
「……みんな自分の力で悲しみに立ち向かっていく。それを支えていこうよ。それぞれが悲しみを乗り越えられるように。俺も、できることならなんでもする。君の力になりたいから。……だから、その力を使うのは無しにしよう、スリーラさん」
演説終了。
回らない頭を何とか回らせて出した言葉だが、精一杯の言葉だ。
きっと、届いてくれる。
当のスリーラは顔を上げ、翔英の顔をじっと見つめている。
そして、
碧眼の美しい瞳から、じわじわと彼女が嫌う物が流れ出した。
翔英も彼女の様子を見て、ニコリと口角を上げる。
「(……分かってくれたのかな、スリーラさん……)」
と、期待を抱きながら。
ようやくスリーラは、しばらく閉じていた口を開く。
今度は、スリーラが話す番だ。
翔英に対する、アンサーを。
「……ありがとうございます、ショウエイ様。あなたのお言葉、激しくわたくしの心に響きましたわ……!!」
翔英は緊張を崩した。
理解してくれたみたいだ。
「――――おかげで、決心することができました。やはり真の平和には、わたくしの力が必要だということを……!! 今後はより一層、この体制を強化していこうと思えました……!! ショウエイ様、ありがとうございます……!!」
あれ、どういうことだ。
感謝の意味がよくわからない。
「……え? スリーラさん。『体制の強化』って……何……?」
攻守交替。
翔英の質問はガン無視で、今度はスリーラの演説が始まった。
「今、わたくしから出ている涙……これは、悲しさによるものです。あなたが持ってしまった可哀そうな考え方へのどうしようもない悲しみ…………そして今、改めて感じます。涙を流すことの悲しさを……やはりこんなものを持つのは、わたくし一人で十分です……!! 皆様の全ての悲しみをわたくしが受け入れるのです……!! この力はっ……そんなわたくしに与えられた使命なのです……!! 神に選ばれた力を持ったわたくしにしかできない……!! 世界のために、わたくしの力が必要なのです……!!」
涙をドパドパ流しながら、小さな舞台を動き回りながら、傲慢な言葉を口にし続けるスリーラ。
そんな彼女に、翔英はあっけに取られている。
だが、スリーラは止まらない。
止まるはずがない。
「ショウエイ様!! あなたも必ず救って差し上げますわ!! あなたに蔓延る不必要な物を必ず消してみせます……!! ……今は何かが邪魔なさっているようですが、それもすぐに消えるでしょう!! 全世界の希望であるわたくしの願いは絶対なのですから……!!! わたくしの聖なる心は、この世界そのものなのです……!!!」
スリーラは心の底から平和を願っている。
言うならば、『平和の使い』だ。
「――――さあ、ショウエイ様……!! よりよい平和のために、正義の道を歩みましょう……!! そうすれば、あなたの未来は美しい……!! まずは、こちらの哀れな方を共に排除しましょう……!! 平和を取り戻すのです……!!!」
スリーラのターン終了。
最後に彼女は後ろに控えているケバローを指差した。
今のスリーラにとって、最大の障壁となっているのがこの大男だ。
こいつが頷くはずがない。
ならば、どうにかして消さなければ。
ケバローさえいなくなってしまえば、また元通りだ。
翔英は、下ろしていた剣を持ち上げると、再び自身の前に構えた。
「……そうです……!! ショウエイ様……!! 武力行使は気が引けますが、わたくしの手を取ろうとしない、愚かで野蛮な者には罰を与えねばなりません……!! さあ、わたくしのために頑張ってください、ショウエイ様!!」
と、ようやく涙を止めたスリーラは言う。
だが、
「……違うよ、スリーラさん。この剣は、あなたに向けているんだ」
「……えっっ!!? ど、どうして……どうしてですか!?」
「話し合いが意味ないと分かったからだよ。……本当は嫌だけど、こうなったら戦って、あなたの力を解いてもらうしかない……」
「……ああ……ショウエイ様……」
『ここまでの人だったとは』
翔英が初めて、自分の意思でスリーラに敵意を向けた。
彼は、立ち止まる訳にはいかないのだ。




