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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第五章
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第百話 『心の繋がり』

 目の前で怯える少女に対して、敵意と共に剣を構えた翔英。

 交渉ができないのであればもう、こうするしかない。


 ――――しかし、

 翔英はその場から一歩も動けずにいた。

 

 彼女を『斬る』という覚悟ができない。

 この瞳で見つめて、この声で話し掛けてくる女の子を斬ることが。


 彼の決めたはずの覚悟と向けたはずの敵意には、『尖り』が足りない。

 ただ、形になっただけで、まだまだ丸みを帯びている。

 撫でたとしても傷一つ付かなそうだ。


 スリーラは憐れむような目で翔英を見つめている。

 『今すぐ助けてあげたい』

 そんな目で。


 そんな彼女の力と視線が効いているのだろうか。

 いずれにしても、こんな心の状態では彼女を斬れるはずがなかった。


 ――――だが、彼には約束がある。


 ここで彼女の軍門に降っていいはずがない。


 翔英は剣を強く握った。

 しかしその腕には微振動が起きている。


 もしもこの子が男であったなら、あるいはもっと憎たらしい容姿をしていれば、躊躇いなく斬ることができただろうか。


 翔英は思った。

 『自分はなんて情けない奴だ』と。


 だがいくら敵とはいえ、敵意を向けていない美少女に容赦なく攻撃できてしまうのも、それはそれでいかがなものか。


 しかし、そんな男がこの場に一人いた。


 相手がどんな見た目だろうが、どんな性格だろうが、自分の信念にあだなす者を容赦なくぶん殴れる男が。


 「――――ショウエイ君」

 

 と、野太い声で発した彼は、その大きな足を前に進める。


 「……君が手を汚す必要はないよ。もし君が彼女を斬ってしまったとしたら、それは君の心に大きな傷を残してしまう。……だから、僕がやる。君は下がっていなさい」


 いつの間にか、ケバローが作り出した出入り口を塞いでいた岩が消えている。

 

 彼はこう伝えたのだ。

 「もう帰っていないさい」と。


 「ケバローさん……」と翔英が呟く直前。

 既に彼は、拳を振りかぶっていた。


 「安心してくれ。一瞬で終わるから」


 ケバロー側も正直に言えば、拳を振りたくはない。


 ましてや、こんな少女には。

 だが、先の翔英との対話とその能力から、スリーラから恐ろしいものを感じていたケバロー。

 やむを得ない。


 彼はスリーラを討つため、鋭利な敵意を構えた。


 そんなスリーラは、


 「ま、待ってください!! わたくしを殴ってはいけませんわ!! 絶対に!! やめてください!!!」


 と、喚き散らす。


 彼女がここまで焦っているのを見るのは初めてだ。

 

 今から放たれようとする一撃の威力を感じ取ったのか。

 それとも、今になって命が惜しくなったのか。

 彼女は全力で拳のお引き取りを懇願した。


 しかし、そんな言葉ではケバローは止まらない。


 彼はその拳を振り下ろした。

 無駄に苦しまぬよう、一撃で決めるつもりだ。


 可憐な少女への暴行シーンなど、翔英は見てられない。


 彼は目を瞑っていた。


 拳がスリーラに触れようとする直前、


 「――――待て!! ケバローさん!!!」

 

 と、吠える声が聞こえた。


 レランカだ。


 スリーラがずっとギャーギャー騒いでいたため耳に入っていなかったレランカの声がケバローにギリギリ届いた。


 レランカの声が聞こえたケバローは、一瞬拳の力を緩める。


 しかし、飛び出した車は急には止まれない。

 彼が放った拳は、スリーラの顔面に直撃した。


 勢いよく吹き飛ばされるスリーラ。

 ケバローは後ろを振り向いて尋ねる。


 「……どうしたんだ……? レランカ、なぜ止める?」


 レランカは苦い顔だ。

 仇敵に重い一撃が入ったというのに。

 

 翔英も吹き飛ばされたスリーラを悲しそうに見つめている。

 これでは、「無事では済まないだろう」と。


 だが、


 ――――スリーラは起き上がった。


 「……ひ、ひどすぎます……!!! あれほど言ったのに……!! 何てことするんですか!!!」


 ケバローは絶句する。

 傷一つないどころか、まだまだ元気いっぱいのスリーラに。


 「……奴の――――『もう一つの能力』だ。ケバローさん」


 後ろのレランカが重く呟くようにケバローに声を掛けた。

 ケバローは再びレランカに顔を向ける。


 能力。

 なら納得だが、納得できない。


 「……ダメージ無効化ということか……? そんな力が実在するのか……?」


 「……ああ、無効化には違いねえ。……だが、正確には違う。……奴のもう一つの能力は、ダメージ『転送』だ」


 「『転送』……!? ……と、いうことは……」


 「……そうですわ。あなたのせいで……わたくしの『大切な人たち」が……」


 スリーラは俯きながらまた泣いている。

 町の人たちのことを思いながら。


 「……な、なんてことだ…………つまり、この子への攻撃は全て、メデュンにいる人へ向かう……ということか……」


 「……だから『やめてください』と言ったではありませんか……あの人たちに何かあったら……どうするのですか……!!」


 スリーラはケバローに怒りをぶつける。

 彼女が最も大切にしているといってもいいものに手を出されたのだ。

 仕方ないだろう。


 ケバローも絶望していた。

 自分のパンチを関係ない一般人が食らってしまったらどうなってしまうか。

 考えなくても、結果は明らかだ。


 だが、それ以上の問題がある。


 それは――――『スリーラを倒せない』こと。


 レランカは唇を噛んで悔しさを滲ませる。


 そう、レランカが捕まってしまった理由もこの能力が原因だ。


 彼女の力ならば、スリーラやアボラを倒し、町を解放することはできただろう。

 しかし、戦闘前に忠告された。


 『スリーラ様へ手を出せば、メデュンの人間に危害が及ぶ』と。


 その力の解説を受けたレランカは、出していた武器と戦意を引っ込めてしまった。


 ――――ブラフの可能性も否めかった。

 こんな小娘が、そんな力を持っているなど、信じる方が難しい。


 だが、レランカは手を出せなかった。

 万が一それが本当だった場合、間接的とはいえ、罪の無い人々を自分の手で痛めつけることになってしまう。


 レランカにとってそれは、何よりも受け入れがたいことだった。


 彼女は一撃も手を出せずに白旗を振った。


 無抵抗のレランカはスリーラたちに捕らえられ、人知れずこの地下へと連行されたのだった。


 しかし、スリーラのある目的のために、レランカは監禁状態のまま、生かされることとなった。

 その目的をレランカは、『アタシを下につかせること』だと思っている。

 

 まあ、それも目的の一つなのは間違いないが、スリーラの真の目的はそれではないことは、レランカは知らなかった。


 「――――なんだよ、それ……それじゃあ、この戦い……」


 攻防を見ていた翔英は、言葉の続きをグッと飲み込んだ。

 『勝てない』『終わらない』

 彼はそう言いそうになっていた。


 「――――まだ大丈夫でしたが、あなたのお友達……ショウエイ様も傷つけるところでしたわ!! 本当に……許せません……!!」


 と、スリーラは声を荒げ続ける。


 「……え、俺も……?」


 と、零す翔英。


 「……なるほど……君のダメージの転送先は、君の『能力を受けている』者……か。だから、さっきのがショウエイ君へ向かう可能性もあったと……」


 「そうですわ。……わたくしに選ぶことはできませんが。わたくしが受けた傷は全て、わたくしの『心の共感者』へ向かうのです。……ですので、わたくしに手を出すことは絶対に許しませんわ」


 スリーラの第二の力。

 受けたダメージを支配した人間に転送する能力。

 彼女の『心の繋がり』が生み出した力。

 この力の前では「善意ある人間」は無力と化す。

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