第百一話 『突破への記憶』
『膠着状態』
今の戦況は、この言葉がふさわしい。
スリーラが有するもう一つの能力によって、ケバローの拳と翔英の剣は、塞がれてしまった。
翔英の方は元々、塞がり気味ではあったが。
この場にいるもう一人の戦士・レランカは、依然身動きが取れない。
翔英たち三人の手では、この状況を打破することはできない・
――――だが、それはスリーラも同じだった。
先ほど見せていたように、彼女の戦闘力はほとんどゼロに等しい。
ケバローの強靭な身体を殴り続ければ、彼女の腕の方がダメになってしまうだろう。
何なら多分、翔英の細マッチョボディにやっても同じことだろう。
つまり、ケバローと翔英もスリーラを倒せないが、スリーラもケバロー達に勝てない。
そもそも戦いが起こせない、特異すぎる状況だ。
このままでは、戦況は全く動かない。
スリーラの唯一の望み、それはアボラの登場である。
アボラがここに来てくれさえすれば、邪魔な大男を倒すことができる。
翔英とレランカは、いずれ手中に収められる。
――――だが、既に彼は無事ではない。
スリーラも嫌な予感はしていたが、今は彼を信じることしかできなかった。
「……ちっ、ケバローさん……!! とりあえず、アンタに頼みがある。アタシのこの手錠の鍵と鉄格子の鍵を持ってきてくれねェか……!!」
口を開いたのはレランカ。
最初に翔英に頼んだ事だ。
レランカはスリーラを攻略する方法は、ヒナノ・スエリアの存在だと踏んでいる。
ここから脱出してヒナノと合流することが、当初からのレランカの目的だった。
だが、この状況ではそれはもう難しい。
スリーラが目の前にいるのだ。
ここから中央都市まで行くには、彼女に時間を与えすぎてしまう。
しかし、どっちにしろこのままではラチが明かない。
レランカはとりあえず、自身の解放を望んだ。
幸い、勝てることはなくても負けることはないだろう。
スリーラに邪魔されようが、ケバローなら問題なく鍵を探せるはずだ。
「そうはさせませんわ!!」
と、意気込むスリーラ。
この状況でどうしてそんなやる気と元気が出てくるのだろうか。
だが、ケバローは彼女を無視し、
「……了解したよ」
と、動き出した。
しかし、歩き出した方向は、出入り口とは真逆の方向。
牢の中のレランカの前で立ち止まった。
「……だが、鍵を探す必要はないよ」
ケバローは鉄格子を両手でつかんだ。
そして、
バキバキバキと、音を立てながら牢屋をブチ開けた。
その光景に、周りの三人は目を丸くする。
さらにケバローはレランカを繋ぐ手錠に手を掛け、手刀で軽々と鎖を破壊した。
「こうすればいい」
レランカ、解放。
彼女は両手を定位置に戻した。
「……忘れてたぜ、アンタが化物だってよ。……こんなにデブになってやがったからな。……だが、助かったぜ。ありがとよ」
「礼を言うのは、目の前の問題が解決してからだ」
レランカが自由になったことで、状況は三対一となった。
しかし、彼女が解放されたとしても、戦況は前に動かない。
「……なんて力……この牢を素手で………あなた、本当に人間なんですの……?」
「れっきとしたね」
とうとうレランカの鎖が破壊されてしまったことにショックを受けるスリーラ。
もっとショックなのはケバロー・ホサルトン。
アボラが来たところで、どうにもならないかもしれない。
「……で、レランカ。一応聞くが、何か策はあるのか……?」
「……ないわけじゃあねえが……かなり難しいな。……今、この場でできることは……多分ねえ。とにかくここを出なければ話は始まらねえ。……こっから手紙でも送れれば、話は別だがな」
レランカの言葉を受け、ケバローはあることを思い出す。
それは、この牢屋の上階。
ある部屋で見つけた過去からの贈り物。
『手紙と小さな白い一粒』
「……そうだ、忘れていたよ」
と、二つのアイテムを取り出したケバロー。
そして、隣のレランカに渡した。
「……この内容……レランカ、君ならこの意味がわかるんじゃないか?」
渡された手紙を読むレランカ。
目を通すと、
「……はっ……!! こんなモンがあるなら早く言えよ……!! ケバローさん!!」
と、少しニヤリとしながら答える。
そして、レランカはその手紙を握りながら、金色の瞳を閉じた。
「ちょっと待ってろよ……今、『見る』から……!!」
「ああ、頼んだよ」
棒立ちのまま、もの凄い集中を高めていく。
レランカはそのまま、動かなくなかった。
二人のやり取りを不審がるスリーラ。
彼女はおそるおそるケバローとの距離を近づけ、目を凝らした。
すると、レランカが手に持っているものを認識する。
「……そ、それは………!! あ……あなた、これを見つけたのですか……!? しかもそれを勝手に持ち出すなんて……!! どこまで非道な方なのですか……!!!」
『手紙』を確認したスリーラ。
大切な物を泥棒されていたことに怒りを滲ませる。
「………はっ……!! ……レランカ様のそのお姿………まさか……!!」
「そうだ、彼女は今、『見ている』」
「いけませんわっ!!! それを見てはいけません!!! 絶対にダメです!!!!」
スリーラは無謀にも、レランカの元へ走り出した。
目的は一つ、レランカの持つ手紙。
当然、その行く手をケバローが阻む。
ケバローはスリーラに衝撃を与えないように細心の注意を払いながら、彼女の細腕を捕まえた。
そして、元の位置に優しく運んでいく。
罪なき人々に、不本意な災いが向かわないように。
ちなみに、スリーラのこの能力。
自分の力で負ったダメージが『心の共有者』に向かうことはない。
あくまでも、他人から貰った傷のみだ。
先刻、スリーラがケバローを叩いて痛がっていたのは、そのためである。
しかし、かなり厄介な力なのは違いない。
レランカの邪魔をさせないようにスリーラを足止めするのにも、かなりのストレスが溜まる。
通常の何倍もの馬鹿力を持つこの男にとっては尚更だ。
スリーラが突っ込む、ケバローが運ぶ、翔英をただ観戦するを繰り返すこと一分。
ついに、
「……待たせたぜ。ケバローさん」
レランカの集中が終わった。
若干、彼女の顔つきに変化が見られる。
「……それで、何か分かったかい? レランカ」
「ああ。だいたいな」
レランカはケバローをどかし、因縁のスリーラと対峙した。
今度は、二人を隔てる柵は無しで。
「……やはり、あなたのその力は、本当だったようですわね……にわかには信じられませんでしたが……」
「当たりめえだろ。アタシは特別だからな」
「……なら尚更、あなたにはもう一度その檻に戻ってもらいますわ」
「はっ!! 誰が二度と入るかよこんなとこ。……それによ、アタシはもう決めちまったんだぜ。……てめえを殺すってな」
「……ひどい言葉遣い……」
二人の間に、緊張感がビリビリとほとばしる。
そんな二人の対角線に侵入してきたケバローがレランカの顔を覗きながら、
「……ということは……彼女の能力の突破口が見つかったってことかい……? レランカ」
と、聞いてきた。
レランカは、
「ああ、もちろんだぜ」
と、自信たっぷりの渾身のドヤ顔で宣言した。




