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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第五章
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第九十七話 『彼女の秘密』

 「――――スリーラさん…………」


 スリーラの言葉に対して、翔英は彼女の名前を呟いた。

 

 ――――言葉が詰まる。

 だが、黙っているままではいられない。


 「………ここに来たことは本当にごめんなさい。………でも、どうしても、確かめたかったんです。……あなたのことを………」


 「……確かめたかった……? ………なるほど、ケバロー様に何か言われたのですね。…………それとも、レランカ様でしょうか。…………ですが、あなたは…………」


 翔英の姿を見て、スリーラは考える。

 この男と話したのは、二時間くらい前だろうか。

 

 ――――だとすれば、もうそろそろ来てもおかしくないはず。


 ――――念押しといくか。


 「……ショウエイ様。……あなたは、わたくしを『信じて』くださいますよね……?」


 聞き惚れてしまうような甘い声。

 釘付けになってしまうような美しい顔。

 

 そんな彼女に見つめられてしまっては、なんでも言うことを聞いてしまいそうだ。


 だが、翔英は違った。

 なんと彼は――――苦しみだしたのだ。


 頭を抱えながら、翔英は地にうずくまってしまった。


 『何か』に押さえつけられて、必死に抗っているようだ。


 目の前で苦しみ出した翔英にケバローは驚きを隠せない。

 スリーラもそうだった。

 彼女ですら、この状況は想定外。


 鉄格子越しに翔英を覗くレランカだけが、自身の予想を口にした。


 「………お前まさか……!! 既にこいつに……!!」


 レランカの台詞を耳にしたスリーラは彼女に目を向けた。

 そして、先程とは異なる棘のある声色で、


 「……レランカ様。………知っていたのですか……何故……?」


 と、問うた。


 「………あのクソ虎野郎が口を滑らせたがったんだ。この前な」


 レランカが初めてスリーラの質問にちゃんと答えた。

 しかし、スリーラの表情は真っ暗だ。

 やっと、返答をもらったというのに。


 「………ギーコ様。……最低ですわ」


 「安心しろ。あいつもう死んでるから」


 『そんなことはどうでもいい』

 

 スリーラはそう思った。

 今彼女にとって重要なのは、目の前にいる三人の人間をどうするかということだ。


 レランカ。

 彼女はこのまま閉じ込めておくのが得策だろう。

 

 だが、今後どうしようか。

 能力について知っていたのであれば、頑なに会話を断り続けたことにも納得だ。


 ――――しょうがない。

 目的は達成できないが、このまま消すことも視野に入れなくては。


 翔英がこちら側につくのは時間の問題。

 彼が今苦しんでいるのは、おそらく能力発動の前兆だろう。


 ならば今は、この大男をどうにかしなくては。

 大丈夫。心配いらない。

 

 スリーラは『負けない』。


 「ショウエイくん…………ショウエイくんはどうしてしまったんだ!? 知っているなら教えてくれ、レランカ!!!」


 ここに来てから「なっ!?」しか喋ってなかったケバローが初めて口を開いた。

 話しかけた相手は、牢屋の向こうのレランカだ。


 「は!? おっさん何でアタシのこと知ってんだ!? …………いや、その声………まさかあんた…………ケバローさんか!!?」


 「ああそうだよ、久しぶりだねレランカ。――――いや、今はそんな話をしている場合じゃない。ショウエイくんのことを教えてくれ」


 一度聴いたら忘れられない美声を耳にしたことで、記憶の中のケバローと目の前の彼を一致させるレランカ。

 記憶よりも大分太り過ぎていたため、姿を見ただけでは誰だか分からなかった。


 「(ケバロー様とレランカ様、お知り合いでしたの。……だとするならば、とりあえずケバロー様は消さなくてはなりませんね………助けを呼ばれてしまってはまずい………)」


 スリーラは暴力を好まない。 

 スリーラは争いを望まない。


 そんな彼女が『覚悟』を決めた。

 儚い理想を汚そうとする不届き者に、天罰を与えることを。


 「……マジかよ。……十年も経ってねえってのに、食生活どうなってんだよ。………でも、あんたがいるってのは心強え……!!!」


 レランカはケバローのことをよく知っている。

 その圧倒的な強さを含めて。

 彼の登場は、レランカの心に微かな希望を持たせた。


 「――――じゃあ、アタシが知っていることを教えるぜ。ケバローさん」


 まだ何かと戦っている翔英を飛び越えて、レランカの呼びかけに答えるケバロー。

 その前に、スリーラが立ちはだかった。


 「そうはさせませんわ!!」


 だが、今のケバローにとって、スリーラは眼中にない。

 彼女の討伐よりも今は、翔英とレランカの救出が優先だ。


 無視されたスリーラは珍しくご立腹。

 勇気を振り絞り、ケバローを叩いて見せた。


 でも、


 「痛いっ!!」と鳴いたのは、スリーラの方だった。

 

 か弱いスリーラの細腕で、ケバローの頑強な肉体なんて叩いたら危ない。

 痺れる右手を抑えながら、スリーラはへなっと座り込んでしまった。


 ――――というのも、スリーラの戦闘力は、一般女子程度しかないのだ。

 何なら人を殴ったことすらほとんどない。

 

 つまり――――彼女は戦えない。


 「……あっ!! ケバローさん、そこで聞いてくれ!! ……後、あまりそいつを刺激しないでくれ……!!!」


 レランカは何やら慌ててケバローをストップさせた。

 そして、スリーラが腕を痛めているうちに説明を開始する。


 「――――おそらくだが、あいつの能力は、他人の中で自分を『絶対視』させる能力だ。あの町……メデュンの連中はほぼ全員、その能力で支配されていると見ていいだろう」


 「……なるほど。あの町の違和感はそれか…………」


 「ああ。――――そして、能力の発動条件は、そいつの質問に『頷く』ことだ。そいつへの『共感』でも発動する可能性が高い。そいつがアタシのところに何度も来て、共感させようとしていたことからも、そうだと読める」


 レランカの解説に反応して、腕を痛めていたスリーラが立ち上がった。

 そして、今はもうこの世にいない部下を恨みながら、


 「……そこまで知っていたのですね、レランカ様。ギーコ様にこの場所を教えてしまったのは失敗でした。……それを知っていたのなら、あなたが頷くはずもない」


 と告げる。


 「……あんまりあいつを責めてやんなよ。……あれはしょうがないことだったと思うぜ」


 レランカも当時を思い出しながら回答する。


 催し物と言って手錠を外してもらった隙にギーコをボコして、命と引き換えに情報を聞き出したことは、誰にも言ってない。


 ――――スリーラは自分では止めることができないと、牢屋からの脱走を試みた。

 しかし、ケバローの岩魔法が行く手を塞ぎ、失敗に終わった。


 さっきも言ったが、今スリーラに構っている暇はない。

 ケバローは翔英を助けたい気持ちでいっぱいだ。


 「……そんな簡単なことで………はっ!! まさか、ショウエイくんは……!!」


 ケバローの勘は槍より鋭い。

 翔英がなぜこうなっているのか、何となく読めた。


 「そう……!! おそらくそのガキは、すでにあいつに共感しちまってたんだろう……!! ……だが、何らかの力があいつの支配を拒んでいるんだ……!!! それで苦しんでいる…………!!」


 レランカの考察は的中している。

 二時間前、翔英はスリーラとベンチで対談し、彼女の理想に激しく共感していた。

 

 おまけに、熱い言葉も添えていた。


 その時既に、スリーラの侵略は始まっていたのだ。

 翔英がケバローやレランカを信じ切ることができずにいたのも。

 スリーラへの疑いを晴らすために行動し続けていたことも無関係ではない。


 ――――しかし、彼はまだ戦っていた。

 深い、深い、精神の中で。

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