第九十五話 『最強の男』
翔英が走り出し、レランカとスリーラが対峙する少し前。
――――ケバロー・ホサルトンサイド。
彼は、地下一階の大部屋で立ち止まっていた。
洞窟の調査を続けていた彼が、何故足を止めているのか。
――――それは、目の前に現れた男のためにあった。
「――――どいてくれないかな? ……僕は今、ここを調べているんだ」
ケバローは相も変わらず気品と威厳あふれる声と口調で男に告げる。
男は黒衣装、そしてフードを被っており、その顔を見ることはできない。
彼は、
「――――それはできませんね。……そもそも、ここは立ち入り禁止ですよ。……ケバローさん」
と返した。
ケバローは目を細めて彼を確認すると、
「……顔を隠す必要はないよ。君が誰かということは分かっている。そして、ここに何をしに来たのか……ということもね。…………アボラさん」
と、彼の正体を看破する。
ケバローの言葉を受けた男は、ゆっくりと頭のフードを下ろし、その顔を露見させた。
そして、ケバローの読みは的中する。
『アボラ』
スリーラと共に行動している男だ。
そして、彼女の側近を務めている男でもある。
「……そこまで分かっているなら話は早いですね。……では、ここで見たことは全て忘れて、立ち去りなさい。今すぐ引くのであれば、今攻撃するのは止しましょう。……スリーラ様は、無益な殺生を望まない…………」
――――本来、アボラはスリーラと一緒にレランカの元に訪れる予定だった。
しかし、向かう途中に不自然な跡を発見したことで路線変更。
スリーラには『少し用ができた』とだけ告げ、ケバローの後を追ってきた。
つまり、スリーラは『ケバローが侵入していること』を把握していない。
アボラの目的は、スリーラに無駄な『ストレス』を与えることなく、侵入してきた男に対処することだ。
しかし、そう簡単に彼の希望通りには動かない。
「……残念ながら……お断りだな。……もう決めてしまったんだよ。このまま進むってね」
先刻、ケバローが発見した『過去からの手紙』。
それを見つけてしまった以上、彼の意思は揺るがない。
「……そうですか。……ならば、仕方ありません。――――あなたには、ここで死んで頂きましょう」
希望に沿わない返答を受け、黒スーツを腕まくりするアボラ。
『臨戦態勢』
そして、『目標変更』
この大男を跡形も無く始末し、何事も無かったように主の元に合流することへ。
「……やはり、そうなるか」
返答するケバロー。
そしてこうも考える。
翔英には酷な話だが、予想は当たってしまったと。
不幸中の幸いなのは、翔英がそれを知らないままでいられるということだと。
ジュンと共にメデュンで待っているであろう翔英に心配を向けるケバロー。
ケバローはもう、決めている。
アボラとスリーラ、この二人を問い詰め、返答によっては討伐することを。
「――――いいだろう。アボラさん。かかってきなさい」
アボラと対峙する男は、拳を握り締めて戦闘態勢に入った。
大胆不敵に言い放ったケバローに対して、アボラは眉をひそめる。
「(……何だこの自信は…………この男は聖鳳軍ではない。……こんな肥満体の男がいるなど聞いたことがない。それにこのふざけた特徴なら、話題になっているはずだ。……ならば、『ただの一般人』のはず。………だが、何なのだ、この果てしないプレッシャーは………まるで、何の装備も準備も無しに、大きく険しい山登りに挑むような…………)」
アボラは一歩も動けずにいた。
スイッチを入れた目の前の男に、圧倒的な力の圧を感じたからだ。
メデュンで会った時には考えられない。
巨大な『鬼』に睨まれているような、この底知れない『恐怖』。
「――――どうした。来ないのかい?」
ケバローが再び口を開いた直後、後ろから背中を押されるように、アボラは飛び出した。
その表情は『死』を覚悟したような、どうしようもない『壁』に挑むような、絶望に満ちたものだった。
――――そこから、一瞬。
『アボラは崩れ落ちた』
どうしようもない痛みに足掻くような声を挙げながら、倒れた先で男を見上げるアボラ。
その男は、憐れむような眼で数秒アボラを見降ろすと、大きな歩みを再開した。
「……がっ………!! ……ま、待て、貴様……!! ……まだ……戦いは……終わってないぞ………!!!」
「……終わっているさ。君にもう、戦うことなどできない」
後ろを振り返り、地に平伏すアボラを見降ろすケバロー。
その姿を見たアボラは、自身の持つ情報と彼の姿を一致させ、自分の胸を確認した。
「……っ!! ……ま、まさか……いや、間違いない……私に付いている……この『三つの傷』。……これは、『あの男』の技……」
「……そんなことまでよく知っているね」
瀕死のアボラの解説を受けたケバローは立ち止まってそう呟いた。
自分のことが知らない間に誰かに知られているのは気分のいいものではない。
だが、ケバローの技の情報が知られているのは、もうしょうがない。
「……当然だ。……我々の中で……『もっとも恐れられている男』が使う技なのだから……まさか、貴様がそうだったとは………私に勝てるはずが……なかっ……た…………」
アボラは力尽き眠った。
遥かなる格上に挑んだ自分を慰めながら。
――――そう、この男。
ケバロー・ホサルトン。
魔凰軍の中で、『遭遇したら絶対に逃げろ』と呼ばれていた。
『最強』である。
攻防を全く描写することなく決着が着いてしまったが、決してアボラが弱いわけではない。
むしろ、アボラの強さは折り紙付きだ。
格闘術の達人として知られ、純粋な体術ではトップクラスである。
攻撃を当てることができれば、ケバローにダメージを与えることもできただろう。
だが、この男はそんな暇を与えてはくれない。
――――彼は、『最強の人間』だからだ。
――――そんな彼の技の一つ、『三撃』。
『汗弾』『次元打』に並ぶ、ケバローの『三大殺』の一つである。
目にも止まらない高速度で標的の胸に三撃を加えノックダウンさせる技。
しかし、この技はそれだけでは終わらない。
三撃を加えた後、その傷は膨らんでいき、対象の身体を破裂させる。
この技が、『さんげき』と呼ばれる所以だ。
「何で破裂するの?」という疑問は無駄である。
ケバロー・ホサルトンに、『常識は通じない』。
――――では、なぜアボラがケバローに気づかなかったのか。
それは、『体形』である。
アボラが持っていた情報では、ケバローがデブなんて話を聞いたこともなかった。
まさか、そんな恐れられる伝説の男が、こんな肥満体なんて想像できるわけがない。
そしてもう一つ、彼はこの男の『名前』を知らなかった。
肝心すぎることが知れ渡っていなかった。
喋らなくなったアボラを放置して、ケバローは再び洞窟の調査を開始する。
さっさとケリをつけて、翔英とジュンと共に、向こうに帰ろうという思いで。
――――目指すは、メデュンの主、スリーラただ一人。




