第九十四話 『対照的』
『――――絶対にありえない』
そう何度も頭の中で繰り返しながら、洞窟を掛けて行く翔英。
彼女のことを思い出す度に、先の言葉への否定が強くなっていく。
『今はひとまず、スリーラさんを白にしなくては』
もう、無意識にスリーラが白だと決めつけている。
翔英はひたすら彼女への疑念を晴らそうと、洞窟を駆ける、駆ける、駆ける。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――――だが、現実はそうではない。
翔英が今出ていったレランカが捕まっているこの部屋。
実は、入り口は一つではない。
翔英が通った正規の入口の向こう側、つもり反対側にも、扉はある。
一見ただの壁のように見えるが、ある儀式をすることで、その壁は二つに割れ入り口となる。
『アリババと四十人の盗賊』に出てくる魔法の扉のように。
その儀式とは、『祈り』
かつてこの洞窟を住処としていた一族だけに許された力である。
この洞窟には、牢屋内を含めて計三か所、祈りを捧げることで動かせる隠し扉がある。
現在はその一族は滅亡しているため、隠し扉が開くことは二度とない。
……はずだった。
――――翔英が牢屋を飛び出していったほぼ同タイミング。
反対側の壁に異変が起こっていた。
ゴゴゴ、とゆっくりと開いていくのだ。
その様子を柵越しとはいえ目の前で見ているレランカは、扉の向こうをものすごい形相で睨めつけている。
そして扉が完全に開いた時、青髪とドレスを携えた少女が、完全にその姿を見せた。
「ごきげんようレランカ様!!」
美しい少女の元気な声が、せまい部屋に響き渡る。
彼女は純粋無垢な笑顔を浮かべて、自由を奪われている女の前に立った。
そして、
「あなたとお話しに来ましたわ!! 今度こそは、レランカ様と仲良くなります!!!」
と、その空間ではありえないくらいのテンションで言い出した。
「(……ちくしょう、あのガキ……タイミングの悪ィ奴だな………もう少しで、自分の目で確かめられたのによ……………………いや違う、逆だ。『会わなくて正解』………だな。ここであいつが見つかったら、あの野郎にやられちまう………しかし…………)」
レランカの頭の中は翔英の行方でいっぱいだ。
翔英がこのタイミングでスリーラに会わなかったことを幸運に思うレランカだが、それも時間の問題だ。
スリーラがここにいる間に翔英が戻ってくるのは、結局まずい。
でも、スリーラがここにいる間なら、翔英も動きやすいかもしれない。
……どれが最善か。
レランカが頭を回転させていると、この女が、何やら不思議がりながらしゃべりだす。
「………あらあら? ギーコ様の姿が見当たりませんわ。レランカ様、ギーコ様がこちらに来ませんでしたか?」
ギーコ。
つい先ほど翔英に倒された虎の魔物だ。
スリーラの問いを受け、レランカは今日初めて、彼女に対して口を開く。
「………いや、知らねえな。見てもねえ」
「……そうなんですの。――――まあ、いいですわ。ギーコ様はお好きではありませんし」
そう答える間にも、自分ができる最善策を模索するレランカ。
そもそもレランカが翔英に最初に会った時に考えていたプラン。
それは、「翔英から鍵を受け取りここから脱走、本部に帰ってヒナノを連れてくる」だった。
スリーラの『能力』を破れる可能性があるのは、ヒナノだけだと踏んでいたからだ。
最悪、翔英一人にヒナノを呼んでこさせてもよかったが、それを伝える前に翔英が疑い始めてしまっていた。
だが、今はどうする。
ここにこいつが来てしまった。
仮に翔英が鍵を持って来たとしても、錠を開ける時間をくれるはずがない。
……どうする。
……やはり最善はこうだ。
『この女をここからどかす』
スリーラがここにいる限り、どっちにしろ出られないのだから。
「――――おい。用があるならさっさと済まそうぜ、アタシは早く寝たいんだ」
「あら、分かりましたわ。……その前に、お食事ですわ!! 本日はわたくしが持ってきましたの!!」
スリーラはそう言うと、右手に掛けていた袋からお菓子を取り出した。
ちょっと食事というには足りないが、種類豊富で美味しそうなお菓子がズラリ。
「先程、お菓子を食べていた方にお会いして、わたくしも食べたくなって買ってしまいました!! それで、せっかくですので、レランカ様にも差し上げようと思って。レランカ様は、どれがいいですか!」
「いや、いらねえ。今日はな。……だから、とっとと済ませちまおうぜ」
「……あら、そうですか。……残念です。レランカ様と一緒に食べたかったのに………」
スリーラは心底残念そうな顔を浮かべ、取り出した菓子を袋にしまった。
すると今度は袋から、
「……では、お水だけは口に入れてください。死んでしまいますわ」
と、ペットボトルを取り出した。
無言のレランカに、水を飲ませるスリーラ。
レランカも水は飲みたかったようで、適量を摂取する。
「……では、レランカ様。本題に入りましょう。お考えは変わりましたでしょうか?」
「……馬鹿が。変わらねえって言ってんだろうが」
レランカの言葉の強さに、スリーラは悲しそうな顔をしながら、
「……レランカ様、いつも言っていますが、その口の悪さは治した方がいいですわ。もっと上品でいた方が気分もいいですよ」
と返す。
こればかりはスリーラが正論だが。
「……うるせえ。これがアタシだ。てめえなんぞに指図されたくねえ。……さあ、用が済んだなら、とっとと消えな」
「ええっ!? もうですか!? いやです! もう少しお話しましょうよ!!!」
レランカの望み通りには動かないスリーラ。
翔英が仲間を連れて戻ってくるまでに、どうにか帰ってもらわなくては。
「――――レランカさん、お願いします。頷いてくれるだけでいいんです。そうすれば、あなたの錠もすぐに解かれますよ!!! わたくしも、苦しんでいるあなたの姿は見たくないんです!!!」
喋っている途中で涙目になるスリーラ。
だが、レランカは彼女の涙の説得には動じない。
それどころか、
「……今日はやけに必死だな。あの町に誰かやべえのでも来てんのか?」
と、挑発するような態度で、スリーラに言葉を返す。
一瞬、目の光が暗くなるスリーラ。
それを見逃さないレランカは、さらに続ける。
「さあ、さっさと出ていきやがれ。アタシは寝る」
「……いいえ、今日はもう少し、あなたと話したいですわ。お疲れのところ申し訳ありませんが、わたくしのわがままに付き合ってほしいです」
「(……くそっ………不自然に急かしすぎたか。………このクソアマ……やっぱやりづれえ。…………やべえぜ。……それに、あの野郎の姿も見えねえ。……どうすっか………)」
「(――――あのガキに賭けてみるしかねえか……)」
対照的な二人の女性、レランカとスリーラ。
牢屋越しの静かな戦いの結果は、翔英の行動に委ねられる。




