第九十三話 『何を信じるか』
再び二人だけになった一室で、喜びに震える翔英。
だが、いつまでも喜んでいる訳にはいかない。
まだまだ、確かめなければならないことはたくさんだ。
横を見ると、柵の奥で金髪の女性がニヤリと笑っている。
そう、今はこの人物に話を聞かなくては。
だが、先に口を開いたのは女性の方だった。
「――――やるじゃねえかよお前。旅人ってのは嘘だな? 何者なんだ?」
質問をする前に質問をされた。
まあいい、どっちにしろそれは話そうと思っていた。
「……聖鳳軍って、知ってますか……? 一応、俺はその軍に所属している者です」
「何!? 聖鳳軍!!? そりゃほんとか!!?」
このリアクション。
彼女は驚きと嬉しさが混じったような反応だ。
「はい、知っているようですね。……それじゃ今度は、あなたのことを教えてくれたら嬉しいです」
「……ってか何? 聖鳳軍なのに、なんでアタシのこと知らねえの? じゃあ、何のためにこんなとこまで来たんだよ。アタシを助けるためじゃねえのか?」
「……え? それってどういう………」
「――――アタシも、聖鳳軍なんだよ。『聖鳳軍二軍』『レランカ・レルン』だ」
数秒の沈黙。
それは翔英の驚きを表す。
「――――えっ!!! せ、聖鳳軍、二軍……!? な、なんでそんな人がこんなところで捕まってるんですか!!?」
「その前に、お前の自己紹介を希望するぜ」
「あ……はい。ショウエイ・キスギです。聖鳳軍には今年入隊しました」
「今年か……なるほどな、じゃあアタシを知らなくてもおかしくねえか。……何軍だ? お前」
名前を教えたのに「お前呼び」は変わらず。
それにしてもこのレランカという女性、さっきから全然翔英の質問に答えない。
「……四軍です」
「四軍!? 嘘だろ? それにしては強すぎるぜ。さっきの動きを見ても三軍、下手したら二軍クラスには見えたぜ?」
「……マジですか? めっちゃ嬉しい。――――いやそれより、あなたのことを早く教えてください!! 聖鳳軍の人がなんで捕まってるんですか!!」
良く知らない人からとはいえ、かなり嬉しい言葉をもらえたことを噛みしめる翔英だが、全然話が進まずまだ何も見えてこないことにツッコミを見せる。
レランカは少し驚いた様子を見せると、一呼吸ついてから自分を語り始めた。
「――――わかったよ。……なにから話すっかな。………アタシは、今からだいたい一か月前、そこのメデュンに行ったんだ。ちょっと用を頼まれてな。……だが、そこでアタシは『異様なモン』を感じた。…………そこでよ、アタシはこの辺りを調査することにしたんだ。一応、それも仕事だからな」
翔英は彼女の話をじっと聞いている。
だがそれを受け入れるには、心がついて行かない。
『この人も言うのか。あの町のことを』
「――――その調査の中、アタシは辿り着いたんだ。……『元凶』にな。……だが、奴は『妙な力』を持ってやがった………情けねえが、アタシは捕らえられ、ここに監禁されることになっちまった。こんな場所からじゃ救援も出せねェ。アタシがここにいることも、向こうじゃ誰も知らねえ。……ひたすら耐えるしかなかった……そんな時に来たのが、お前ってわけだ」
「………そうなんですか………」
この人が言う『捕まっている理由』は分かった。
だがなんだ。
まだ聞かなければならないことが多すぎる。
「――――そこでだ、お前が来てくれたのも何かの縁。お前に頼みてえことがある」
翔英が頭を悩ませている間に、レランカの方から話を進めていく。
両手を繋がれているとは思えない不遜な態度で、彼女は続けた。
「――――この洞窟のどっかに、手錠と牢屋の鍵があるはずだ。そいつを探して、アタシんとこに持ってきてくれ。……だが、気を付けろよ。あの虎野郎なんぞよりよっぽどやべえのがいるかもしれねえ。もし奴に会っちまったら、戦うな。ひたすら逃げろ。……まあ、お前も聖鳳軍の一員なんだ。期待して待ってるぜ」
レランカの話はこれにて終了。
――――というわけにはいかないだろう。
「……ちょ、ちょっと待ってください!! まだ一番知らなきゃいけないことが知れてない……!! ………『奴』って誰ですか!?」
「……知らないのか。……悪ィが、アタシも名前は知らねえ。気に入った奴しか覚えない主義なんでな。……でも、そいつを見ればすぐに分かると思うぜ。『これは怪しい』ってな。やっすい笑顔貼り付けてベラベラしゃべりやがるからな」
「……名前知らないんですか。……じゃあ、特徴だけでも教えてもらえますか? そいつ、魔物なんでしょ? どんな姿をしているのかとか、だけでも」
「……確かにそうだな。……奴は、人間の姿をしてやがる。『青髪の若い女』の姿をな。それから、ここの近くにある『メデュン』を支配している。……さっきも言った、『妙な力』ってやつでな………」
翔英は思い浮かべてしまった。
『青髪』『若い女』『メデュン』
そのワードから導かれる人物が、彼の中で一人いる。
だが、レランカの話の中での人物像とは、全く一致しない。
脳が拒む。
彼が出す、受け入れがたい予想を。
だったらその予想は、何としても違うと証明しなければならない。
「………あの、メデュンの町長さんが、あなたの言っている特徴と似ているんですが、その人とは別……ですよね……?」
「町長? ………ああ、そうだったかもしれねえ気がする…………ああっ! そうだったわ。……うん、そうだったそうだった」
「え……!? 『そうだった』って、あなたを捕まえている『奴』と、メデュンの町長が同一人物って、ことですか………!?」
「そういうことだ。アタシも事情はよく知らねェが、あの町の長になってた。あいつは」
レランカの言葉に戦慄する翔英。
『全く持って信じられない』
スリーラのことを思い浮かべる度に、そう頭に流れてくる。
あの女神のような優しい笑顔で話す彼女に限ってそんなことあるはずがない。
――――信じない。自分の目で確かめるまでは。
「………すいません。……今の話を聞いて、あなたのことが信じられなくなりました」
「……はあっ!!? 何言い出すんだいきなり!!! ふざけてる場合じゃねェぞ!!」
牢屋越しに翔英に声を荒げるレランカ。
彼女が怒りを募らせるのは当然だが、翔英からしても会ったばかりの、しかも捕まっていて口も悪い人の言う事を鵜呑みにするのは難しい。
なにより、自分によくしてくれた人の事をまるで『大悪人』ように言うのだから。
「――――あの人は、あなたの言うような人じゃない……!! ……少なくとも、俺はそう思った。……そして今、俺はこうも考えている。「あなたは俺を騙して外に出ようとしているんじゃないか」と。冷静に考えてみれば、牢に入れられている人の言う事なんて信じる方が難しい。もしかしたら、鍵を渡した途端に、俺を殺そうとしているのかもしれない………」
「……つっ………!! このクソガキがァ…………と、言いてえところだが、確かにお前の言うことも一理あるな…………ようするに、アタシが聖鳳軍だって証明できればいいんだろ!? 誰か聖鳳軍の奴と一緒に来てねえのか? そいつを連れてくれば、アタシがそうだって証明できる」
潔白を証明できるようなことは他に浮かばない。
誰かが証明するしか、方法はない。
「……いや、来ていない。連れはいるけど」
「……そうか、望みは薄いが、アタシのことを知ってるかもしれねェ。そいつをここに連れてこい!! 話はそれからだボケ!!」
「……わかった。それくらいなら」
翔英は地下牢から出ていき、同じ洞窟内にいるであろうケバローの捜索に乗り出した。
もっとも当初の目的は彼にあったので、どっちにしろ探す予定だったが。
「……クソがよ」
また一人になった監房で、レランカ・レルンはそう呟いた。
その彼女に近づく影があったことに、翔英は気づかない。




