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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第五章
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第九十話 『全力疾走』

 「――――あ………えっ!!? ………あれえ!?」


 翔英の視界に再び光が戻った。

 先ほどまでの記憶が全くなく、床に倒れていた自分に驚きを見せる翔英。

 

 「あっ! 目、覚めたか」


 声の方を振り向くと、ジュンが立っていた。


 そうだ、思い出してきた。


 外出しようとするケバローを止めたら、いきなり意識が飛んだのだった。


 とりあえず立ち上がるが、胸のあたりに軽い痛みが残っているため、ふらつきを抑えられない。


 何かが起こっていたのだ。

 あの一瞬の間に。


 「……なあ、ジュン。ケバローさん、俺になにかしたのか……?」


 「……いや、俺にもよくわからなかったよ。父ちゃんが指を弾いた瞬間、ショウエイがフッ飛んでた」


 「い……!? なんだそりゃあ。……なんか俺に飛ばしたってことか……? …………はっ……!! そうだ……!! 俺が気絶してた時間ってどのくらいだった!!?」


 「そうだなあ………二十分ぐらいかなあ………」


 今の翔英にとっては、ケバローが己に何をしたのかは重要ではなかった。

 重要なのは、ケバローの行方だ。


 あの大男はもう、洞窟についているかもしれない。

 ならば時間はない。

 翔英は即決した。


 「………ごめんジュン。俺、ケバローさんを追いかけてくる。……できるだけすぐに戻ってくるから、待っててくれ」


 「え……!? ………うん、分かった。お願い、ショウエイ。行ってあげて。……父ちゃんのためにも……」


 「おお、助かるぜ。ありがとう。じゃあ、早速行ってくる……!!!」


 予想とは異なり、意外にも素直に認めてくれたジュンに驚きながらも、翔英は勢いよく玄関を飛び出していった。

 

 ジュンが止めなかったことに対して、翔英は特に理由を考えはしなかった。

 だが、ジュンもまた、本心ではケバローに行ってほしくないと思っていたことは誰も知らない。

 

 もっとも、翔英の理由とは正反対のものではあるが。


 「(――――あの図体だ。もしかしたらまだ間に合うかもしれない……!!!)」

 

 失礼な予想を立てながら全速力で駆けて行く翔英。

 

 この時間はとにかく冷える。

 見ている者にも寒さが伝わるような白い息を吐き出しながら、後を追っていく。


 翔英は、足の速さにはそこそこ自信がある。

 学生時代も、リレー選手の補欠に選ばれていたくらいだ。

 

 洞窟の正確な位置は分からないが、山に追いつく見込みはあると捉えていた。

 だが、彼には一つ、不安がある。


 「どうやって止めよう」


 さっきは一秒もかからないまま負けてしまった。

 見た目の雰囲気に油断していたが、彼もまた『強者』の可能性は高い。

 ならば武力では止められない。

 

 では、どうする。


 「(……そうだ……!!!)」


 ふと名案を思い付いた彼は急ブレーキを踏むと、とある建物を訪れた。


 『スリーラ宅』である。


 スリーラの力も借りて説得すれば、さすがの山も揺れるのではないかと考えた結果だ。


 まだ午後七時。

 常識的にも問題はないだろう。


 「……………いない………!?」


 インターホンに続いて強めのノックも試したが、なんと音沙汰なし。


 ぐるりと家を回ってみても、電気はどこにもついていなかった。


 「いやなんで……!? ……もう寝てんのかな……………まさか……!!!」


 スリーラの留守を確認した翔英は、さらにスピードを上げて目当ての洞窟へダッシュする。


 「(……くそっ………!! まさか居ないとは思わなかった………!!! それにもし……スリーラさんが洞窟に居るとしたらまずい……!!! 約束を破ったのがバレたら、明日の取引が無しになっちまうかもしれない………!!!)」


 頭を悩ませながらの全力疾走。

 ただ、翔英はまだ気づいていない。

 その心配の源流を。


 「――――ここか……」


 町を抜け、森を駆けること十五分。

 誰に会うこともなく、噂の洞窟へと着いてしまった。


 小さなトンネルのような入口が口を開いて待ち構えており、外からもその全容を見ることはできない。

 もちろん中を覗いてみても、何も映ることはない。


 天罰とか関係なしに、足を踏み入れば事故が起こりそうだ。

 

 『さて、どうするか』


 全力で長距離を走った疲れからか、もう追いつけないと分かったからか、翔英の頭は走り出す前よりも冷静になっていた。

 

 自分まで入るのはさすがにやめた方がいいだろうか。

 とは言っても、もう片割れが入ってしまっているのだから、今更遅いともいえる。

 

 そうだ、それに噂が本当で、自分の身になにか起こってもまずい。

 普段は祟りなんて信じる質ではないが、それは向こうでの話だ。

 こっちの世界では否定できない。


 『よし、決めた』


 引き返そう。

 

 わざわざここまで走ってきたことが無意味になってしまうが、もうしょうがない。

 

 後はケバローさんにもスリーラさんにも何事もないことを祈り、明日薬を受けとれることを願おう。


 諦めがついたように後ろに一歩踏み出す翔英。

 しかし、その歩みは一歩目で止まった。


 彼の脳裏に浮かび上がった二言が、下がる足を止めたのだ。

 

 『頼むよ、ショウエイ。父ちゃんのためにも……』


 ジュンの言葉だった。


 「………そうか………あの言葉の意味は………」


 翔英は頼まれていたのだ。

 ケバローの帰りを。

 

 ジュンが洞窟に行ってほしくなかった理由。

 それは、義父の身に危険が起こるかもしれないという心配だった。

 

 スリーラの話の真偽はともあれ、未知の領域に一人で乗り込もうとする大切な人を止めたかった。

 

 翔英は思い出す。

 

 ケバローにはたくさんの子供たちがいることを。

 一緒に食事をして、親交を深めて翔英にとっても、あの子たちは無視できない存在だ。


 このまま部屋に戻ったとして、もし明日、自分は薬をもらえたとして。

 それは、満足がいくだろうか。


 『答えは否だ』


 そう、翔英の勝利条件は、二つの薬をもらって、三人で中央都市に戻る事。


 ケバローの身に何かが起こったとしたら、そのことをジュンに、待っているみんなに伝えねばならない。

 考えただけで恐ろしい。

 あの子達から、父親を奪ってしまうのは。


 それはもう、またしても翔英の心に刻まれてしまうだろう。


 どうしようもない『後悔』として。


 『決まりだ』


 翔英は、踏み出した後ろ足を元に戻した。

 そして、反対方向にまた、足を踏みだす。


 ケバローと一緒に帰るしかない。


 翔英は覚悟を決め、ゴアナ族が眠る洞窟へと足を踏み入れた。


 「(……ごめんなさいスリーラさん。……でも、約束を破ったわけじゃないですよ。ケバローさんを止めるために、ほんとうはいやだけど仕方なく入っているんです。断じて……あなたを裏切るわけではありません………だから許してね……)」


 頭の中でめちゃくちゃ呟きながら、微かな光しか刺さない洞窟を進んでいく翔英。

 思った以上に中は広い。

 突き当りが全く見えないし、左右の壁の間もずいぶんある。


 ただ真っすぐ進んでいく翔英だが、少し歩いたところで異変が起こる。


 「ああ……!! み、見えない……全然……!!」


 もう日も暮れている。

 洞窟に電灯はついていない。

 奥に進むに連れ、光が消えていくのは当然だ。


 一旦ライトを取りに引き返そう。


 入場から三分。

 翔英は一時帰宅を決めた。


 ところが。


 入口とは全くの別方向。

 翔英の目にギリギリで捉えられるほどの超微かな光が見えた。


 「……もしかしてケバローさんか……!? よし………」


 その光とケバローを重ねた翔英は、灯に導かれるように走った。


 何とそこには、使い古されたガラガラするタイプの扉があった。

 その奥から、人口的な光が漏れていたのだ。

 恐る恐る扉を開いた翔英は、さらに驚きの声を上げる。


 その先では、地下へと続く階段が現れた。

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