第八十六話 『二人の少年』
「――――なんだよショウエイ……ひどいなあ………あれ……?」
一人部屋に戻ろうとする少年・ジュン。
彼への文句を呟きながら歩いていると、気になる人が目に入った。
ポツンと建っている一軒家の前で、なにやらボーっと空を見ている少年がいたのだ。
「………ねえ、なにやってるの?」
「え?………誰? 君」
質問を質問で返したこの少年。
ジュンと変わらないくらいの年の子だ。
彼は突然の声掛けに驚いた様子で言葉を返す。
「俺、ジュン。中央都市から来たんだ」
「……ああ、昨日来た子か。……僕はユウビだよ」
「そっか、よろしくなユウビ。……で、なにやってんだよ、ここで?」
「……雲の動きを見てたんだ。今日は雲が動くのが早いなと思って」
ユウビの回答に、ジュンは目を丸くした。
「雲!!? そんなことしてたのか!? ……お前変わってるな………そんなことしてるやつ、向こうじゃ見たこと無いぜ………」
初対面の少年の言葉に、ユウビの顔は赤くなった。
そのままうつむいてしまった彼は、ぼそぼそと答えた。
「……仕方ないじゃないか。暇なんだから。……でも、意外と楽しいんだよ。自然を眺めるのって………」
「そうなの? じゃあ、俺もやってみようかな」
「ほんと!? やった!! 一緒にやろう!!!」
なんと彼らは、二人で空をボーっと眺め始めた。
しかし、
「………いや、つまんないよこれ」
ジュンは一分も経たずに、雲を眺めることに飽きてしまった。
だが、じっとしているのが苦手なジュンにとっては、もった方かもしれない。
「………そうかなあ」
ユウビは、もっと誰かと一緒に同じことをやっていたかったと、がっかりした様子で肩を落とした。
そんなユウビを見かねたジュンは、多少申し訳ないと思ったのか、彼に提案をした。
「………なあユウビ。俺、これよりももっと面白いことたくさん知ってるぜ」
「面白いこと? 何?」
「んーーそうだなあ。例えば……………本を読んだり、外で追いかけっこしたり、とか」
「ふーん、本かあ。僕、絵本しか読んだこと無いけど………どんな本があるの?」
「いろいろあるぞ。最近読んでんのは、なんとかって人の『女傑シリーズ』かなあ。そうだ、今ちょうどこっちに持ってきてるんだ。すぐ取ってくるからちょっと待っててよ」
小さな町でよかった。
ジュンは十分ほどで戻って来た。
手には女傑シリーズ第三巻を持っている。
ユウビはまた、雲を眺めて時間を潰していたようだ。
「お待たせ!! ……って、お前また空見てたのかよ!!」
「まあね。でも早かったね。あの雲が見えなくなる前に戻って来たよ」
「だろ? 俺、足は速いんだ。……じゃなくて!! ほら、持って来たぜ」
普段は見せないノリツッコミを済ませて、ジュンは持って来た本をユウビに手渡した。
パラパラと本をめくっていくユウビだが、少し読んだだけで、眉をひそめながら本から目を離してしまう。
「………うーん、なんだかよくわからないなあ。ちょっと僕には難しいかも………」
「いや、そんなことないって!! ……ユウビ、何歳?」
「十二」
「俺と一緒じゃん!! じゃあ難しくないよ。しっかり読めば、絶対面白いから!!」
「……わかった。もう少し読んでみる」
ジュンは肝心なことに気づくのに、二分かかった。
ユウビもまた、違和感を抱きつつも気づくことはなかった。
というか、知らなかったといった方が正しいだろう。
「あっ!! ごめんユウビ!!! 忘れてた!!!」
「わっ!! ……え、なに?」
「それ、三巻だったあ………ごめん、そりゃよくわからないよなあ」
「………さんかん?」
「うん、だからごめん。今日は見せられないや。また今度、ここに来るときさ、その時一巻から見せるよ。約束する!!」
「……うん……!! わかった!! 約束ね!!!」
まだ幼い二人はそう約束を誓った。
ジュンはユウビから女傑シリーズ第三巻を返してもらう。
ちなみに、女傑シリーズは現在七巻まで発売されている。
「……ねえ、ジュン君。さっきもう一個面白いこと言ってたよね。なんだっけ?」
ここで初めて、ジュンの名前を呼び、ユウビの方からジュンに話題を振った。
穏やかで静かな少年は、ようやく元気で活発な少年に心を開いたのだ。
「追いかけっこだよ。ユウビもやってみるか?」
「……ああ、追いかけっこか………僕、あんまり走るの得意じゃないんだ」
「……そっか。じゃあ、ハンデつけてやるよ。……そうだな………俺は頭の上に両手を置きながら走るってのはどうだ? それなら、ユウビも勝てるかもしれないぞ」
「ほんと……? ……わかった、やってみるよ」
ジュンとユウビの二人は、町中で鬼ごっこをすることにした。
鬼はジュン。ただしハンデつき。
その後、さらにハンデを追加すると言い出したジュンは、スタートから一分後に動き出すことにする。
追いかけっこというよりは、かくれんぼだ。
「――――よし、行くぞ!!」
一分後、ジュンは走り出した。
ユウビは自信満々の場所に隠れていたが、均衡はすぐに崩れ去ることとなる。
「……あっ、ユウビ!!! 見つけたぞ!!!」
「わっ!!!」
咄嗟に逃げ出すユウビを、頭に両手を乗せた少年が追いかけていく。
その状態でもジュンの方がわずかに早く、その距離は徐々に縮まっていった。
「……はい……!! タッチ!!!」
「うわー!!」
数十秒にわたる対決の末、ユウビはジュンに捕まった。
「……なんだよ……意外と早いじゃん、ユウビ」
「……ありがとう、ジュン君。僕、走るのがこんなに楽しいって知らなかったよ」
二人の少年は、息を切らせながらお互いを称え合った。
「ねえ!! 今度は逆でやってみようよ!!」
「おお、そうか!! よし、やろう!!!」
すっかり打ち解けた二人は、攻守交代でまた追いかけっこを始めた。
ユウビがスタートするのは十秒後。
ジュンはまた、手を頭に置いている。
「よし……!!」
見える距離にいたジュンを、すぐに猛ダッシュで追いかけていくユウビ。
だがもちろん、ユウビが追いつくことは難しかった。
そんな追いかけっこの中、彼らにトラブルが起こった。
「――――あっ、大丈夫かユウビ!!!」
走り慣れていないユウビの全力疾走。
身体が持たなくなるのも、時間の問題だった。
彼は走り途中バランスを崩し、町中で転んでしまったのだ。
「……うん大丈夫……だよ……えへへへ」
ユウビはジュンに心配を掛けさせまいと、痛みを押し殺して、本心にない言葉を述べた。
彼の目には、涙が溜まっているのが見える。
「ごめん!! 俺のせいだ!! ホントごめん!!!」
ジュンも泣きそうになりながら、ユウビに謝罪の言葉を述べた。
だが、彼の返答はジュンの予想とは異なるものだった。
「だめだよ、ジュン君。涙を流しちゃ絶対だめ。笑うんだって。こういうときは」
「え……? いや、なに言ってるんだよ!!! こんなときに笑えるわけないだろ!!」
「……でも、笑顔が一番大事だって、皆言ってるんだ。嫌なのは全部、笑顔でいればなくなる。悲しいとか、そんなものはない方がいいって」
「……違うよユウビ!! 痛いときは泣いたっていいんだよ!! 泣き終わった後に、笑えればいいんだよ!!! 人間なんだから!!!」
考えをぶつける二人。
だが、ユウビの言葉にジュンは衝撃を受けることとなる。
「……でも、この町の人は涙を流せないよ。涙が出せるのはこの町で僕だけ。……でも、誰かの前で泣いたら、ものすごく怒られるけど」
「……え……? なに……それ……どういうことだよ……?」
「んー、説明するの難しいけど…………あっ、お父さんだ……!!」
二人の背後。
手を振っている男の姿が見える。
「……呼んでるみたい。ごめん、一旦帰るねジュン君。じゃあね……」
「……ああ……うん……」
ユウビはその男の方へ歩いていく。
ジュンはそれ以上声を掛けることができなかった。
何か嫌なものを抱えながら、ジュンは急いで部屋へと戻っていった。




