第八十五話 『滞在延長』
「――――申し訳ありません!!!」
そう言いながら、スリーラはすごい勢いで階段を下りてくる。
翔英とケバロー、そして隣の謎の男も、スリーラの声を聞いて立ち上がった。
「どうしたんですか!?」
一階にやってきたスリーラに翔英は心配の声を掛ける。
隣の男とケバローも、彼女に心配の目を向けていた。
「……その、ショウエイ様の薬はあったのですが……ケバロー様の分の精神安定剤は、今丁度無くてですね………」
「えっ!?」と、ケバローの代わりに翔英が反応する。
スリーラは何か言われる前にと、話を続けた。
「――――でも、渡せないわけではございません……!! 今から素材を取りにいってきます。一晩あれば新しく作れるので、明日には渡せると思いますわ。……せっかく来ていただいたのに、また待たせてしまうのは、ほんとうに申し訳ないのですが………」
深々と頭を下げる少女の姿を前にしては、これ以上何かいうことはできない。
もう一日伸びてしまったが、ケバローは今日もあの部屋に泊まることを決めた。
翔英もまた、ケバローがいなければ随分と帰りの時間がかかってしまうので、彼と共に残ることにする。
一日でも早く帰りたいという気持ちがないわけではないが、念願の『もの』はもらえるわけだし、もともと二日待つ可能性もあったわけだし、翔英は意外と軽くこの提案を受け入れた。
スリーラはまた、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……ありがとうございます、お二人とも。……では、ショウエイ様の分は、お先に渡しておきますね」
「ああ、ありがとうございます」
スリーラから薬を受け取った翔英。
と、同時にあることを思い出す。
「スリーラさん。確か、条件があるって言ってましたよね。なんでしたっけ?」
「ああ、大したことではありません。ただ、必ずこれをお役に立ててほしいだけですわ」
「……もちろんですよ……!!」
「……では、わたくしたちはすぐに素材を取りに行ってきますので、あなたたちは先程の部屋でお待ちください」
「……スリーラさん。俺も行きますよ、スリーラさんだけに任せるのも悪いし」
部屋に戻ってもどうせ暇である。
この少女に洞窟で物探しをさせるのも気が引ける。
ケバローも翔英の発言に、軽く頷いている。
「……ありがとうございます。でも、そのお気持ちだけで十分ですわ。この仕事はお任せください。あなたたちには、ゆっくりしていただきたい」
「でも……スリーラさん一人じゃ……」
「あら、一人ではありませんわ。こちらの……アボラ様が行ってくれます」
さっきからいた謎の男が、ようやくスリーラの紹介を受けた。
その男は、翔英たちに丁寧にお辞儀を見せる。
「……ああ、そうなんですか。…………じゃあ、お任せします。よろしくお願いします」
結局、洞窟に行くのは、スリーラたちだけになった。
用も無くなった翔英とケバローは部屋に戻ろうとする。
そんな二人を、スリーラは送りに来てくれた。
「薬が出来次第、またそちらに行きますね」
「はい、ありがとうございます。……ちなみに、スリーラさん。さっきのアボラさん………でしたっけ……? 彼とは、どのような関係なんですか?」
別れ際、翔英はあの彼について尋ねた。
彼のことを様付けで呼んでいたことで、さらに知りたい気持ちが増した。
「……………ああ、アボラ様は、昔からわたくしの世話を焼いてくれている方ですわ。……どのような関係かと言われると……そうですわね………ご友人、でしょうか」
「とんでもございません。私とスリーラ様が、友人などと」
聞こえていたのか。
部屋の奥から、当人が歩いてきた。
「アボラ様。……では、わたくしたちってなんていう関係なんでしょうか?」
「主人と従者、が、一番近いと思いますよ」
「まあ、そうなんですの? でもわたくし、アボラ様を従者と思ったことなんてありませんわ」
「私からすれば、あなたは私の主人ですよ。スリーラ様」
様付けで呼び合う二人だが、お互いの認識には差があるようだ。
まあでも、経緯は不明だが、アボラはスリーラに仕えていると見てよさそうだ。
きっとスリーラは本当にお嬢様で、いろいろあって、今は二人で暮らしているのだろう。
翔英はそう捉えた。
「あの……スリーラさん。俺たち行きますね。じゃあ、またお願いします」
その後も、二人は翔英たちそっちのけでラリーを続けるので、翔英は一声掛けて、スリーラ宅を後にした。
「ああ!! まだ答えが出ておりませんのに……!! …………わかりました。じゃあ、また明日伺いますね!!! その時には、最も納得のいくわたくしたちの関係をお知らせしますわ!!!」
「はーーい……」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――ショウエイ君、僕は少し寄り道してから帰るよ。ジュンに、もう一日泊まることになったって伝えておいてくれ」
部屋に戻る途中。
ケバローはそう伝えた。
「ああ……はい、了解です。……どこ行くんですか?」
「……調べたいことができた。夕方には戻るつもりだから、よろしく。……ああそう、夜ご飯もその時また買ってくるよ」
「わかりました」
大きな背中を見送ると、翔英は部屋へと戻った。
「ただいまー。お待たせ、ジュン」
翔英の声を耳にしたジュンが、玄関先まで迎えに来てくれる。
だがすぐに一人足りないことに気づき、ジュンは首を傾げながら聞いてきた。
「おかえりなさい。……あれ? 父ちゃんは?」
「なんかまた、調べたいことができたんだってさ。夕方には戻るって言ってた」
「ふーん、そうなんだ」
部屋に入ってすぐ、とりあえず今はゆっくりしようと寝っ転がる翔英。
だが、ジュンは許してはくれなかった。
「ねえ、暇だから外遊びに行こうよ」
「え? 外? ……別にいいけど、少しだけ休んでもいい?」
「いや、今。今行こう」
「……わかった、行くか」
今度はジュンと散歩だ。
五分で支度を済まして、また部屋を後にした。
「――――で、どこ行く? あんまりこの町広くはないけど」
「お店見たい」
「そっか。この辺何の店があるかわからんけど、とりあえず一通り見て回るか」
特に目的もなしに、兄弟のような二人はメデュンを巡った。
その中でいくつかわかったことがあった。
さっき翔英が言った通り、この町は広くはない。
むしろ、せまいくらいだ。
翔英が見たことある町の中で、もっとも小さい町だ。
三十分かからないくらいで、ぐるっと一周できてしまう。
住んでいる人は、せいぜい四十人くらいだろうか。
店もスリーラ宅を除いて三軒しかなかった。
ケバローが食べ物を買ってきてくれている購買。
他所から仕入れてきた生活必需品を売っている出店。
そして、最後に訪れたもう一つのお店は、翔英の目を引き付けるものが売られていた。
駄菓子だ。
もちろん、正確には全く同じではなく、文化の違いが感じられる。
しかし、これに名前を付けるのであれば、翔英は駄菓子とするしかなかった。
なんでも、これも先住民のゴアナ族から継がれてきたものらしくて、薬と並んで、メデュンの伝統品になっているらしい。
駄菓子でなつかしさに浸る翔英は、その店に釘付けになった。
「……お兄ちゃん。もう帰ろうよ」
しかし、なぜかジュンは食いつかず、すでに帰りたいモードに入ってしまっていた。
「ごめーんジュン。俺もうちょっとだけここにいるよ。もう来れないかもしれないから」
だが、翔英は帰宅を拒否した。
ここから宿まで数分で着くとはいえ、
済み済みまで商品を見たかったとはいえ、
この男が大の甘党とはいえ冷たいだろう。
「……わかったよ、先戻ってるね」
「ありがとう。ごめん」
ジュンは駄々をこねることなく、一人部屋へと向かっていった。




