第八十四話 『薬売りの少女』
「……まじかよ。ケバローさん、あの人が多分町長だよな……?」
「……ああ。そうだと思うけど……これは予想外だな……」
翔英とケバローは、町の人々の中心にいる人物の姿を確認する。
その姿は、翔英が想像していたものとは、ひどく異なるものだった。
『お嬢様』
この町長を一言で表すのなら、この言葉がふさわしい。
青空のような美しい長髪をなびかせ、側頭部には小さなリボンをつけている。
服装は白いドレスを身に着け、育ちのよさが感じさせられるようだ。
そう、町長はまだ若い少女だったのだ。
町長は穏やかな笑顔を浮かべながら、町の人々の話を聞いている。
とりあえず、近くには行かず、人混みの外から様子をうかがっている二人。
町長の周りが空き始めたら行くつもりだ。
「あっ、ショウエイさん、ケバローさん!! ここにいらっしゃったのですね!!!」
しかし、そんな二人に声を掛ける者が現れた。
町の駐在、ワーラスだ。
「ワーラスさん。……あの人が、そうですよね?」
「ええ、そうです。町長が帰って来たことをお知らせしようと思っていたのですが、すでに気づかれていたようですね。でもまだ、話をしていないようですが」
翔英は、今の状況では頼みを話しにくいと伝えた。
するとワーラスは、まずは自分が話をして、後で宿に来てくれると言ってきたので、翔英とケバローは一旦部屋に戻った。
その三十分後、約束通りに、町長は翔英たちの元を訪れた。
「皆さん、こんにちは。私がこのメデュンの町長、スリーラですわ。どうぞよろしくお願いします」
透き通るような声色で挨拶をする町長。
近くで見ると、その美しさと若さがより伝わってくる。
その口調も相まって、どこかの国のお姫様と話しているようだ。
部屋のドア側の床に座ったスリーラに向かい合うように翔英も腰を下ろした。
後ろにはケバローが立っており、さらに後ろには彼に隠れるようにジュンが寝転がっている。
「はい、こんにちは……ショウエイ・キスギです」
翔英に続いて、ケバローも彼女に挨拶を返す。
やっぱり思っていたのと違いすぎて、翔英は変な緊張感を覚えてしまう。
「昨日は顔を見せられず申し訳ありませんでした。大事な用事があったもので……」
「ああいえいえ、それは全然大丈夫ですよ!! ……それよりも、俺たち、スリーラさんにお願いしたいことがあって」
「ありがとうございます。その事なら、先程ワーラス様からお聞きしましたわ。なんでも薬を求めて、遠路はるばるメデュンにまで来てくれたと。もちろん、あなた方なら薬を売って差し上げますわ」
「おお、ありがとうございます!! ……よかったあ……」
翔英はそっと胸を撫で下ろして、後ろに立っているケバローの方に目を向けた。
そんなケバローは、何やら気難しそうな顔を浮かべている。
「……それで、どんな薬を希望しているのですか?」
「はい……俺は……深い眠りにある人の目を覚ますようなものがほしいです」
「私は、強いトラウマを克服できる薬が」
翔英とケバローは、それぞれの注文を告げた。
要望を受けたスリーラは少し考えてから言葉を返した。
「……なるほど、わかりました。ショウエイ様の希望のものはすぐに用意できますわ。身体を急激に活性化させるものがございます。その方がいくら深い眠りについていたとしても、強い刺激を与えれば、お目覚めになると思いますわ」
「ほ、ほんとうですか!? ああ、ありがとうございます!!!」
翔英は心からの感謝をスリーラに送った。
もちろん、まだ喜ぶのは尚早だが、ここで一つの大きな可能性に出会ったのだ。
念願の『目覚める』という言葉を受けとった翔英は、激しく心を躍らせた。
「……それで、ケバロー様の方ですが。……その、トラウマを克服するというのは、どのようなトラウマなのか、お聞きしてもよろしいですか?」
「……そうですね。……子供なんですが……『金色』を見ると、激しく動揺してしまうのですよ。……かなり深刻で、一度始まってしまうと、一日中うずくまってしまうんです」
「……『金色』……ですか…………それはかわいそうですわね…………ですが、あくまでこちらにできるのは、トラウマを克服するお手伝いになってしまうので、最終的にはその子自身で乗り越えなくてはなりませんね……ケバロー様には精神安定剤を渡しておきます。それを使えば、衝動を抑えることができると思います。……ですが、ゆっくりと、少しずつでいいので、薬を使わなくても大丈夫になるように、その子を支えてくださいな」
「はい………わかりました。どうもありがとうございます」
カウンセリング終了。
ともあれ、二人とも薬を持って帰ることはできそうだ。
その効果が実を結ぶのかは、まだわからないが。
「それでは、早速お渡ししたいと思いますので、向こうにあるわたくしのお家まで来ていただけますか?」
「ああ、はい、もちろん!!」
翔英はしびれた足で立ち上がると、優雅に歩くスリーラの後ろを着いていく。
ケバローもジュンに待っているように伝えると、のっそのっそと大きな身体を揺らしながら歩き始めた。
「あ……そうでした。お一つ、伝え忘れたことがございました」
道中、スリーラは立ち止まった。
「……伝え忘れたこと? ……なんですか……?」
絶対、値段のことだと身構える翔英。
相場が全く分からないけど、おそらくお高いのだろう。
自分の少ない蓄えで足りるのかと心配になる。
「薬を渡すにあたって、一つだけ条件があるのです」
やっぱりか、と肩を落とす翔英。
だが、その言い方に引っ掛かり疑問を返した。
「……条件? お金じゃないんですか?」
「ええ。お金はいりませんわ。――――あっ、こちらが私の家でございます。少々中でお待ちくださいな。先程のお話の続きはお渡しするときにしますね」
スリーラは行ってしまった。
町のほぼ真ん中、スリーラの家はそこにあった。
二階建ての普通の家だ。
一階が薬売り場だとかそんなことはまったくない。
スリーラが薬を取りに行っている間、翔英とケバローは一階のリビングへと誘導されそこで待たされた。
「………あ、こんにちは」
リビングに入って早々、翔英は小さな声で呟いた。
もちろん独り言ではない。
リビングのソファーに座りながらコーヒーを飲んでいる、若い男に言ったのだ。
その男は黒いスーツをきちっと着用しており、真面目なサラリーマンのような印象を与える。
持っていたコップをテーブルにそっと置くと、その男は挨拶を返した。
「……………はい、こんにちは。どうぞ、座ってください」
「ああはい、どうも……」
見知らぬ男に言われるまま、翔英とケバローは腰を下ろした。
「……誰でしょうね……あの人……」
翔英はケバローの耳元にそっと話しかけた。
あのスリーラの家で当然のようにくつろいでいるこの男、気にならないはずもない。
「さあ………スリーラさんの旦那さんじゃないか?」
「ええ!? ………まじすっか? スリーラさんまだ十代でしょあれ…………まあ、おかしくはない年齢か………いや、兄弟とかじゃないですか………」
翔英は隣の男の顔をじっと見つめて考える。
その男の髪は真っ黒。
スリーラは青髪だ。
「………たしかに、スリーラさんに似合うって言ってもいいくらいの顔を……している」
翔英がその男のことを考えていると、スリーラが慌てて階段を下りる音が聞こえてきた。
「申し訳ありません!!!」
と。




