第七十八話 『希望への出発』
「――――と、その前に上に戻ろうか。いつまでもこんなところにいては気分もよくないだろう? 話は戻りながら聞くよ」
「ああ、はい、そうですね。ありがとうございます」
二人は薄暗い地下室を後にして、表の研究室へと戻っていく。
その際に、本来の目的だったことを聞いた。
ミネカのことは隠しながら。
いずれ必要な時にヒナノたちが話すだろうと。
自分が勝手に話をするのはやめたほうがいいと判断したからだ。
まあ、マーノには伝えてもいいのではないかとも思ったが。
「……『眠っている者の目を覚ます方法』? ……意外な質問だね。理由を聞いてもいいかい?」
「……ああ、そんなのがあったら、嬉しいなって思ったからです……」
嘘はついていない。
「……ほう…………そうだな………やっぱり魔法じゃないのかな? ヒナノ君あたりなら、そんな魔法が使えると思うよ」
「いや……魔法以外で何か……ありませんかね……」
「………魔法以外か……………そうだ、あそこにならあるかもしれない。……ちょっとこっちに来てくれ。ああ、そこ、座っていいよ」
先程の景色とは一変、綺麗な大部屋へと案内された翔英は、言われた通りに側に置かれた椅子に座った。
椅子は机を挟んで二つあり、資料が並べられた本棚の他には、畳まれた布団や買い置きされた簡単な食品などの生活用品が見える。
マーノはここで寝泊まりしているみたいだ。
そんなマーノは本棚を漁り、なにかの資料を持ってきた。
「お待たせ。……これを見てくれ」
反対側に座ったマーノは、資料を翔英に見せた。
それは、ある町を示した地図だった。
「地図ですか。……えっと……メ……デュン………?」
「ほう、読めるのか。そう、『メデュン』だ。このメデュンという町は、この地図が示す通り、中央都市からずっと西にある小さな町……というより村なんだが、ここには不思議な力を持つ人が住んでいるという話だ。彼らは薬を作る技術に長けており、そこでしか買えないような薬を売っているらしい。……もしかしたら、君の欲しがるようなものも売っているかもしれない」
これだ。
こういう情報が欲しかった。
気持ちを前向きにさせてくれるような、どうにかなるかもと思えるような話が。
「あ、ありがとうございますっ!!! ここから西、ですね……!! 助かりましたっ!!! 早速、行って見ようと思います!!!!」
行くあてもなかった旅に、新しい目的地ができた。
まだ喜ぶのは早すぎるが、ほんの少しだけ希望を持てたような気がした。
「……役に立てたのはよかったが、今から行くのかい? メデュンは、馬車を使っても一日ほどかかるところなんだが……」
「い、一日っ!!? そ、そんなにですか!!? ………まあでも、他に行くところもないしな…………」
翔英は腕を組んで考える。
馬車は動かすこともできないし、そもそも持っていない。
誰かに送ってもらおうか。
……でも、あんなに勢いよく飛び出してきて、また本部に戻るのもなんだか気が引ける。
そもそも、そんな都合よく付き合ってくれる人がいるだろうか。
「まあ、こことメデュンの間にもいくつか町はある。そこで休みながら行けば、行けなくはないんじゃないかな」
「……なるほど、そうですよね……!!! ……よし、行って見ます!!! マーノさん、ほんとうにありがとうございましたっ!!!! このお礼はいつか必ず……!!!」
翔英は立ち上がり、深々と頭を下げる。
本当にありがたい。
「うん、いってらっしゃい。……これも持っていきなさい」
マーノは地図を切り取り、翔英に手渡した。
そして、翔英の目を見つめて、出発前の最後のエールを送る。
「……翔英くん。……君の幸運を祈っているよ」
マーノからの温かい言葉に、翔英は特大の返事で応える。
見送る先輩を背に向けて、新たな一歩を踏み出しながら。
目指すは西の果ての町、メデュン。
最大の願いを成就するべく、いよいよ翔英の新たな戦いが始まった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方、ここは聖鳳軍の本部。
翔英の目的地が決まったほぼ同時刻。
ある重要な案件を伝えるため、オー・ラッセがヴァナベールの元に訪れていた。
「――――というわけで、ショウエイくんには、しばらくは自由に動いてもらうことにしたよ。あの状態では、とても修業なんて言える場合じゃなかったんでね」
オーは立ちながら、目の前のヴァナベールに告げた。
翔英のこと、そしてミネカのことを。
「……うむ、ショウエイちゃんはお前に任せていたからのう。わしがとやかくは言わん。………しかし、ミネカちゃんのことはショックじゃのう………あの娘は、わしらを照らす太陽のような子じゃった……」
「僕たちもできるだけ、なんとかできないかやってみようと思っているよ。ショウエイくん一人に背負わせるわけにもいかない」
「……わしもできるだけのことはやろう。……じゃがオーよ、お主も気づいておるじゃろう。……また、王が目覚めようとしておることに。今、我々の最優先事項は、全ての人を守れるよう、戦いの準備をすることじゃ」
「ああ……もちろん、それも分かっているよ」
オーは天井を見上げて一息つくと、そこから話題を転換させる。
もちろん、翔英とミネカのことも重要だが、もう一つ、ヴァナベールに伝えておかなければならないことがあった。
「……それから、ヴァナさん。……大事な話がもう一個あるんだけど………」
オーは後ろ、さらにドアの外まで確認した後、そっと、聞こえる最小限の声を出した。
もっとも彼の響き渡るような重厚な声は、普通の人よりも耳に入りやすいが。
「……僕は理由を考えている。なぜ、丁度あの日のあの時間に、あの魔物たちが現れたのか。そして、なぜ鍛錬場の場所を奴らが知っていたのか、ということのね。……考えたくはないが、可能性を考慮しなくてはならない。……誰かが、魔物に情報を漏らした、ということを」
ヴァナベールの表情は変わらない。
自分もそのことは考えており、話しておきたいと思っていたからだ。
「………彼らが自力であの場所を特定できたという可能性も、考えられなくはない。……でも、今回のことが起こってしまった以上、それを完全に否定することはできない。……否定したいのはやまやまだけどさ」
「……うむ、そうじゃのう。同志を疑うのは、心苦しい」
ヴァナベールのしわがさらに濃くなったようだった。
オーもそうだ。
これから一緒に戦わなければならないものたちを信じ切ることができないなんて、そんなことあってはならない。
「……それでさ、ヴァナさん、僕から一つ提案なんだけど…………昨日、僕たちが鍛錬場に行くことを知っていた者を、しばらく監視した方がいいと思う。……ほんとうに、そんなやつがいるのかは分からないけど、その可能性は潰しておかないと、どっちみち僕たちは負けるよ……」
「……ああ、わしもその方向で話を進めたい……」
候補者を絞ることからはじめて、全員の潔白を証明しようと画策する二人。
そんな二人の話を、ドアの向こうで聞いている者がいたことを彼らは知らなかった。




