第七十九話 『山との再会』
「――――その話は、本当ですか?」
突如聞こえた声に驚き、後ろを振り返るオー。
ヴァナベールも細い目を見開いて驚いている。
「……『誰かが魔物に情報を漏らした』……というのは」
その声の持ち主は、オーとヴァナベールが秘密裏にしていた会話を聞いていた。
屈指の実力者である二人に気取られなかったことから、かなりの達人であることは言うまでもないだろう。
「……アルシル………聞いていたのか。いつからそこにいたんだい?」
オーはその者の名前を呼び、そう問うた。
「……今さっきですよ。オーさんがその話を始めたぐらいですかね」
聖鳳軍、二軍。
アルシル・モアノール。
茶色の髪の毛と黒メガネが印象的な、二十七の男である。
伸ばした前髪は、メガネのフレームにややかかっている。
その口調からは、彼が持つ自信が感じられるようだ。
「………そうか。……仕方ない。アルシル、君もこの話に参加してくれ」
話を聞かれていた以上、このまま帰らせるわけにもいかない。
オーは、既に部屋に入ってきている彼を招き入れた。
十年以上共にしているアルシルだが、彼の潔白もまだ証明できていない。
とはいえ、信頼できる男だという評価は、二人とも同じだ。
「……うむ、お主にも協力してもらおうか、アルシルちゃん」
爺は笑みを浮かべながら、アルシルに命令する。
ヴァナベールの目論見は協力と証明を同時に行うことにあった。
「……どうやら本当のようですね………ショックですよ、実に。……いいでしょう、私も協力しますよ」
答えるアルシル。
彼からは、些少の動揺も感じられない。
「……今日から、少しでも可能性のある者の監視を行うつもりじゃ。その者が白だと証明できるまでの」
「……はい。……では、その任務、この私に任せていただきたい。裏切り者などいないと思いたいですが、もしいるならば、私が必ず捕らえてみせましょう」
彼らの会話を聞いていたアルシルはもとより、監視という任務を自ら行うつもりでいた。
ヴァナベールはその提案をあっさり受け入れる。
それは、彼の特殊な肉体が関係していた。
アルシルの最大の特性。
それは、五感にある。
彼は五感全てが、常人の数倍優れている。
修業で身に着けたものでも、手術で植え付けたものでもない。
それは生まれながらに高く、成長するにつれてさらに強くなっていった。
『突然変異』というやつだ。
先程、ヴァナベールとオーの会話が聞こえていたのもその力によるものだ。
魔法や体術は不得手だが、アルシルはこの力と卓越した頭脳を持って、諜報活動や潜入任務をこなし、聖鳳軍二軍にまで上り詰めた。
ちなみに聖鳳軍には、アルシルのように特殊な力を持った戦士がもう一人いる。
「……ちょっと待ってくれ。アルシル、君は僕たちが鍛錬場に行くこと知ってたかい?」
任務を伝えた二人の間に、オーが言葉を挟んだ。
それを受けたアルシルは、やや語気を強めて言い返す。
「……はい。というか、二軍以上なら知ってると思いますよ。例外は、未だに連絡が取れないレランカくらいでしょう。……まさかオーさん、この私を疑っているんですか?」
少し考えるオー。
だが、嘘をついても意味がないと正直に答える。
「いや…………うん、まあそうだね。白なのが証明できないと、そうせざるを得ない」
「………まあ、あなたの言っていることは間違っていない。ですが、私に言わせれば、あなただって完全に白とはいえませんよ。はっきりいってしまえば、『監視対象』の一人だ」
「……僕は実際に鍛錬場に同行して、魔物とも交戦している。それを見ていた証人だっているさ」
「それだけでは、あなたの潔白は証明できませんよ。疑いを向けられないために、あえて自分が関わることの情報を流したとも考えられる。それに、あなたの意思ではないとしても、敵に操られている可能性だって……」
「二人とも。お主らが言い合ってどうする。信じ合えなくなった組織は崩壊するぞ。今は疑うのではなく、信じるために行動を起こすのじゃ。今回の任務は、お主ら二人に任せることにする。まずはお互いの潔白を証明し合いなさい」
疑いから始めるというわけではなく、あくまでもその可能性を見ているだけだ。
信頼をマイナスにするつもりなど全くない。
そもそもまだ、敵が内部がいると決まったわけでもないのだから。
「……了解しました。…………すいませんでした、オーさん。……今の私の言葉は忘れてください。そんな考えは間違っていました」
「いやこちらこそ、いきなり疑って申し訳ない。少し焦りすぎたよ。アルシルがどれだけ軍のために戦ってきたのかを考えれば、失礼なことだ」
「ほっほっほっほ。そうじゃ、敵を見つけるのではなく、仲間の名誉を守ることがお主らの仕事じゃ。任せたぞい」
こうしてオーとアルシルは、それぞれの任務に取り掛かり始めた。
先の見えない長い戦いに。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして場面は戻り、来生翔英。
「――――疲れたあ………」
周りに何もない自然の中心で彼は呟いた。
クーレにだけ一言挨拶した後出発し、既に三時間ほど歩いていた彼だが、一旦休憩しようと地べたに座り込んでいた。
中央都市から西に三十分ほど歩いたところに都市がある。
だが翔英はまだ休むのは早いと考え、その都市には立ち寄らず、急いでメデュンへと向かっていた。
しかし、その判断が仇となり、今の状況に至る。
丁度ここは、次の町までの距離がかなり長い。
中々休めるようなところが現れず、地べたでの休憩を強いられていた。
結構歩いてきたので、戻るのも面倒だ。
バッグから地図を取り出した翔英は、道を確認しながら体力を回復させる。
次の町に着いたら、一旦寝た方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら。
休むこと数十分。
翔英の耳に何かが近づいてくる音が聞こえてくる。
タイヤが地面をこする音、そして、軽快にリズムよく地面を走る音が。
「(……誰か来る………しかもこれは………!!)」
翔英の抱いた期待通りのものが少しずつ彼の目に映っていく。
馬車だ。
こちらに向かって、馬車が走ってきている。
翔英はすぐに立ち上がった。
そして、大きく手を振り始める。
もしかしたら、次の町まで乗せてもらえるかもしれない。
上手くいけば、大幅に時間を短縮できる。
馬車の運転席に座っている男が見えてきた。
遠目でも分かる、目を引くような大男。
「………あれ? ……あの人、確か………」
手を振るのを確認すると、馬車は翔英の前で止まった。
「なんだい君は? 急いでいるんだが…………あれ、君は………」
対するその男も、翔英の姿を見て、彼のことをゆっくり思い出す。
「……えっと……ケバローさん……!! ケバローさんじゃないすか!!! お久しぶりですね!!!」
「……ああそうだ! ショウエイくん!!! 久しぶりだね!! あの時はカズのことで世話になったね」
「いやあ、こちらこそめちゃくちゃ旨いご馳走でした!!!」
二人はお互いを完全に思い出した。
およそ三か月ぶりだ。
あの日、迷子になっていたカズを通じて二人は出会った。
山のような大男、ケバロー・ホサルトンとの再会は思わぬ形で訪れた。




