第七十七話 『マーノという男』
「――――それで、マーノさんはここで何をしているんでしょう……?」
マーノの研究室にて。
奥の地下へと案内された翔英は、怪しすぎる研究内容を見せられている。
手っ取り早くここを出たい翔英は、マーノに説明を急かした。
「……うん、ここでは『魔能』の研究を重点的に行っている。魔能の解析、発動条件など、捕獲した本物の魔能を使ってね」
「……捕獲……ですか……?」
まるでその辺の小動物のように言ってくれる。
人間ではないとはいえ、意志疎通が可能な者を捕獲。
それはもう倫理的にアウトなんじゃないか。
「……ああ、今僕が研究しているのは、あそこに見える彼だよ。名を、レーマンという。もう、生きてはいないがね。彼の能力は中々珍しいんだ」
「……え、ちょっと待って下さい。もう死んでるんですか……? じゃあ、なんでまだあそこに……」
一応、気になりはするので、マーノに疑問点の説明を求める。
魔物は死んだら肉体を留めないはずだ。
実際、自分の目でも何度かそれを見てきた。
「ああ、申し訳ない。そこを説明するのを忘れていたね。今のレーマンには、僕が製作した特殊な液体をかけていてね。固定液と呼んでいるんだが、その効果で数日の間、肉体を保つことができているんだ」
「……はあ、……固定液……」
「そのことについても、後々説明するよ。……とにかく、僕はこの研究を二十年間続けているんだが、その目的は、魔能を取り出すことにあるんだ」
「……魔能を……取り出す……?」
もはや疑問に思ったところをオウム返しするだけになってしまう翔英。
まあ、こういう知らないことの説明を受けるときは、こうなりがちだが。
「そうだ。取り出すだけじゃないよ。取り出した魔能は、別のことに活用する。……ほら、最初にこの研究は世界のためだと言っただろう? 例えば、このレーマンの魔能は、触れたものを数秒、透明にするというものだった。この能力を使用することができるようになれば、かなりの進歩が見込めると思わないかい?」
「……そうですね、敵の技が使えたりするのって、なんかロマンがあるっていうか……じゃなくて、確かに、すごい便利そうですね……!!」
なるほど。
ようやく、マーノの言っていることが理解できてきた。
しかし、そんなことがほんとうにできるのだろうか。
というか、取り出すってなんなんだろう。
そう思った翔英が口に出す前に、マーノは説明の続きをする。
「うん。実際便利だよ。……まだ軍に報告できないのが残念だけど、この研究はすでに実用段階まできているんだ」
「え……!? ……もう使えるようになってたんですか!? ……凄い……それは本当に凄いですよ!! ……軍だって、認めてくれるんじゃないですか!? 成果も効果も十分なんだし!!!」
さっきまで恐怖で青くなっていた翔英の顔色が元に戻りはじめる。
その光景はあまりいいものではないが、確かに正当な理由があったのだ。
しかし、この研究がこんな日の当たらない場所で密かに行われているのには、やはりそこが大きかった。
「……いや、軍が認めることはないだろうね。成果だけで見ればそう思うかもしれないが、問題はその過程にあるんだ。……翔英くん、君はさっき、『取り出す』という言葉に疑問を持っていたね。……僕は、二十年の研究で見つけたんだ。……これは、知っている人間はほぼいないと思うが……」
急に走り出す緊張感。
耐え切れず、ゴクリと唾を飲み込む翔英。
「……魔物の体内にはね、ある核が存在しているんだ。僕はそれを『魔核』と呼んでいる。安直なネーミングだがね。……その核が、魔物に魔能という力を与えている。そして、その核があるか否かが、人間と魔物の境界線にもなっているんだ」
「……境界線……ですか」
「ああ。――――そして、この核を魔物の体内から取り除いて液体状にすると、その液体が触れたものに魔能が発動されることがあるとわかった。……その取り除き方だが、捕虜にした魔物に固定液を掛けて、そのまま体内を解体していく。気分はよくないが、仕方ないと受け入れているよ」
「……なるほど、それは確かに受け入れられないかもしれませんね……」
生きたままの捕獲。
生きている者の解体。
魔物とはいえ、会話が成り立つ者をだ。
それが認められるはずはないことは、誰もが分かることだった。
「そうして取り出した魔核を液体状にする。あそこにいくつかの容器が並んでいるだろう。あそこに入っている液体がそれだ」
マーノが指差した長机には、十三個のフラスコが立っている。
その中には、カラフルなゼリーのようなものが入っているのが確認できる。
「……説明するよりは実際に見た方が早いだろう。……例えばこれ、つい先日採取した魔核液だ。あそこにいる、レーマンからね」
マーノはスポイトのようなものでほんの少々液体を取り、ポケットから取り出したペンにかけてみせた。
するとそのペンは、翔英の目から姿を消したのだった。
「……す、すごい……!!」
「……他にも、火をつけるものや対象を伸ばすもの、小さくするものなどがある。魔法と魔能を組み合わせれば、この世界に不可能はなくなると思っているよ」
一息つき、水を一口飲むマーノ。
そして、その最終目的について話し始める。
「……現在、僕はこの魔核を使って、ある実験に臨んでいる。これが僕の最大の目的でもある。……それは、人間に魔能を与える実験だ」
「……人間に……!?」
「そう。魔核を取り出し、人間の体内に注入すれば、魔能を使えるようになるのではないか、とね。人間と魔物、相反する二つの力を持つ生命体が生まれれば、それは人類の新たな進歩となる。それが成功し、人類の役に立つと分かれば、必ず世界は認めてくれるだろう」
翔英は目の前の男に、恐怖と尊敬を抱いていた。
その過程はともあれ、人類のためという大義を抱きながら、この活動をしているのだ。
偶然ではあったが、彼について理解を深められたことを嬉しく思った。
何よりこの男は、頼れる味方なのだ。
「……だが、中々上手くいかなくてね。……そもそも、実験台がほとんどいない。……魔能をコントロールできる人間が複数人生まれたら、上にも報告しようと思っているんだがね。……………どうだい、翔英くん。君もこの実験に協力する気は無いかい?」
「えっ!!?」
いきなり来た。
全身が凍り付くような寒気が襲い掛かる。
そのためにここに招かれたのかと。
「ははは、冗談だよ。本気にしたかい? そんなことするわけないじゃないか。……君にその意思があれば、話は別だがね」
やっぱり怖かった。
「――――聴いてくれてありがとう。こんなもので説明は終わりだ」
「あの……マーノさん、面白い話が聞けて楽しかったんですけど、なんで……なんで俺にこの話をしたんですか? 聖鳳軍のみんなも知らないような、こんな話を」
「……そうだね。僕の活動を誰かに紹介したかったっていうのが半分。……もう半分は……君には……いや、君ならば、必ず理解してくれると思ったからさ」
聞きそびれていた質問に答えるマーノ。
その答えからは、何かが胸に刺さるようなものを感じた。
とりあえず、脱線しすぎたマーノの話は終わったので、
「……そうだ、君は僕に聞きたいことがあったんだったね、なんだい?」
「ああはい、それは……」
やっと本題に戻れた。




