第七十六話 『研究室を訪ねて』
「――――と、言っても、どこ行こうか………」
病室から飛び出した翔英だったが、彼はまだ本部の前で立ち止まっていた。
ミネカを助けると自信あり気に言ったものの、当然、先のことなど考えていない。
図書館で情報を集めてみようか。
今日まで語学の勉強も続けてきたため、ある程度は読めるようになっているだろう。
そう思った翔英は、試しにポケットに丸めていた受付で渡された書類を広げてみた。
翔英は首をかしげる。
半分以上は読めるし、大体の意味は分かる。
だが、あんな分厚い本を読むには、まだまだ足りないと実感した。
第一、図書館にそんな有力な情報が載っているのなら、ヒナノたち三人の誰かがもう見つけて共有しているか。
誰かを訪ねてみようか。
これもあまり期待はできない。
魔法専門のヒナノですら知らないとなると、他に知る者はもういないだろう。
……でも、魔法以外の話だったらどうだろうか。
確かに元の原因は魔法の代償によるものだが、眠っている者の目を覚まさせる方法なら、誰かいい案を持っているかもしれない。
どうせ今は行く当てもないのだ。
時間は限られているし、ゆっくりしているわけにはいかない。
とりあえず、博識そうな人の元を訪ねてみることにしよう。
……誰に聞こうか。
ラフェルやリュノンは知っているとは思えない。
だったら、一軍の中から決めようか……
現在、聖鳳軍の一軍は、
ヴァナベール・ソルシード。
ヒナノ・スエリア。
マーノ・ジャッロ。
ルナレジェン・ペサンテ。
ティローナ・カルダートの五名だ。
ヒナノは当然無理だし、ティローナには会ったことすらない。
ルナレジェンはフラフラしててどこにいるのか分からないから探すのが面倒だ。
そうなると、ヴァナベールかマーノか……
十秒後、翔英はマーノの元へ行くことに決めた。
彼ならおそらく研究室にいるだろうし、何より話し掛けやすい。
マーノの研究室の場所は、依然ミネカに教えてもらっている。
ここからは約二十分ほどだ。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
外観は他の家とあまり変わらないが、とにかく真っ白な建物。
マーノの研究室に着いた翔英は、おそるおそる呼び鈴を鳴らした。
「……すいませーん、マーノさんいらっしゃいますか……?」
丁度『いないかもな』と思うほどの時間が過ぎた後。
入り口の扉が開かれた。
「ん…………ああ、君は、翔英くん。珍しいお客さんだね。どうしたんだい?」
黒髪オールバックに今日は眼鏡を掛けている優男が、玄関から登場した。
いつものような白衣は来ておらず、反対に黒装飾を身に着けている。
翔英と会ったのは、あのガロトの一件以来、およそ一か月ぶりだ。
「……えっと、すいません、マーノさんにちょっと聞きたいことがあって、お邪魔しました」
「聞きたいこと? うん、僕に答えられることだったら何でも答えるよ。今は丁度休んでいたところでね。ここで話すのもなんだから、中で聞くよ」
「え? いいんですか?」
「もちろんだよ。君も立派な聖鳳軍の一員だしね」
「あ、ありがとうございますっ!!!」
快く迎え入れてくれたマーノに、感激する翔英。
どうやら、聞く相手は大正解だったようだと。
少しばかり緊張しながら、翔英は研究室の中に入れてもらった。
――――案外普通だ。
外観通り、真っ白な壁に囲まれた部屋。
そこには、きっちり片づけられた難しそうな資料や、色彩別に並べられた薬品が綺麗におかれている。
ただ、部屋の広さとは反対に、そこには誰もいない。
どうやら、ここで研究が行われているみたいだ。
「……あの、マーノさん、マーノさんは普段、どんなことをされてるんでしたっけ?」
歩いている途中、沈黙を破りたかったことと純粋に気になったことから、マーノに話しかける翔英。
本題ではないが、せっかく案内してもらったんだ。
「……ここでは、主に生態研究をしている。特に魔物を重点的にね。魔物には、元々興味があったんだ。彼らは何を考えて、何をするために生きているのか、とかね。それが結果的に彼らの弱点や対応策につながっているから、僕の研究は認められているんだ。……あんまり、印象はよくないからね」
「な、なるほど。凄いですね。……魔物の研究、それだけ聞くと、ちょっと面白そうです」
翔英の言葉を聞いたマーノは、入り口の反対側付近で、急に立ち止まった。
振り返って翔英の顔を見ると、翔英が思いもしないことを提案する。
「……翔英くん。もし、君にも興味があるのなら、紹介したいものがあるんだ。……見ていくかい?」
「……え? はい、なんでしょう? そう言われたら、見てみたいですけど」
早く、あの事を聞きたいのに。
でも、わざわざ招いてもらって拒否するのもなんか失礼な気がする。
見せてもらったらすぐに聞くつもりで、翔英は提案を受け入れた。
「……わかった。見せてあげよう。……ただし、今は絶対に他言はしないでくれ。……『ここから』は、公にされていないものだからね。……ついてきなさい」
そんなことを言われたら、急に怖くなってくる。
ついていっていいのだろうか。
そう思いながらも、引き返すことはできず、翔英はマーノの後を追った。
マーノは何やら、壁に手を当て始めた。
すると、閉じていた壁が開き始め、その奥に下へと続く階段が現れた。
案内されるまま、暗闇へと続く階段を降りていく。
「……!! こ、これは……!?」
地下奥の部屋とやってきた翔英はその光景に驚きの声を隠せない。
端々には細長いカプセル状の容器が並び、その中には、ドロリとしたゼリー状の何かが入っている。
いくつかある長机は、怪しい器具でいっぱいだ。
そして、中央にある、あちこちにケーブルが伸びた巨大なカプセルには、魔物が入っていた。
「――――これが、僕が行っている本当の研究だよ。こうして、地下に装設した隠し部屋で行うことにしている。今見つかってしまえば、この場所は葬られてしまうだろうからね」
見てて気持ちのいいものではない。
というか、これはめちゃめちゃやばいんじゃないか。
よく考えなくても、翔英の頭はそう答えを出した。
「……あの、マーノさん。これ……なんなんですか……? ……ごめんなさい、はっきりいってめちゃくちゃ怖いんですけど」
これじゃあまるで悪の科学者じゃん。
そう言いたくなる気持ちを我慢しながら、慎重に心の中を伝えた。
「うん、何も説明されなければ、そう思うのも当然だろうね。ただ、最初にこれだけは言わせてもらう。僕はこれを、聖鳳軍のため、人類のためにやっているんだ。だからそこは安心してくれ」
マーノはいつものように穏やかな口調で、カリスマ性を漂わせる気品と威厳のある声で話をする。
しかし、翔英の恐怖が落ち着くことはない。
「……いや、安心してって言われても………あのこっち向いてる魔物が安心させてくれないですよ」
中央に閉じ込められている、爬虫類みたいな魔物が気になってしょうがない。
全く動いていないところを見ると、攻撃される危険はないようだが。
「はは、それを含めてもちゃんと説明するよ。さっきも言った通り、これは世界のための研究だ。君ならば、納得してくれると思うよ」
眠っている者の目を覚ます方法を聞きたかっただけなのに、妙なことになってしまった。
ただ、あのマーノがそう言うのだ。理由があるのだろう。
翔英は大人しく、マーノの話を聞くことにした。




