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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第四章
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第七十五話 『新たなる旅路』

 胸が痛むような空気が流れる。

 

 聞き間違いだろうか。

 言葉の意味に認識のズレがあるのだろうか。

 

 真っ白になりかける頭で、ヒナノの言葉を都合のいいように捉えようとする。

 

 そんな翔英を突き放すように、ヒナノは話を続けた。

 

 「――――今は、死んでいるわけではないの。ただ……時が止まっているように、その機能を停止している。目を覚ます方法は……ない。私も初めて見ることだから、対応策を知らないの………ごめんね……」


 ヒナノの話は、翔英の心を追い詰めていく。

 そんな翔英は、必死に頭を回転させ、ヒナノの言葉を否定しようとする。

  

 「………いや……いや、ちょ、ちょっと待ってください……そんなこと………そんなこと、信じられるわけ、ないじゃないですか…………」


 「私も信じたくない。それにこんなこと、君に言いたくなかった。……でも、伝えないわけにはいかないよ。……君には、このことを知っておく義務がある。だから話した。……まだこのことは、ここにいるみんなにしか話してないよ」


 ヒナノの口調は柔らかい。

 まるで、言葉の重みを柔らかくしているように。

 翔英はなんとかしてこの事実を否定しようと、ヒナノの話を思い出して考えている。


 「………でも……でも、おかしいですよ………じゃあなんでそんなことが、文献に書かれているんですか……!? 条件だとか代償まで……!! ……それに………死んでいるわけではないって、じゃあ、過去にこの魔法を使った人は、まだ今でもどこかで眠ってるってことですか………!? ……そんなの……信じられない……」


 そこを突かれると思っていた。

 ヒナノは数秒顔を下げると、やはり穏やかな口調で話し始めた。


 「………ショウエイくん………この世界の歴史は魔法の歴史……きっと、この世界が生まれた時から、魔法の研究は行われていたんだと思う。……だからこれは、幾人もの人が犠牲になって、それを見てきた者たちが私たちに遺したもの」


 遺したのは術者ではない。

 その仲間。

 

 一つ目の質問の答えには、大体納得がいった。

 

 だが、翔英が知りたいのは二つ目の質問の答えだ。

 

 「……だったら……!! なおさらですよ……!! ……何度も試されたっていうのなら、今のミネカと同じようになっている人がいるってことでしょう……!!? その人たちは今、どこにいるんです……!!?」


 「……それは………」


 感情が高ぶる翔英に対して、口ごもってしまうヒナノ。

 ヒナノは答えを知っている。

 

 だが、その答えを話すには、少しの心の準備が必要だった。

 それは互いにとって。


 「………なんですか……? 教えてください、ヒナノさん………」


 「………うん、隠しててもしょうがないから言うね。………回帰魔法を使って、意識を失った人間はすべからく………数月の後に、命を落とすわ。…………これは、結果として残っている事実よ………」


 今度は真っ暗だ。

 

 翔英は目を閉じてしまい、自分の世界の中へと入った。

 

 ヒナノを含めた三人は、心配そうな眼差しを翔英に送っている。

 ヒナノが話を躊躇った理由。

 これ以上は、翔英を追い詰めてしまうと思った。


 ――――翔英の中に、ミネカとの記憶が現れる。

 

 決して多くはなかったが、なによりも色濃い記憶だった。


 ミネカは何をもたらしてくれたのか。

 自分はミネカに何をしてあげられたのか。

 貸してもらったものを返すことができたのか。

 これから先、ミネカにできることはもうなにもないのか。

 

 彼女との記憶はもう、これで終わりなのか。


 いや、『それは違う』。


 そう叫ぶ声が、頭のどこかで響いている。

 よく聞き慣れた声が、倒れようとする背中を押している。

 

 その先の記憶は、自らの手で切り開けと。

 諦めるには、まだ早すぎると。

 諦めたときに初めて、それは終わってしまうと。


 翔英は目を開いた。


 ヒナノ・スエリアが映る。

 ソル・スエリアが映る。


 そして………


 「……ミネカ………」


 眠る彼女の姿。

 その姿は、先程までと異なって映った。


 「諦めない」と、勝手に希望を抱いただけで、今にも話をしそうに見える。

 それは願望ではない。

 叶えるべき、望みだ。

 

 ミネカの笑顔は、自らの手で取り戻さなければならない。

 それが、自らの責任を果たす唯一の方法。


 「…………ヒナノさん………そんな言葉を受け入れるのは、まだ無理だよ………その文献は、この時代で変えてみせる………こんなところでミネカと別れるなんて、俺は嫌だ。………まだ、あの時のお礼すら言えてないんだから」


 「………ショウエイくん………」


 翔英はミネカの寝顔を目に焼き付けると、三人の顔を見渡した。


 「……オーさんもソルも色々助けてくれてありがとう。申し訳ないけど、みんなとの訓練は、一旦お預けにさせてもらうよ。……数月の間に、俺は絶対にミネカの目を覚まさせてやる……!!! だから、また今度、よろしく。その時は、ミネカと一緒に」


 「……ああ、行ってきな、ショウエイくん……上には僕から話しておこう」


 悲し気な声色で、言葉を返すオー。

 ソルもまた、涙目になりながら無言で翔英に頷いている。


 「……ヒナノさんも、ありがとう。多分またお世話になると思うから、その時はよろしく」


 「……ショウエイくん…………うん………!! ……私たちも諦めない……!! みんなで頑張ろう……!!!」


 「はい………!! それじゃあ、また……!!」


 翔英は指を立ててヒナノの言葉に応える、そして扉を勢いよく開いて部屋を後にした。

 

 目標はミネカの時間。

 期限は数月。


 彼のまた、新たな一歩が踏み出された。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 翔英がいなくなった病室。

 

 その中で、ヒナノは涙を流していた。

 長きを共にしていた愛弟子に置かれた非情な現状を、自らの言葉にしなければならないのは、まだ若い彼女には非常に酷だった。


 ヒナノはずっと、奥に溜まっていた涙をこぼさないように気丈に振舞っていた。

 その涙を見せることは、翔英をもっとも追い詰めるとわかっているからだ。


 「……二人とも………立派だよ……」


 「……でも私、ショウエイくんのこと見てたらもしかしたら大丈夫かもって……!! ……またミネカとおしゃべりできるかもって思っちゃったあっ……!! そんな期待……絶対しない方がいいって……私が一番よく分かってるのに………!!!」


 病室に彼女の悲痛な声が響き渡る。

 聞いている者にも悲しみが伝播していくような。


 「………でも、ヒナノちゃん………僕も、もしかしたらって思ってるんだ……あの子を見てたら……少しね………」


 気休めではない。

 オーの本心からの言葉で、ヒナノにそっと告げる。


 真の魔法使いたるもの、希望を抱きすぎてはならない。

 そんな彼女の矜持は、彼を信じ切らせない。


 ヒナノは溢れ出る涙を拭って拭って、横たわるミネカの顔を拝む。

 微かすぎる期待を持って、天を見上げながら。

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