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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第四章
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第七十四話 『停止する世界』

 よく晴れた今日の日。

 翔英は、聖鳳軍本部へと続く道なりを全力で走っていた。

 

 なぜ走っているのか。

 それは、昨日に起きた出来事と、朝届いていた手紙のためだ。


 翔英は昨日、鍛錬場を巡って発生した戦いに巻き込まれるが、なんとか生き延びることができた。

 だがそれは、ミネカ・ベルギアの存在無くては成しえなかった。

 翔英を救うため限界を超えた力を使い、倒れてしまったミネカ。

 そんなミネカの容態を一秒でも早く確認するべく、彼は本部へと走っている。


 そしてもう一つの理由。

 自宅に届けられていた、本部からの手紙。

 

 手紙の内容はこうだ。

 連絡事項があるので、今日から三日の間に本部の受付に来て欲しいと。


 もともと、本部へは行くつもりだったのだ。

 ミネカの見舞いを済ませたら受付に行こうと思っていた。


 しかし、翔英の希望通りの順番にはいかない。

 医療室へお見舞いに行くには、受付に許可をもらわなければならないのだった。


 「仕方がない」「さっさとすませて、ミネカのところへ行こう」


 そう決めると、翔英は受付に声を掛けた。


 「――――おはようございます。ショウエイ・キスギですが……」


 「ああ、ショウエイさん。もういらしてくれたのですね。ええと……ショウエイさんは……こちらですね」


 その名前を聞くと、受付は二枚の書類を出した。

 それを見た翔英は、失礼を承知で質問する。


 「あの……どのくらいかかります?」


 「一分ほどで済みますよ。こちらを受け取っていただければ終わりです」


 少し安心した翔英は、二枚の書類を受け取り、目を通した。

 その内容に、翔英は少なくない衝撃を受ける。


 「……え……!! 『四軍』ですか……!? 俺が………」


 「ええ。昨日のショウエイさんの働き。オーさんが高く評価されていました。あちらに保管されている鍵、ショウエイさんがいなければ、敵の手に渡っていたと。……ひとまず、昇進おめでとうございます。益々のご活躍を期待しておりますね」


 入隊してからおよそ二か月。

 翔英の努力がようやく、目に見える形として評価された。


 そして、ミネカの『隣』へと一歩進めることができた。


 「あ、ありがとうございます……!!」


 「詳しい説明はこの書類に記載されておりますので、ご確認ください」


 「はい……!! それと、あの…………」


 喜びを滲ませるにはまだ早い。

 本部を訪れた一番の目的を忘れてはいけない。

 翔英は許可をもらうと、受け取った書類を丸めてしまい、ミネカの元へ向かった。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 「(……えっと、ミネカの部屋は………一番向こうか………)」


 早く話がしたい。

 昨日のこと。今日のこと。

 また一歩、ミネカの隣に近づけたことを。


 「……ここだ…………」


 部屋の前で立ち止まる翔英。

 閉まっている扉の前で、なぜか緊張が生えてしまう。

 翔英は深呼吸で気持ちを整え、二人を遮る扉を開いた。


 「お、おはようございます………あ、ああ………」


 挨拶の次の言葉が出てこない。

 

 まず、彼の目に映ったのは、ベッドを囲うように座る女性二人。

 扉の側には、背丈のある中年男性が一人立っている。


 そして、ベッドの上には昨日と変わらない、横たわる少女の姿があった。


 「ショウエイくん……」


 翔英の名を呼んだのは、隣に立っている髭を蓄えた男性だ。

 オー・ラッセ。


 昨日までしばらく行動を共にしていた彼が、神妙な顔持ちで翔英を見ている。


 「……おはようございます、オーさん。……約束通り、来ました。ヒナノさんとソルも来てくれたんですね………………」


 ベッドの側に座る、茶髪と碧眼がお揃いの二人。

 ヒナノとソルのスエリア姉妹にも、翔英は声を掛ける。


 「……おはようございます……ショウエイさん………」


 いつもよりもさらにか細い声で、年上の後輩に挨拶をする妹。

 姉も後ろを振り返り、入って来た男に目をやった。


 「……来たわね、ショウエイくん………」


 二人を同時に目に入れたことで、髪型や背丈は違えど、顔立ちはよく似ていることを改めて感じる翔英。

 そんな翔英が口を開く前に、ヒナノの方から口を切った。


 「……昨日は大変だったわね、ショウエイくん。話は聞いたわ。すごく頑張ってたって。………それで、ショウエイくん、悪いんだけど、君に少し聞かせて欲しいことあるの。………昨日、ミネカが君に何をしたのか、君に何が起こったのか。分かる範囲でいい………君の言葉で、教えて」


 「……はい……分かりました……」


 翔英はミネカの寝顔を見ると、彼女と共にした記憶を辿る。

 そして、できるだけ体験をそのままの言葉で説明を始めた。


 「……昨日……俺とミネカは、二体の魔物と戦闘になりました。……あいつら、かなり手強くて、俺もミネカもやられてしまった。あいつらの狙いは鍵だったから……鍵を渡して、ミネカだけでも助けてもらおうと、交渉を持ちかけました………すいません……」


 「いや、人としては、君の判断は間違っちゃいないさ」


 オーのフォローに会釈をすると、翔英は話を続ける。


 「………でも、その交渉はダメだと気づいた。………壊れていたんです……鍵が、ボコボコに………でも、そん時の俺は、大分頭が参っていた………もしかしたら、ミネカだけは見逃してもらえると、もう俺にできることはこれしかないんだと思い……その鍵の欠片を奴らに渡しました……」


 三人とも、初めて聞く事実に驚きを隠せない。

 翔英の頭が参っていたことではない。

 

 『鍵が壊れていたこと』にだ。


 「……俺の考えは甘すぎた。鍵が壊れているのを確認した瞬間……敵の一人が俺に攻撃を………その攻撃で、俺は意識を失ってしまった。………そして、次に目が覚めた時には、俺の体力は完全に戻っていて、ミネカは気を失っていた。鍵も……直っていた。……ミネカが何をしたのかは……俺にも分かりませんでした……」


 翔英の話はこれでおしまい。

 話を聞いていた三人は、黙ったままだ。


 特にヒナノは、深刻な問題について考えているような、難しい顔をしている。


 「あ……えっとあと、敵の魔物が妙なことを言ってました。俺は、『死んでいた』と」


 沈黙に耐え切れず、思い出したように補足をする翔英。

 それを聞いたヒナノはやっと、翔英に目を向けた。


 「あ……あの、ヒナノさん………それで、ミネカはいつ頃目を覚ますんですか……? 命に別状はないんですよね、俺、ミネカに伝えたいことが、たくさんあるんです……」


 「………ショウエイくん………落ち着いて聞いてね………」


 「……え……はい………」


 ヒナノは翔英の目をじっと見つめながら話し始めた。


 「さっきの君の説明で、ほとんど確信してしまった………おそらく、ミネカが使用したのは、『回帰魔法』。聖鳳軍が成立した時代よりずっと前に誕生したという幻の魔法の一つ。文献にそう残っているの」


 ヒナノですら使用することのできない魔法。

 今、使うことのできる者はいないとされていた力だ。


 「……必要なのは、自身に宿る全ての魔力と激しい感情の高ぶり、そして、ある一つのものへの強い思い。選ばれた者がこれらを満たした時、その魔法は発動される……でも、その魔法には大きな代償があるの……」


 翔英はじっとヒナノの話を聞いている。

 ソルとオーは、うつむいたような視線を崩さない。

 ヒナノは、できるだけ落ち着いた口調で続けた。


 「………それは……術者は二度と目を覚まさない………」


 「……………………は………?」


 翔英の世界は、真っ白に崩れ去った。

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