第七十三話 『加速する敵愾心』
「――――そうだ。先にじいに会っておきたいな。ねえファンドル、じいのところ寄れる?」
「……いいですよ。でも、先に魔王様への報告を済ませましょう。……あなたとジジイの話は長くなる」
「……そうだね。分かった。ありがとう」
医療室からの移動中、マイヤールに会う約束をする二人。
そんな二人が出た先は、『魔王の間』の入口付近。
「――――あれ? お父さんのところに出ないの?」
「……言ってませんでしたっけ。魔王様がおられるところへはワープできないんですよ。……魔王様は、今まさに力を蓄えてらっしゃる真っ最中。私の魔能など、かき消されてしまいますから」
「ああ、そういえばそうだったね。じゃあ、ここから行くしかないのか」
入り口の扉を開いた二人の目に、巨大な怪物の姿が飛び込んでくる。
その怪物はロジェの姿を確認すると、慌てた様子で近づいてきた。
「あっ!!! わ、若!! 無事だったのか!!?」
叫んでいるうちにごつい声が少年の声へと変化していく。
と、同時に怪物の姿も人間の子供のような姿へと変貌した。
「……久しぶり。元気そうだね、ラスドラーゴ。ここに戻って来てたのか。今日は他所に用があるって聞いてたけど」
現れた少年の魔物・ラスドラーゴ。
彼はロジェの問いにこう答える。
「ああそうだ。若の命が危ないと聞いて、急いでこちらに戻っていたのだ……まあ、大丈夫そうで、なによりだが」
「……まあ、僕は大丈夫だけど、多くの部下が犠牲になってしまったよ。ジックルを含めたレウラ軍に………デゼスポも。彼らに生かされ、僕は今ここにいるんだ」
今日の戦いを思い出し、目を下にしてうつむきながら、少年の魔物にロジェは答える。
「……そうだったのか。まあ、大した問題ではないな。若が帰ってこれた。奴らの命など何人束ねても、我々の命と釣り合うはずもない。むしろ彼らは喜ぶべきだな、若を守って死ねたのだから」
ラスドラーゴは一瞬だけ驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いて冷徹に言い放った。
そう言われるだろうと思っていたロジェもその表情は変えない。
ラスドラーゴはさらに、ロジェの後ろで仏頂面で突っ立っているファンドルに声をかける。
「……そうかファンドル、お前が助けに行ったのか。……お前はすっかり救急隊員だな。これからは外に出るときは、お前に行き先を伝えた方がいいかもしれん」
「……今のトップ二人が、そう簡単に死にかけるのは困りますね。……あなた方がいなくなったら、軍は崩壊しますよ。……彼らが戻ってきたとしても」
「そうだな。……強さだけでは人はついてこない。たとえ本心でなくても、部下に慕われるように振舞わねばならん。……あいつらには、それすらできまい…………なんといってもあいつらは………」
後ろに目をやりながら話すラスドラーゴ。
そんな話を続けようとするラスドラーゴを遮ったのはファンドルだ。
「――――すいませんがラスドラーゴさん。俺たちこの先に用があるので、続きはまた今度聞きますよ」
「……ああ、そうだな。そのためにここに来たのだろう。行ってくるがいい」
「うん、じゃあね」
ロジェとファンドルは、魔王の間のさらに向こうへと歩き始めた。
行きつく先は、なにもない壁。
なにもない壁にロジェは両手をつけ、そっと押してみる。
すると、現在の魔凰軍には、その存在を知っているのは四名しかいない『隠し扉』が開き、ロジェとファンドルはその先へと姿を消したのだった。
「………そうだ、一応軍全体に伝えておかねばならんな。デゼスポとジックル、それに、レウラ軍が全滅したことを。……五将悪の副官が二人も墜ちたか。いよいよ戦いが始まろうとしているということか……」
奥へと進んでいく二人の背中を見ながら、ラスドラーゴは考えにふける。
彼が魔凰軍を復活させて以来、新たに加入して増えることはあれど、聖鳳軍に倒される形で、上位陣の顔ぶれが変化したことはない。
それは五将悪の五人はもちろん、それぞれの副官もそうだった。
だが、ガロト・クラーニクやオー・ラッセらにより、その均衡も崩れ始めた。
自身やロジェの負傷を考えても、指の一つが欠ける可能性が出てきた。
魔凰軍司令、ラスドラーゴはその可能性を危惧していた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その数日後。
魔凰軍の東拠点に、ロジェが訪れていた。
その目的は、ある一人の魔物。
「……久しぶり、レウラ。ちょっと話がしたくてね。ここに寄らせてもらったよ」
自分の部屋から外の景色を見ているレウラに後ろから声を掛けるロジェ。
二人が会うのは三か月ぶりだ。
「ふん……なんじゃロジェ。ひとりぼっちになったわらわを笑いに来たのか?」
レウラはいつものような調子で、うっすらと笑みを浮かべながら答える。
「いや、その逆だよ。君の部下が全滅したのは、僕の責任でもある。それを謝りに来たんだ。……申し訳ない」
と、ロジェは頭を軽く下げながら、同胞に謝罪の言葉を告げた。
だが、
「…………気に入らんな。どうせあれじゃろ? いつもみたいに甘いことを言っておったんじゃろ? お前のその愚かな考え方が、招いた結果ではないのか? ……それに、わらわのためならまだしも、なぜわらわの私兵団が、お前の甘さのために消えねばならんのじゃ」
レウラは冷たい目で、冷たい口調で言葉を投げかけた。
だが、ロジェの耳には、彼女の主張は極めて正当なものとして入って来た。
「君の言う通りだ。返す言葉も見つからない。……僕は、前の経験で初めて知ったんだ。自分のために誰かがいなくなることが、どれほど重いことなのかを。……だから、僕は決めたよ。そんなことはもう起こさせないために、初めから全力で戦うと」
「………そうか、それは結構なことじゃな。まあ、そんなことでわらわの気分はよくならんが」
「……ああ、そのことだが、ラスドラーゴに話して、君の新しい副官及び兵士を、本部または他の軍からスカウトしていいことになった。何なら僕の軍から誰かいる?」
「……いや、結構じゃ。貴様らなどに借りをつくるくらいなら、一人の方がいい。本部の連中だって……話したことないやつばかりじゃ。わらわの下に置くのは、少し気が引ける」
「………わかった」
基本的に彼らに他軍との交流はない。
その誕生経緯から、自軍への思いが強いレウラは特にだ。
「……そうじゃロジェ。貴様が戦った聖鳳軍、どんな奴じゃ? 名前は知らんのか?」
「……一人だけ知ってる。『ショウエイ・キスギ』。黒髪の若い子で、変な剣を使う面白い子だった」
「な……!!」
「……そういえば、ジックルが君が「ショウエイを探してた」とか言ってた気がするけど、あれ、何だったんだろ?」
「……そうか。……分かった、もう帰っていいぞロジェ」
レウラは一点を見つめている。
ロジェには全く目をくれない。
何か他の人に意識をやっているかのようだ。
「うん。わかった。………そうだ、ラスドラーゴから伝言。命を大事にしろ、無理はするなって。……それじゃあ、僕は行くよ。……またね」
今回は自分の足でここまで来たロジェ。
レウラに挨拶すると、目が疲れるような色合いの部屋を後にし、走って自分の中央本部へと戻っていった。
誰もいなくなった一人には広すぎる部屋で、レウラはまた外の景色を見つめ始める。
ロジェには言わなかった、軍を作るのは拒否した最大の理由を吐露しながら。
「………ジックルめ、わらわに別れも告げず、わらわを一人にしおって…………」
自身の副官など、ジックル以外には務まらない。
自身の部下は、あいつら以外は認められない。
「………そして、『奴』か。……貴様らの無念は、必ずわらわが晴らしてやろう。わらわが必ずな………」
個人の恨みは、一つの集団のものへ。
あの男への敵愾心を滲ませながら、レウラは自部屋を後にした。




