第七十二話 『魔の目覚め』
翔英たちが鍛錬場から帰ったほぼ同時刻。
――――ある男が目を覚ました。
「――――お目覚めですか、若」
「…………ああ、ありがとう。大分よくなったよ」
ここは、ある地下に存在している、魔凰軍の総本山。
その中の、治療室。
意識を取り戻したその男は、すぐ近くの椅子に座る、黒髪の男へと礼を告げた。
黒髪の彼はなにやら小説を読みながら、その男が目を覚ますのをずっと待っていたようだった。
「礼ならマイヤールに言ってください。私は、自分の仕事をしただけですので」
「いや、君がいなかったら、僕はあそこで死んでいた。君にも礼を言わせてくれ、ファンドル」
「…………はい」
黒髪の男は、本を閉じると立ち上がり、感謝を告げる男から目をそらしながら呟いた。
そう、この二人は魔凰軍のロジェとファンドルだ。
二人が再会したのは、今から数時間前のこと。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
この時ロジェは、翔英の命を掛けた特攻と、ラフェルとソルが放つ合体魔法により、命の危機に際していた。
最後にラフェルが放った魔法は計二発。
レウラ軍も全滅しており、誰しもが諦めるような状況だ。
ロジェもまた、例外ではなかった。
聖鳳軍と魔凰軍の戦い、その終着点が見られないことを悔しがりながら、ロジェは自らの運命を受け入れた。
だが、そこに立ちはだかったのは、ロジェの忠臣・デゼスポだった。
彼もまた瀕死の重傷であったが、意識より前に身体が動き、ロジェに放たれた合体魔法を自らの肉体で受け止めた。
この時点で、デゼスポは完全に命が尽きており、本来ならばすぐさま肉体が滅んでいき、彼がいた痕跡は消え去るはずだった。
しかし――――彼の肉体は、死して尚その場に立ち上がり続けた。
すぐさま二発目がやってくる。
この一撃を持って、ロジェたちは全滅となるはずだったが、立ち上がり続けた大男にぶつかり、ロジェがそれを貰うことはなかった。
そして、それを喰らって尚、デゼスポの身体はこの世に留まり続けた。
まるで、『主を逃がすまでは決して散らん』と叫んでいるようだった。
その光景を目の当たりにしたロジェは、あまりの衝撃から声を上げることすらできなかった。
声の代わりに彼から出たのは、肉眼では確認できないほどの小さな涙だった。
涙の理由。
デゼスポの後ろ姿、それが一番だったことは言うまでもない。
だが、ロジェの中には、後悔と自責の念がこみあげてきていた。
『なぜ自分は、部下よりも先に、誰よりも先に諦めたのだろうか』と。
そんな思いによる、悔し涙でもあった。
――――彼はここで決意した。
死んでいった部下たちのためにも、地を這ってでも、最後まで戦い続けると。
未だ立ち尽くすデゼスポを背に、彼は再び進み始めた。
「……っ!! ……こ……れは……!!?」
そんな時、彼の眼前の大気から、紫の渦が巻き起こった。
「………いた。……ホントに死にかけてるじゃないですか………」
「……あっ……!! ファ……ファンドル……!! なんでここに……!!?」
「……いや、説明してる暇なさそうじゃないですか。……向こう帰ってから、ゆっくり教えますよ」
突如現れたファンドル。
彼は倒れ込むロジェを抱えると、再び入り口に戻ろうとする。
「……ま……待て……!! ファンドル……!!! あそこにデゼスポがいる……!! あいつも……!!」
「……らしくないじゃないですか。……あいつ、どう見ても死んでますよ。なんでまだ立ってんのか知りませんが、もう助かりませんよ。……さあ、行きましょう。あなたさえ生きてればいいんですから」
ロジェは無言のままかすかに頷いた。
そして、誰にも見られることなく、ロジェはこの地から姿を消した。
向かった先は、魔凰軍の総本部。
ロジェを抱えながら、ファンドルは辺りを歩いている。
「……おいお前。マイヤールのやつを見なかったか?」
ワープを出てすぐ側に突っ立っていた警護の一般兵に声を掛けるファンドル。
「あ、はいっ!! マイヤール様なら、第四室におられると思いますが…………えっ!! その方はまさか……!!!」
「第四室だな」
抱えている男について問われる前に、ファンドルはまたゲートをくぐり抜けた。
ファンドルの能力は、自身が記憶している場所ならすぐに行くことができる。
行き先はもちろん、目当ての人物がいるという第四室だ。
番号が振られている部屋は大体、教室程度の広さである。
ファンドルが出たところは、部屋の入口付近。
一番向こうの壁際に、なにやら実験のようなことをしている男が立っている。
スキンヘッドとボロボロの衣装、曲がった腰が印象的だ。
「いた……おい、マイヤール」
ファンドルはその男の名を呼んだ。
その男は、振り向くことなく壁に向かったまま話し始めた。
「……なんじゃファンドル。わしは今忙しいんじゃ。後にしてくれんか」
しゃがれ声での返答がされる。
ファンドルは若干の苛立ちを覚えながら、まくしたてるように声を上げた。
「バカかジジイ。よく見てみろ。そんなくだらねえことやってる場合じゃねえから」
「なんじゃと貴様……!! わしのこれのどこがくだらんと…………ロ、ロジェ……!! ロジェ、どうしたんじゃ!!!」
振り返ったマイヤールは、負傷しているロジェを確認すると、大慌てでファンドルの元に走ってきた。
ジジイと言われるように、その顔はよぼよぼのおじいさん。
若く見積もっても人間年齢で八十過ぎという感じだ。
「聖鳳軍にやられたんだと。だからお前のもとに連れてきた」
「聖鳳軍に……!? ……ロジェを倒せるものなど、一軍にもいるかどうか……!! わしがその気配に気づかないほど、こんなに弱っているとは……」
マイヤールにロジェが引き渡される。
いつの間にか、ロジェの意識は飛んでいたようだ。
「おいファンドル!! 早くわしらを治療室に連れて行ってくれ!!!」
「分かっている」
ロジェ本体の能力は、自らの意思でゲートに入れば、移動人数に制限はない。
三人は、急いで医療室へと向かった。
数分後。
「――――これで、ひとまず大丈夫じゃろう。時期に目を覚ます。コレールからの薬が丁度届いててよかったわい。危ないところじゃったな……それにしても、ロジェは誰と戦ったんじゃ……? この子がこんなになるなんて」
ロジェの治療を終えたマイヤールは、隣に立っているファンドルに問うた。
今、治療室には、ベッドに横たわるロジェとそれを見守るファンドル、マイヤールのみだ。
「俺も知らん。敵の姿はみてないからな。俺が来たころには、若は死にかけだった」
「……そうか……わしは、ロジェが目を覚ますまでここに残る。ファンドルは先に戻っとれ、魔王様にも報告しなきゃならんじゃろ」
「それは面倒だ。どっちにしろ、魔王様への報告には若が目を覚ましてから一緒に行くからな。そもそも俺は、魔王様の命で若を助けにいったんだ。帰っていいのはお前の方だ」
「なるほどのう。魔王様なら息子の危機が直感的に分かるというわけか。……あいわかった。ロジェはお前が見とれ。わしは戻る。…………早く送ってくれんかの? 老体にはきつい広さじゃて」
ファンドルは無言のままゲートを開き、マイヤールを第四室へと送り届けた。
ついでに自室にある本を取りに行き、すぐに医療室に戻る。
その数十分後、ロジェは目を覚ましたのだった。
「――――動けますか? 動けるなら、早速で悪いんですが、魔王様の元に行きましょう」
「……ああ、そうだな、行こう。話は山ほどある」
二人は医療室から姿を消した。
そして、王の元へ。




