第六十八話 『命を懸けて』
「…………ジックル………すまない…………」
古き付き合いの仲間の最期を見届けたロジェ。
歯を食いしばり、自身の無力さを嘆きながら呟いた。
「……君たち、手当てをありがとう…………君たちは奴らに抵抗せず、この場から離れるといい…………」
動揺するレウラ軍の面々に、撤退を告げるロジェ。
二十名の兵士たちは頷き、ジックルの庭からの脱出に入る。
今のロジェの状態では、一般兵の方がまだ早いだろう。
だが彼らは、二名ずつロジェとデゼスポに肩を貸して、他の十六名も後ろに警戒しながら撤退を始めた。
「――――あっ!! あいつら逃げてくよ!!」
その後ろ姿を見たラフェルは、指差しながら声を上げる。
オーは、放っておこうと思っていたが、大事そうに兵士に支えられている二人の魔物を見ると、ラフェルとソルに質問をする。
「――――あの二人のことは何か聞いているかい? えらく負傷しているようだけど」
「ああ、ショウエイが言ってたやつらだ。あいつらと戦って、ショウエイもミネカさんもひどい目にあったって。二人とも、さっきオーさんが倒したあいつくらいの奴だって言ってたよ」
ラフェルの言葉を聞いたオーは、表情を一変させた。
自身が死に掛けで勝利した魔物。
それに並ぶ二人。
さらに、大切な部下を傷つけられたとは。
「――――そうか……それは逃がすわけにはいかないねえ………よいしょっと……」
オーは立ち上がると、再び刀を両手に構えた。
そして、撤退していく者達に狙いを定める。
「ちょっと待ってオーさん。俺が行くよ。みんなと違って、まだ何もしてないし。俺だって、少しは活躍したいもん」
そう言うと、ラフェルはオーの返事を待たず、突風のように飛び出していった。
ラフェルにとっては短距離も短距離。
すぐに兵士たちに追いついた。
「なっ……貴様……!! くそっ、喰らえ!!!」
最後尾を務めていた魔物はラフェルの接近に気づくと、すぐに拳を繰り出した。
しかし、そんな攻撃が当たるはずもなく、逆に重い一撃を貰ってしまう。
「どいてよ。俺のターゲットはそこの二人だから」
全員がラフェルを意識してすぐに、レウラ軍は二つに分かれる。
ロジェとデゼスポを逃がす組と。
ラフェルを足止めして時間を稼ぐ組に。
「そうはさせんっ!! 我らの命に代えても、あの二人はやらせんぞ!!! お前たちは急いでいけ!!! ここは俺たちが!!!!」
ロジェとデゼスポを支える四人を除いた十六人がラフェルの前に立ちはだかった。
その全員が同じ意思、同じ覚悟を持っている。
「………なぜ、他所の軍のものに、そこまで……」
逃げるロジェは、彼らの行動の理由について尋ねた。
他の魔物、あるいは軍のメンバーは、多少の仲間意識はあれど、他者のためにここまで行動を起こすことはない。
「……ジックル様はいつもおっしゃられていました。我々の命は魔凰軍の物だと。あの方がこの場におられたとしても、こう命じられたでしょう。命を懸けて、あなたたちを守れと。死ぬのは怖くないとは言えませんが、我々レウラ軍の一般兵は常に、その覚悟を持っているのです」
「…………正直、君たちだけ、他に比べて浮き過ぎている…………気持ち悪いほどにね………だけど、この言葉を言っておかなくちゃいけない。…………ありがとう。……ここから、この一本道をずっと行ったところに、ジャーザンスという男の別荘がある……そこまで行ければ一応安心だ……」
「分かりました!!」
ロジェとデゼスポは、殿との距離を少しずつ伸ばしていく。
残った兵士たちの方は、次々とラフェルにふっとばされている。
力の差は一目瞭然だ。
だが、数で何とか耐えており、ラフェルとロジェたちの距離は段々と伸びていっている。
「………私も行ってきます。……ラフェルくんの応援に……」
「ああ、ありがとうソルちゃん。うん、行ってあげなさい。僕もすぐに行くよ」
オーの回復を終えたソルは、兵士たちに抑えられるラフェルの元へ向かった。
オーも腰を上げて救援に行こうとするが、後ろから声を掛けられ立ち止まった。
「オーさんっ……!!」
「おお、ショウエイくん。待たせたね、あの二人を討伐すれば、僕たちの任務は完了だ」
『まだ終わらない』戦いを見てオーの側に来た翔英。
ミネカを置いてきてしまったが、今、彼に聞いておきたいことがあった。
「……まだ、戦う必要があるんですか……!? あいつらにもう、戦闘の意思はないわけだし……わざわざ追いかけて、攻撃しなくても……!!」
翔英は勇気を出して、失礼を承知で問うた。
翔英にはもう、戦う理由を持てなかった。
納得したかったのだ。
自分よりも何倍も戦いの経験をしてきた者の言葉で。
「……ショウエイくん。君が一番分かってるんじゃないかな。あの二人の危険さを」
「……はい………確かに、強かった…………けど………そこまでする必要は…………」
オーの強い視線に目をそらし口ごもる翔英。
そんな翔英にオーは、極めて穏やかな口調で告げた。
「……ショウエイくん、今逃がした彼らが、いずれ僕たちの仲間や市民を殺したらどうする? 殺された人の家族や恋人になにをしてあげられる? ……ないんだよ、できることなんて。だから僕たちはそうならないために今できることをやらなければならない。……それが、僕たち聖鳳軍のあるべき姿だ」
正しい主張だと思った。
納得するに十分な言葉だった。
だがそれは、レギュラーの場合の話。
今狙われているのはイレギュラーだった。
今もし逃げているのがレウラだとしたら、強く納得できる。
デゼスポでもそうだ。
あいつは倒した方がいい。
だがロジェは――――
戦いの中で見せたロジェの表情と言葉がいつまでも翔英に引っ掛かっていた。




