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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第十章
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第三百三十三話 『虫けら』

 ミネカに宿る苦い記憶。

 思い出したくもない自身の姿。

 それをじっと見つめ直すことで、彼女の頭に重要な記憶が蘇る。


 映っているのは、奴が動かしていた身体の景色。

 この部屋に置いてある引き出しの中に、虫を確認している姿が見える。


 先程の情けない命乞いの際。

 その引き出しは、倒れていた。


 「……虫ィ……!!? 虫って……!! どんな虫……!? ミネカ……!!」


 ミネカの報告を受けた翔英。

 焦りと驚きを全面に出しながら、辺りをキョロキョロと見回す。


 「小さな虫ですわ……!! それから黒い……!! 間違いありません……!!」


 部屋も床も暗め。

 この中から小さな虫を探すのはかなり心が折れそうだ。


 「……虫……か……。まさか……そんなものにまで入れるなんて……。でも……納得がいく……」


 ジャーザンスの生への執着を知っているからこそ。

 人間や魔物以外の肉体に入れることにも違和感がないロジェ。

 彼も痺れる身体を動かし、動く物を探し始める。


 「小さな虫……!? ……どこだ……どこだよ……!!」


 翔英も虫取りに行く。

 しかし、普通よりもちょっと視力が低い翔英の目では中々探すのは難しい。


 でも、絶対にここで終わらせたい。

 ここまで追い詰めてまた逃げられるなんて、そんなのは嫌だ。


 「私にお任せください、ショウエイさん……!! そこでお待ちください……!!」


 「……!! ミネカ……!!」


 ミネカが動く。

 逃亡される前に仕留めたいのはミネカも同じこと。


 ミネカにストップを掛けられた翔英は一瞬戸惑うも、素直に彼女に従う。

 ミネカを信じたい。


 「……任せてって……。……いや……今は彼女に懸けるべきか……」


 ロジェも止まる。

 翔英が信じるミネカを信じる。

 

 そのミネカは、少々身体に負担を掛け、虫を捕まえる包囲網を作り出していく。


 「(ううっ……。……いいえ。ここが正念場ですわ……。先のことは後回し。今は……!!)」


 ミネカが得意とする、光の盾の激薄バージョン。

 それを自分を中心としながらどんどん広げていく。


 攻撃に使うことはできない。

 あくまで、誰かを護るための力だが、やり方によっては動きを感知することもできる。

 盾から、生物が動く感触を捉えることが可能だ。


 ただし、攻撃から護るのが専門。

 部屋を包む程に広げることはかなり疲労が大きい。

 更に、指一つ動かすことも許されない集中力が必要になる。

 標的が小さな虫とならば尚更だ。


 だが、今はこれしかない。

 顔をこわばらせ、瞳を閉じ、ひたすらに盾を大きくしていく。


 「(……ミネカ……頑張れ……!! 頑張れミネカ……!!!)」


 そんなミネカの様子をじっと見ている翔英。

 

 無駄な動きは出来ない。

 今はただ、彼女を声を出さずに応援することしかできない。


 「(……あれで探せるのか……。今は、彼女に任せた方が良さそうだね)」


 初めて会った時から、ミネカに強い興味を抱いていたロジェ。

 彼女の底知れない力を知っていることもあり、不安を感じずに彼女を信じることができる。


 二人の目の前にまで盾が迫ってきた。

 だが二人とも、動こうとはしない。


 ミネカの言葉を疑ってはいけない。


 「……!! おお……!!」


 すると迫る盾は二人をすり抜けていった。

 

 ミネカのコントロールが光っている。

 

 力無き盾。

 盾と呼ぶにはあまりにも脆いが、その分、人を無視することもできている。


 だが逆に、移動を遮ることはできず、力が加われば簡単に壊されてしまう。


 「(……どこ……? ……まさか、もうこの部屋からいな…………いいえ……!!)」


 何かが微かに動いている感覚がミネカに伝わった。

 場所は入り口付近だ。


 「ショウエイさん!! こちらですわ!!!」


 「……!! 分かった……!!」


 ミネカの案内の元。

 動きを再開する翔英。


 盾を伸ばし続けた疲労により、ミネカはヘタッと座り込む。

 だが、役目は十二分に果たしてくれた。


 「ありがとう……!! ミネカ……!!!」


 「……ええ……!!」


 言われた場所に着いた翔英。

 そこでは、蝉程度の大きさの真っ黒い虫が走っていた。


 「……見つけたぞ……。ジャーザンス……」


 巨人の様に、逃げ惑う害虫を見下ろす翔英。

 虫は、心無しか怯えているように見える。


 「終わりだ……。今度こそ……」


 翔英は、虫を潰すかの様に、足を踏み上げた。

 虫は虫らしく、強大な力から身を遠ざけようとする。


 だが、彼は虫の身体を奪っているだけだ。

 本物の虫の様に、上手に逃げることはできない。


 ――――ブチッ。


 虫は、あっけなく潰された。


 「…………はっ……!!!」


 続いてロジェが動く。

 

 小さな虫を一掃する程の圧を、部屋中に放った。

 潰れた虫の死骸も消えた。

 もし同じ様な虫がいても、今のでぐちゃぐちゃにされただろう。


 完全に、ジャーザンスの逃げ道は絶たれた。


 と同時に、世界に苦しみを与え続けた男が今、消滅した。

 

 「……これで……やっと……」


 敵の消滅を確認した翔英。

 一気に力が抜けた様に膝を着く。


 戦い続けてきた、ジャーザンスとの因縁。

 その終着に、心からの安堵を滲ませながら。


 「……終わったね……ショウエイ……。それに……ミネカも……」


 少し離れた所で翔英を見つめるロジェ。

 力になると決めた彼を支えることができ、彼に絶対に必要な人を取り戻すことができた。

 漸く、マイナスをゼロにすることができた。


 これで、翔英をちゃんと見ることが許される。


 『――――ありがとうございました。ロジェ様……ショウエイ様。……そして、ミネカ様……』


 「……? なんだ…………」


 ロジェの頭に、声が聞こえた様な気がした。

 誰かの感謝が聞こえた様な。 


 「……そうか……。此方こそありがとう……スリーラ……。君のおかげで……」


 瞳を閉じ、今は亡き友人に思いを馳せるロジェ。

 彼女が場所を教え、こっちに送ってくれたから成し得た結果だ。


 「僕はこれから……君の分もまで、頑張ってみせるよ。……ショウエイと……一緒にね…………」


 ロジェも倒れた。

 

 有害な空間から出てきたばかり。

 王の血統で何とか一時的に動くことができたが、本来なら立っているのもきつい状態だ。


 「ショウエイさん。やりましたね」


 「ミネカ……。ああ……やったね」


 ミネカは、翔英の元へ。

 膝を着く彼に手を差し伸べる。


 立ち上がった翔英は、ミネカの顔をじっと見つめる。


 すると、顔を覆いつくす程の涙が溢れ出てきた。

 それは、ミネカも同じだ。


 「ミネカあ!!! 本当に……本当に良かった……!!! ありがとう……!! 帰ってきてくれて……!!」


 「はい……!! 私ももう一度、あなたに会えて……あなたと話せて、幸せです……!!!」


 二人は抱き合った。

 これまで奪われていた時間を、取り戻す様に。

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