第三百三十話 『おはよう』
「…………しまった……」
翔英対ジャーザンスの後方。
ジャーザンスの狙い通り、ロジェは異能な空気に飲み込まれていた。
「……ジャーザンスのことを……分かった気になっていた……。あいつは……僕の考えを読んだのに……」
苦しみながら地面に倒れるロジェ。
ジャーザンスの狙いを読み違い、まんまと罠にハマってしまった。
だが、しょうがない部分もある。
ここには逃げ道がなかったが、もしあったとしたら、今の奴を倒せても確実に逃げられていた。
むしろ、正真正銘の最後の肉体だと分かったことを良しと思った方がいいかもしれない。
後は、ここから出られれば、何も問題は無い。
「……ショウエイ……。待っていてくれ……。今……行くから……」
何とか身体を動かすロジェ。
触手の扉を開こうと、重なる壁に手を掛ける。
だが、力は入らない。
触手自体は攻撃してこないが、剥がすことができない。
「……慣れるんだ……。この……空気に……」
が、ロジェは諦めない。
魔王の特殊な血筋を活かし、デタラメな空間に身体を慣れさせようとする。
こんなところで、倒れている訳にはいかない。
「……それまで……耐えてくれ……」
息を整え、外の翔英に思いを託す。
その翔英は、
ジャーザンスに、苦しめられていた。
「……くそっ……!!」
「さっきも言っただろう……!! お前一人にならば、負けないってね……!!!」
押し切られる。
動揺で心を揺さぶられた事で、勝機が一瞬見えなくなってしまった。
相方が閉じ込められ、戻って来られないと言われた事も大きい。
その隙を突かれた、一撃。
ダメージ以上に、重い物がある。
「……それでも……!! 一人だとしても……!!! お前だけには絶対負けられない……!!!」
不屈の闘志を燃え上がらせ立ち上がる翔英。
怪物をぶった斬るまで、何度でも向かっていく。
「はあっ……!!」
雷撃、炸裂。
心身共に怪物となったジャーザンスにもダメージは大きく、焼けるような痛みに顔をしかめる。
「ううおっ!! ……お前にこんな火力が出せるなんてね。ホントに分散させといてよかったよお……!!!」
しかし、ジャーザンスも硬い。
『最強の肉体』だけの事はある。
反撃を貰った翔英。
血を流しながら転がっていく。
だが、彼の意思は止まらない。
止まるはずがない。
奴の息の根を止めるまで、何度だって立ち上がっていく。
一進一退。
単純な戦闘能力は同等ではないが、互角の戦いを繰り広げていく。
しかし、徐々に翔英の動きが、気持ちに追いつかなくなっていき始めた。
「……!? ……こ……これは……」
これまた、奴との一戦目でも味合わされた感覚。
身体に力が入らなくなっていく。
「……やっぱり……来たか……」
翔英はすぐに理解した。
乗っ取りとは別のもう一つの魔能。
芸がないと言えばそうだが、一対一の戦いではこれほど厄介な力もない。
身体を蝕む毒が、翔英の身体に回り始めた。
「おっ、来たみたいだね。お前を終わらせる力が」
拮抗した天秤を毒が傾かせる。
一度は乗り越えた力だが、完全に克服したわけではない。
それに、あの時よりも断然に強い毒が、今の肉体からは発せられている。
逆によくここまで戦えたぐらいだ。
「……分かってた……。お前がこれを待ってるって……。だから……早く決着をつけたかったけど……」
「つけたかったからなんだ? つけられていないじゃないか!!! 負け惜しみにしか聞こえないねえ!!!」
「……最後まで、話を聞けって……。まだ……負けてねえ……。お前だけじゃなく……毒にも勝たなきゃいけねえのが、ちょっとしんどいなって……そう言おうとしただけだ……!!!」
毒状態になったとしても、敗北を認めたわけじゃない。
ここまで来たんだ。
どんな状態だろうが、戦うことは止められない。
「虚勢だよねえ!! いいよ……来なよ!!! すぐに殺してやっから!!!」
「う……おおおおああ……!!!」
頭が回る。
吐き気がする。
それでも翔英は向かい続ける。
だが、戦い続ければ、諦めなければ、必ず勝てるとは限らない。
無情にも、翔英の命は、尽きようとしていた。
「……はあ……はあ……はあ……はあ……」
「おっ、いいね。さすがの君でも、顔が震えているよ。そりゃそうだ。死を乗り越えられる人間なんていない。いくら頑張ったって、人間死ぬ時は死ぬんだよ」
「…………くっ……くそっ……。動け……動いてくれよ……」
「いいから死になさい」
無表情で首を折りに掛かるジャーザンス。
翔英の身体は、動かない。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『――――起きなさい』
『いつまで寝ているの?』
『遅刻してしまいますわ』
『今こそ、目覚める時でしょう』
『さあ、立ち上がって――――私』
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
首に手を掛けた、瞬間。
「…………ん……!? な……なんだこれ?」
光の盾が突如出現し、ジャーザンスの手を弾いた。
「……え……? ……これ…………これは……!!! ま……まさか……!!!」
盾を見た翔英は、身体中の痛みを忘れて立ち上がる。
懐かしさと優しさを覚える、温かさに包まれるような光の結晶。
これを出せるのは、一人しか知らない。
「……!! えっ……!!?」
翔英は首が曲がる勢いで後ろを振り返す。
そこには、寝ていたはずの彼女の姿がない。
「……嘘…………ミネカ……!!? どこっ……!! ……あっ……!!!!」
再び前を向いた翔英。
そこには、金の長髪が映っていた。
目に入るだけで身体中が熱く震える。
視界が、曇っていく。
――――夢だろうか。
立っている。
彼女が、自分の足で立っている。
……声が出ない。
出そうとした瞬間に喉の中に引っ込んでしまう。
それ程の――――衝撃。
「おはようございます。ショウエイさん」
彼女は振り返った。
少し笑顔を見せながら振り返り、挨拶を交わしてみせた。
ああ、あの声だ。
ずっと聞きたかった。
もう一度だけでいいから聞きたかった、透き通るような美しい声。
顔だってあの頃と同じ。
見つめられるだけで脳が溶ける様な、優しい笑顔を浮かべている。
こんな状態なのに、こんな状況なのに、こっちだって思わず笑顔になってしまう。
「……ミ……ミネ…………ミネカ……!!!!」
「はい!! ショウエイさん!!!」
「……おっ……おはよう……!! ミネカ……!!!!」
「はいっ!! おはようございます!!!」
停止していた翔英の世界が、漸く動き出す。
ミネカ・ベルギアが再び、立ち上がった。




