第三百二十五話 『できること』
「……なんなんだよ……お前……」
身体中を震わせながら、迫る少女を見上げる翔英。
思わず口に出てしまったが、とっくに分かっていたことだろう。
こいつに常識なんてないことなんて。
こいつが本当のことを言うはずがないことなんて。
なのに、簡単に騙されてしまった。
まだミネカだったことが、『動けない』証明だと思ってしまった。
完全に一歩目の心を粉砕された翔英を、ジャーザンスは嬉しそうに見つめている。
「そうだよ……。その顔が見たかったんだあ。ずっとさあ。いやーよかったよかった」
「……………………」
「あの時からさあ、ずっと頭の中に、この女の声が響くんだよ。『ショウエイさんを傷つけないで』『ショウエイさんを苦しませないで』ってさァ。だがらどうしても、この女の身体でお前を殺したかったんだよね!!!」
「…………クソが……」
「苦労したぜえ……。中々頑固な奴でさ。こんなに抵抗されたのは初めてだったよ。だが今は……!! こうして……!!! お前を自由に嬲ることができる……!!!」
「うあっ……!!」
敵の拳が頬を叩く。
翔英は衝撃に身体を浮かせ、バランスを崩した。
すぐに体勢を立て直し、敵の首に狙いを定めるが、
剣を振る事はできない。
「……くっ……」
「うんうんうんうんそうだよねえ。攻撃できないよねえ。それも期待通りだよ!!! お前が弱いことは分かってる。生半可な覚悟でここに来たってこともね。この女とどういう関係なのかは興味ないけど、君じゃあ絶対に、私には勝てないよ!!」
攻撃をキャンセルした翔英の隙を突き、ジャーザンスが膝蹴りを喰らわせる。
痛みに悶えてる間に、更に叩く、叩く。
「(……こいつ……!! すげえ力だ……!!)」
その威力は、仮にもミネカの肉体から放たれている物とは思えない。
確実に、翔英に重いダメージを蓄積していく。
「(ダメだ……!! このままじゃ……!!)」
彼女を傷つける覚悟を決め、反撃に転じる翔英。
ジャーザンスの攻撃を退け、勢いのままに殴り掛かる。
「はっ……!! 遅い遅い!!! そんな攻撃……!!!」
「ぐあっ……!!」
「当たるはずがない」
攻撃の威力だけではなく、そのスピードも人知を超えている。
翔英が攻撃を決める前に、逆に肘打ちをお見舞いした。
――――勝負にならない。
元の実力は翔英だって負けちゃいないが、相手の姿が悪すぎる。
例え彼女のためとし、力をぶつける覚悟を決めたとしても、その姿を瞳に映せば一瞬動きは鈍る。
そんな隙を生んで打ち勝てる程、ミネカを纏ったジャーザンスも甘くない。
勝ち目は、見えない。
「こいつで吹っ飛びな!!!」
ジャーザンスの一撃。
顔面にクリーンヒット。
景色が回る翔英の身体を破壊しに掛かる。
「おー来たか」
だが後ろから攻撃が入り、ジャーザンスの猛攻にストップが掛かる。
ロジェだ。
「すまないショウエイ。遅くなってしまった。任せてと言っておきながら、本当にごめん」
「……いや……ありがとうロジェ……助かった……」
「今度こそ、僕に任せてくれ。君に、ミネカ・ベルギアは傷つけさせない」
翔英の前に立ちはだかるロジェ。
友の心を痛ませまいと、代わりに戦闘に入る。
「さすがはロジェ様だね。あれをもう克服するなんて」
「……いや、僕のこの身体にも有効な毒。……そんなものを用意してたってことの方が驚きだよ」
「いつか君たち親子も殺そうかなって思ってたからね。その点は抜かり無いよん」
「……じゃあ、丁度いいって訳だ。僕が今、ここで君を倒すのは」
ジャーザンスの魔能の一つは、身体の動きを奪う毒を体内から形成するもの。
翔英との痛み分けに終わったあの日から、ジャーザンスは魔能の強化を試みていた。
毒を破られあの結果になったこと。
ジャーザンスは強い怒りを感じていた。
先程の不意の一撃、ジャーザンスは放った拳に強化された毒を集中させていた。
それを直接体内に流し込まれたロジェは、復帰が遅れてしまった訳だが。
それでもこの短時間で毒を調和し、負傷を治療し、戦線へと戻ってくるのは、彼の特殊な生まれだからこそ成し得る凄技だ。
「来なよロジェ。俺の敵はそいつではなくお前だ。お前を殺せば、この戦いは片がつく」
「……うん。それじゃあ、行かせてもらう……!!」
ロジェが仕掛ける。
武器を翔英と同じ形に変形させ、少女の姿の魔物に斬り掛かっていく。
対するジャーザンスは、素手で迎え撃つ。
その見た目からは想像もつかない、パワフルな戦い方だ。
「(……この動き……。妙だな……)」
「はあっ!!!」
ジャーザンスのローキックが入る。
そのまま華麗な回し蹴りへと繋いでいき、ロジェの身体を吹き飛ばす。
「……ジャーザンス。その子に何かしたのか?」
「おお、分かるかい? その通りだよ」
「……!! なんだと……!!!」
ロジェとジャーザンスの会話。
嫌な言葉を耳にした翔英は一人声を荒げる。
「……やっぱり。おかしいと思ったよ。僕はその子と一度会ったことがあるけど、特殊な力を持っている以外は普通の女の子だった。いくら中身が君だとはいえ、その子ができる動きの限界を超え過ぎている」
「うん、お前の考えは正しいよ、ロジェ。私はどうしても、この肉体でショウエイ・キスギを殺したかった。――――だが、奴は強い。あいつをこの身体で殺すには、この肉体を強化する必要があったのよ。だから、その『特殊な力』を調べがてら、人間以上の力を出せるようにしたってわけさっ」
「……そうか……」
再開するロジェとジャーザンス。
毒を撒きながらの仕掛け。
殺す気では戦えないこともあり、ジャーザンスにやや分がありながら戦いは進んでいく。
そんな戦況を見つめる翔英は――――
何度目か分からない憎悪の感情を抑え込んでいた。
目の前では、自分の代わりにロジェが戦っている。
戦っている相手の姿は、始まりを告げた女性。
そんな自分がただ見ているだけなんて、許されるのだろうか。
かといって、参戦した所で……。
あいつの言う通り、生半可な覚悟じゃ戦えない。
「…………いや、もしかしたら……」
思い悩む翔英は、剣を見つめながら、自分にできることを考える。
すると彼に、一つの予想が生まれた。
このままでいいはずがない。
翔英は深呼吸を挟むと、もう一度戦うために立ち上がった。




