第三百二十話 『足掻き続ける』
「…………ふう……」
魔力を一気に解き放ち、大規模な爆発を引き起こしたザラボラス。
その威力は、目に見える物全てを吹き飛ばす程の代物だ。
当然、周囲にいたリュノンの分身たち、及び、リュノン本体にも影響が及んだ。
視界を曇らす眩い光と舞う砂塵。
敢え無い物ではあったが、決着がついたという確かな手応えがある。
「…………!?」
姿が映った。
立っている。
リュノン・アーリーは立っている。
肉体を留めているだけでも可笑しい。
なのに、彼は五体満足で立っている。
「何だって……? あの爆発をどうやって…………。……!!?」
立ち尽くすリュノンの眼前。
巨大な闇の幻影が両手を翳し、彼を護っている。
綺麗な赤髪を揺らす、少女の幻影が。
「ルージェ……」
リュノンは彼女の名を呟いた。
「……なるほどね。そういうことか……。そいつの力で、爆発を抑え込んだと」
頭ではそう理解するザラボラス。
だが信じがたい。
先程までの彼女の力では、防げる様な規模ではなかった。
消し飛ばせるのは、精々手を振る軌道のみ。
全身を巻き込んだ爆発をどうやって。
「……いや、そんなことはどうでもいいな。まだ戦いが終わっていなかった事の方が重要だ」
納得を諦めたザラボラスがもう一度攻撃を仕掛ける間。
リュノンは、隔離された世界の中で、最愛の妹の姿を見ていた。
「……良かった……お兄ちゃん……無事で……」
「ルージェ……!!!」
今だけは、彼女の身体に触れられる。
今だけは、二人の時間を邪魔できない。
本物のルージェが、リュノンの中にいる。
「……でも、ごめんね、お兄ちゃん……。ちょっと疲れちゃった……。だからごめん……少し……眠るね……」
「……ああ……!! うん……!! ありがとう……!!! ゆっくり休んででくれ……!! 後は、お兄ちゃんに任せろ……!!!」
「うん……。……絶対、死んじゃダメだよ……」
一時的に破壊の力を自身の全身に付与し、リュノンを包み込むことで爆発を阻止したルージェ。
その代償により彼女の力は限界を迎えた。
そんなルージェを強く抱き締めるリュノン。
あの日、果たすことが出来なかった「兄として」の誓いを交わし、妹の想いを確かに受け継いだ。
「ルージェ。俺、戦うよ。一人でも。でも安心して。死ぬためじゃない、生きるために戦うから」
立ち上がるリュノン。
ここまで魔王の力に対応し、更には追い詰めてきた妹の力は無い。
ただ、力はなくても、心は同じ場所にいる。
ルージェと一緒に戦えたことが、彼に揺るぎない力を与えている。
リュノンは、一人ではないから。
「(――――さて、もう一度爆発を起こしてもいいが、また防がれたら厄介だ……。やはり接近しよう。あの力にも、段々目は慣れてきている)」
リュノンの戦う目を確認したザラボラス。
ルージェの力に対応するべく、もう一度リュノンへの突撃を行う。
「来やがれっ……!!」
対するリュノン。
いつもの短剣を取りだし、魔王の一撃に備える。
だが、
「――――速っ……」
元より相手は、魔物の頂点。
正面から相手になど、できるはずも無かった。
「……ぐ……ああ……」
魔王の攻撃を受けるのは、これで二度目。
既に、人間が耐えられる限界を超えている。
あまりの痛みに、リュノンは動けなくなった。
「……あの力を使わなかった。いや、使えなくなった、という認識でいいのかな? その様子を見ても、わざわざ攻撃を受けてまで使えないフリをする必要はないからね」
ルージェが消えていることが、たった一発でバレてしまった。
例えそうでなくても抗う術はないというのに、敵の警戒さえ消えてしまった。
これで奴はもう、自由に動くことができる。
勝ち目はもう――――ない。
「……と言ってもだ。お前を侮る理由にはならない。俺は全力を持って、お前に勝たせて貰うよ。それが、この俺とここまで戦いを演じたお前への筋だ」
黒い翼をはためかせ上空へと舞い上がるザラボラス。
ここまで二度ルージェに打ち砕かれた、口からの波動の構えに入る。
「終わりだ。じゃあね」
破壊の圧が放出された。
触れればそれだけで木端微塵になる程の力だ。
超威力の物理攻撃の影響でリュノンの身体は自由に動かない。
これを受ければ確実に終わる。
死への道が、消えない。
まるで太陽が急接近してくるかの様な感覚。
周囲の物が全てが、深紅の光と共に無になっていくのが分かる。
「…………はあ……」
死を間近にして、彼は何とか身体を起こした。
妹に誓ったばかりだ。
「死なないで」と言われたばかりだ。
ただこのまま現実を受け止めるなんて許される訳がない。
どれだけ痛かろうが、勝ち目がなかろうが、最後まで生きようと足掻かなければならない。
たとえほんの数秒だけ寿命が延びるだけだとしても、生きられるのならそれが正解。
「…………ふっ……!!」
ルージェに、仲間たちに背中を押されるように、リュノンは横に飛んだ。
動く力すら殆ど残されていない彼が取れる、生きるための全力の行動だ。
ザラボラスが放ったエネルギーはリュノンには当たらず、奥の壁が破壊される。
「へえ、まだ避ける力があったのか。でもね――――」
避けた先でリュノンは倒れている。
これが精一杯だった。
何の意味もないであろう、たった一度の回避をするので精一杯だった。
「(ルージェ……こっちでまた会いたかった。お前を待っててやりたかった。お前と一緒に、たくさんの人を助けたかった。……ごめん……。お兄ちゃん、約束また守れないみたいだ……。……それに、皆も、こいつを倒せないで、ごめん)」
ザラボラスが近づいてきている。
今度は飛び道具ではなく、身体に触れて終わらせるつもりらしい。
避けたい、生きたいけど、間に合わない。
リュノンにできたことは、妹や仲間たちに無念の謝罪を告げることだけだった。
「これで最後だ」
巨大な翼を人間に振り下ろすザラボラス。
回避などできるはずがない。
受け止めるなど、できるはずが――――
いや……
「うあああっ!!!」
震える足を奮い立たせ、迫る翼を受け止めに立ち上がった。
意味など分からなくていい。
ただ、やれることをやるだけ。
「……なんだ……!?」
「……!! なんで……!!」
――――翼は、受け止められていた。
リュノンの力が覚醒したわけではない。
だが、リュノンの足掻きが、彼の命を助けたことも事実。
「よく戦ったよ、リュノン。後は、僕に任せてくれ」
翼を受け止めていたのは、ケバロー・ホサルトンだ。




