第三百十四話 『魔王の戦』
再び立ち上がったヴァナベールとヒナノ。
二人に並び剣を構えるルンべ。
その前方には、魔物の大将ザラボラス。
そしてその後ろに、事切れたバール。
「一応言っておいてやるが、この婆さんは完全に死んでいるからね。助けようとしても無駄だよ」
「……バー婆……。貴女の行動は無駄にはさせない。――――だからっ……!!」
「……!? ……無駄だと言っているのに……」
言われなくても分かっている。
だがヒナノは、バールの身体を箱に閉じ込めた。
命を助けるためではない。
戦いを見守って貰うために。
これ以上傷つかないように。
「……まあいい。じゃあ再開しようか。ヴァナベール・ソルシード、ヒナノ・スエリア、そして、ルンべ・ラン」
名乗ってはいない。
だがザラボラスは、彼らの名前を呼んだ。
自身にここまでの疲労と傷を負わせたことに対する、敬意の表れだ。
「出し惜しみなどするなよ? 死んでから後悔はしたくないもんね。……その全てを打ち砕き、お前たちを葬ってやる」
第三ラウンド開始。
動き出すザラボラス。
対する人間。
ヴァナベールが前に出る。
ヒナノは後方でパックアップに入る。
「……かあっ……!!」
ちょっとの休憩とヒナノの治療で少しだけ体力が戻ったヴァナベール。
もう一度、ザラボラスの速度を上回る、光速の力をその身に宿す。
「おお、またそれか……!! やっぱり……速いねえ……」
ヴァナベールの猛攻。
ザラボラスは目で追うので精一杯。
疲労が溜まっているのはヴァナベールも同じだが、それ以上にここまでの戦いが効いている。
バールとルンべが付けた胸元の傷が効いている。
最高速度に乗りながらひたすらにぶん殴っていくヴァナベール。
速過ぎる老人の連続攻撃に、ザラボラスの表情にも曇が掛かり始める。
――――だが、
「(……さっきの今だ。長くはもたないだろう……? ……耐えて見せるさ。ちょっと耐えれば、俺の勝ちだ……)」
ザラボラスの予想通り、ヴァナベールの体力は殆ど限界を迎えている。
削り切るよりも先に、ヴァナベールの方が倒れるだろう。
「耐える戦い」を強いられることになるとは、ザラボラス自身も思わなかった。
少しの間とはいえ、こうも防戦一方な戦況を作られていることも。
だが、不思議と悪い気はしない。
四十年の月日が生んだ人間の成長。
それを、四十年眠っていただけの自分が打ち破ることができるのだから。
やはり「生まれ」
魔王に生まれた自分を超えることは、誰であろうと叶うことではない。
「…………ん? あれ……?」
しかし、そんなザラボラスに焦りが生まれ始めていく。
……なぜか。
中々終わらないのだ。
ヴァナベールのターンが。
最初に見た時の時間はとっくに過ぎているのに。
あそこから全快に持っていくことなど不可能な筈なのに。
なぜ、終わらない。
……このままでは、削られる。
「耐える戦い」に、老いた人間に負ける。
「……どうなっている…………。……!! ……そうか……」
高速に囲まれるザラボラス。
ヴァナベールの影の隙間から、後方へと視線を伸ばし、答えを理解する。
ヒナノ・スエリアだ。
片目を瞑り、膝を着きながら、掌をかざしている。
彼女がヴァナベールに援護の魔法を掛け続けているのだ。
「(……答えは分かった……。だが……)」
不可解だ。
いくら掛けっぱなしとはいえ、回復よりも消耗の方が大きいはず。
それにもかかわらず、ヴァナベールはマックスを出し続けている。
「……!! 何だと……!?」
ヒナノの更に後方。
ルンべがヒナノに回復魔法を掛けている。
三段構成の作戦だ。
「……そうか……。……それに加えて、この男……」
それでも、回復の方がやや弱い。
ここまで長くは続かないはず。
なのにまだ高速が終わらないのは、
「脳死だ……」
ジジイは何も考えていない。
ただ無意識に、その拳を振り続けている。
つまり、自分の肉体の事も。自分の未来の事も考えていない。
このモードが切れた瞬間、命も同時に終える覚悟を持った攻撃だ。
ヴァナベールとヒナノ。
人間界が誇る二人の強者の捨て身の戦法が、魔王に死を意識させていく。
「……なんだ……これは……」
命を守る衣と同時に、皮膚が剝がれていくのが分かる。
相打ち覚悟とはいえ、自身の感覚にありえない物が生まれて来る。
「……許されんな……。それは許されん……。……俺は頂点だ。――――だって魔王なんだから」
今も連打は続いている。
そんな中、ザラボラスに生まれてくる、魔王としてのプライド。
そもそも、スピードだけとはいえ、部下を下回っている能力がある事が可笑しかったのだ。
全てでトップにいるべきだろう。魔王だから。
「……超えるのだ……。俺の上にいるものは全て……。超えなければならない」
ザラボラスの肉体が、急激に活性化していく。
寝起きでまだ目覚めていなかった力が、解放されていく。
「……!! なにっ……!?」
後方のヒナノとルンべにも目に見えるほど、防戦一方のザラボラスに異変が訪れた。
「!! バカな……!!」
「ようやく受け止められたな。お前の速さを」
言葉通り、ヴァナベールの拳をがっちりと受け止めている。
その衝撃により、ヴァナベールの動きは止まり、思わず意識も戻る。
「……俺は、全てを超えねばならない。光速だろうが何だろうが……!!」
後、ほんの少し時間があれば、この戦いに終止符を打てただろうに。
魔王としての壁が、彼らの前に立ちはだかる。
「捕らえた……!! 喰らえっ……!!!」
永遠に続いていたヴァナベールのターンは終わった。
ザラボラスの一撃を貰い、敢えなく倒れる。
体力の限界など等に超えた速度を数分間出し続けた。
押しただけでも立てなくなっていただろう。
歴戦の老人は、ピクリとも動かなくなった。
「二人目っ……!!」
「させないっ……!!!」
首の皮一枚繋ぐ、ヒナノの遠隔バリア。
一撃目を防ぐ事に成功するが。
「無意味っ……!!」
すぐにもう一発。
……が、
「……!! 何だこれは……!!」
振り上げた拳はその場で止まる。
腕に力が入らない。
花が咲いている。
根が生えている。
「……ふっ……!!」
ヒナノの操作で、生えた根がザラボラスを身体を縛る。
意表を突かれた攻撃に、魔王の動きは数秒閉ざされる。
その隙に、ルンベがヴァナベールを魔王の元から回収した。




