第三百十一話 『歴戦の老』
「……ヴァナベールさん……。それに……バー婆も……」
駆け付けた頼もしい老人に目を見開くヒナノ。
ほんの少しでも遅れていたら、間違いなく命は無かった。
天のソルが言っているのだ。
まだまだ戦わなきゃいけないと。
休むにはまだ早すぎると。
「……私もいますよ……!! ヒナノさん……!!」
「……えっ……!! ルンべくん……!!」
ヴァナベールの背中からルンべも顔を出す。
やや酔い気味だったが、ザラボラスの前にして一気に目が覚めた。
「はい……!! 生きててよかった……!! 今から私が治します……!!」
見るからに重症のヒナノの治療に取り掛かるルンべ。
ヒナノが一人で行ってしまったことは自分にも責任があると考えていたため、目を開いている彼女をもう一度見られて心からホッとした様子だ。
「……ありがとう、ルンべくん……」
もはや魔法を使うことができないほど重症のヒナノ。
無力な自分がここに来た意味ができた。
ヒナノを生かし、他者を活かし、皆をサポートする。
「……さらに三人……。……あいつらを倒した人間達か……」
現れた人間を見たザラボラス。
部下が全滅したことを察する。
「……ザラボラス。久しぶりじゃな……」
そして前線のヴァナベール。
四十年ぶりに相まみえた魔王を前に、久方ぶりの挨拶を交わす。
「……誰だ? 俺に会ったことがあるのか?」
ザラボラスの方は全く思い出せない。
直接戦ってないことに加え、ジジイになっているのだから当然と言えば当然だが。
「まあな。四十年前にちょいと見ただけじゃが」
「四十年前……。あの時の戦いに参加していたのか。……そちらのお婆さんもかな?」
「いいや。わしは無い」
「そうか。……まあ、そのお姉さんにも飽きていたところだし、もう少し戦いたいと思っていた。丁度いい。相手をしよう」
ダウンしたヒナノに代わって魔王の相手をする、ヴァナベールとバール。
二対一の戦いが始まった。
「……そういえばヒナノさん、ショウエイさんを見ませんでしたか……?」
翔英の旅立ちを見ていたルンべ。
彼がいないことに、すぐに疑問を覚える。
「……ええ。見ていないし、ショウエイくんは奴に会っていないわ」
「そうですか……。……ということは、ショウエイさんも別の所に出たようですね……」
「……やっぱりそうよね。別に敵があいつだけとは限らない。ショウエイくんもきっと戦ってるわ。……だから……私たちで倒すのよ、伝説をね」
後方で休憩を入れるヒナノとルンべ。
前線ではヴァナベールとザラボラス、両陣営の最高戦力が常人には見えない速度で拳を交えていた。
二人の攻防を見つめるのは、聖鳳軍二軍、バール・バーランド。
愛用の仕込み刀を構えながら、その様子を伺っている。
「……速いな……。俺よりも……ラスドラーゴよりも速い。やるねえ爺さん」
「貴様もな。ここまでやる気を出さんと追いつけんとは」
「……いや……そうか。お前がラスドラーゴが言っていた男だな? ……確か名前は、ヴァナベール・ソルシード……だったかな?」
「……そうじゃ」
「なるほど、だったらこのスピードにも納得がいくね。……ラスドラーゴを倒したことにも」
「……ラスドラーゴだけではない。町に攻め入った貴様の部下も、全員倒させて貰ったぞ」
「……分かっているさ。少し寂しいけど、俺さえいれば特に問題はない。本気を出した方がいいよ。様子を見ようとか、考えない方がいい」
「……!! そうか……じゃあ見せてやるぞ……!!!」
単純にラスドラーゴ戦の疲労が響いていたことで、徐々にペースを上げようと思っていたヴァナベール。
敵の発言を受け、身体を光速に同化させる。
「……!! 来るかっ……!!!」
飛び出す瞬間までは目に追えた。
だが、すぐに視界に捉えられなくなる。
「最速」のラスドラーゴでさえ追うことが出来ないのだから当然だ。
「……何とっ……!!」
猛攻を仕掛けるヴァナベール。
光速を乗せながら、敵の全身を叩き続ける。
あのザラボラスを相手に、一方的な空間を形成している。
「……………」
その戦いを冷静に見つめるバール。
自らが動くべきタイミングを見逃さないように。
「……ここまでとは……。……さすがに、速すぎるね……」
最速モードに入ったヴァナベール。
世界の全てを探しても、見得る者はいない。
光と一体化しているような物だ。
生物が出せる速度など優に越え過ぎている。
――――だが、魔王が防戦一方となったのは数十秒だった。
「…………バテたのか。……超人でも年には勝てないらしいね」
戦いに於ける全ての能力が常軌を逸しているザラボラス。
当然、防御力と体力も普通ではない。
光速の拳とはいえ、与えられた自由時間数十秒では、奴を削り切ることは出来なかった。
「……はあ……。そりゃそうじゃな。こんなのでお前に勝てたら、苦労せんわ」
「……さっきので限界か。まあ、スピードは確かに凄まじかった。世界一と言っていいだろう。……だが、それ以外の全てが足りなかったな。後五分それを続けられたら、負けていたかも知れないね」
「……五分か……」
「……バテてるところ悪いが、俺は待つのが嫌いでね。すぐに再開させてもらうよ」
十分に休憩すれば、もう一度高速に入ることはできる。
それを見越していたのか、ザラボラスは戦闘続行を宣言する。
準備運動と言ってはいるが、彼の一番の目的は敗れた部下に代わって聖鳳軍を倒すこと。
こんな化物みたいな爺さん、速攻で始末するに越したことはない。
ヴァナベール程ではないが、ザラボラスもまた高速。
スタミナと合わせれば、走力では上と言えるかもしれない。
そんな彼が、ジジイとの距離を一瞬で詰めた。
「……!! ……まだやれるわ……!!」
スタミナ切れを見逃さないザラボラス。
負けじと気合いで顔を上げるヴァナベール。
だが、強敵の連戦と全力ダッシュ。
老人の体力は持たない。
一発目を受け止めるのが精一杯で、瞬く間にダウンを取られた。
追撃に向かうザラボラス。
だが――――
「……五分……。わしだけでは不可能じゃが……。――――今は、一人じゃないんでな」
「……!?」
ザラボラスの首は、宙を舞っていた。
「二対一ということを忘れていたようだな。過去の亡霊よ」
バール・バーランド。
隙を伺っていたもう一人の老人が、敵将の首を切り裂いた。




