第三百十話 『私の役目』
「……ほう、言うねえ。じゃあ、何か面白い物を期待してもいいのかな」
ここまでは、空を飛び回りながら遠距離攻撃をぶち込んできたヒナノ。
だが、大したダメージにはなっていないのは明らかだ。
感じられる魔力や前評判は大げさではなかった。
正真正銘の魔王だ。
しかし、まだ本調子ではないのか、ザラボラスは攻撃に入ってこない。
ひたすらヒナノの攻撃を防御し続けている。
「(……ただの攻撃魔法は通じない。……でも、このままでいい。この距離を保ちつつ、私の魔法を浴びせ続ける……!!)」
今のヒナノの目的は彼を倒すことではない。
彼と戦い続けることだ。
ヒナノは理解していた。
自分一人で出せる火力では、こいつを倒しきれない。
ただ、削ることはできる。
次への戦いために、飛び回り続けることが、先にこいつと戦う事になった自身の責務だ。
「喰らいなさいっ!!!」
「…………うん。そろそろ次の手を見せてほしいんだが……」
「(これでいい……!! 今は……これで……!!!)」
「……なるほど。時間稼ぎかな? ――――でも、そうはいかない」
「!!!」
敵の動きに対応できるほど、十分な距離を取っていた。
奴の実力を見越して、常に全身が確認できるほど、安全な距離を取っていた。
だが、それでも、
一瞬で、心臓に触れられた。
空中に浮遊していたにもかかわらず、軽いジャンプで捕まった。
「にっ……!!」
敵を視界に捉えて反射的に、掌を翳すヒナノ。
しかし、間に合わない。
ザラボラスの拳が、ヒナノの胸に突き刺さった。
「ううっ……!!」
壁に叩き付けられるヒナノ。
対峙する敵の底知れぬ戦闘能力を嫌という程に味わわされる。
この距離で反応できなかった。
そんなことがあるなんて。
初めての経験だ。
初めての強敵なので当然だが。
「……立ち上がるか。手加減したつもりはなかったんだが。流石だね」
「……まあね」
念のために全身にバリアを張っていて良かった。
今のを無防備に受けていたら、ゲームオーバーだったかもしれない。
だが、連続で喰らえば、あるいは更に強打がくれば終わる。
作戦は白紙になった。
「でもそろそろ、次の手を見せた方がいい。隠している手札を使い切らない内に死にたくはないだろ?」
「……そうらしいわね。――――じゃあ……」
「……ん?」
「やらせてもらうわ」
距離は意味ないと判断したヒナノ。
今度は接近戦に出た。
隙は与えてくれない。
溜めが必要な魔法を使うことはできない。
格上相手に一人で戦うとなると、手札は限られてくる。
ヒナノは同時に、二つの魔法を繰り出した。
「……? 何かしたかな?」
「……いや、今からよ」
だが、その効果はすぐには表れない。
効果が感じられないことからも、ザラボラスも魔法を使われた実感がない。
彼女が何かしたことは分かるが。
当然ヒナノも素直には教えない。
先程繰り出したのはまた別の魔法を仕掛けていく。
今度は、花を咲かせる魔法と雷を流す魔法を使用した。
「……何だこれ?」
「教えないわ」
「……がっかりだね。手札がない証拠だ」
ザラボラスの右腕からゆっくりと芽が育っていっている。
だが、雷魔法でピリッと痺れさせていることで気付いていない。
彼は雷魔法のみを仕掛けられたと錯覚している。
「……じゃあ、こっちからもやらせてもらうよ。準備運動に付き合ってくれ」
「……!!」
手札切れと読んだザラボラス。
ブランク解消がてら、ヒナノに急接近する。
「(やっぱり早い……!!)」
「ふんっ……!!」
ザラボラスの一撃が再びヒナノに打ち込まれた。
またバリアを纏ってガードするがダメージは避けられない。
「……やばっ……!!」
今度は連続で仕掛けてきた。
本当にもう終わらせるつもりのようだ。
すぐに上空へと逃げるヒナノ。
だが、足を掴まれ、すぐに地面に引きずり降ろされる。
「うあっ……!!」
分かっていた。
戦う前から分かっていたことだ。
勝ち目なんてもとよりある戦いではなかった。
そう考えないように、いつもの自分を出すようにしていたが、現実は想像通りにはいかない。
――――負ける。
後一分もしない内に、私は殺される。
しょうがないよね。
相手が相手だもの。
いつも肝心な時にいなかった自分への罰だわこれは。
待っててね、ソル。
貴女と話したたいこと、たくさんあるから。
「……終わりだね。中々、いい運動になったよ」
「…………くっ……」
魔王の一撃が伸びてきた。
バリアも全部壊された。
攻撃魔法も動きを止めるのが精一杯。
幻覚も崩壊も彼には通じない。
繰り出した魔法が発動するにも時間が掛かる。
おそらく、力の差がありすぎるのが原因だけど。
ここまでかな。
後は皆に、頼むって……
…………ん?
ちょっと待ってよ。
せっかく使った魔法も、私が死んだら意味なくなっちゃうんじゃ……。
それじゃあ、ダメだわ。
何の役にも立ってない。
ショウエイくんを助けるために一人で出て来たのに、何にもできないままポツリと死ぬの?
私、そんな愚行が許されるような人間じゃないよね。
こんなところで終わっていいわけないわよね。
ごめんね、ソル。
待っててね。
まだ、お姉ちゃんやらなきゃいけないことがあるから。
「はあっ……!!!」
心を覚ましたヒナノ。
渾身の炎を魔にぶつける。
「私、まだ終わらないわ……!! ――――だって、ヒナノ・スエリアだもの……!!!」
限界を迎えた身体を起こし、魂を削りながら啖呵を切る。
相手が誰とか関係ない。
魔王だろうが何だろうが、敗北なんて受け入られない。
それでこそ、ヒナノ・スエリアだ。
「……すまないね。……ヒナノ・スエリアだっけ? 覚えておこう。寝起き早々いい相手に出会えた」
「………………」
「だがね、ほんの少しだけ寿命が延びただけだ。最後のそれは、見事だったがね」
もう一度やり直すザラボラス。
顔面に飛んで来る高速の拳。
最後まで、反撃の手を止めないヒナノだが、今度は追いつかない。
「……んっ……!!」
――――と、ここで、
「大丈夫か!? ヒナノちゃんっ!!!」
「…………えっ……!? ヴァナベールさん……!!?」
光速を纏った爺。
ヴァナベール・ソルシードが参上し、ヒナノを救出した。
「奴を相手に一人でよくやったぞ、ヒナノ。今度は、我らがやる番だ」
更に降りて来るバール・バーランド。
歴戦の老人二人が並び、最後の魔物に挑む。




