第三百六話 『最後の衝突』
武器を手放した両者。
拳を握り合い、真っ向から対峙する。
「……受け止めるだって……? ……笑わせないでくれ。君などに……分かるものか……!!」
ボロボロの拳を握りしめながら、翔英に殴り掛かる。
対する翔英は、敢えてロジェの拳を顔面で受ける。
「……ああ、分からねえよ……。……お前がどんな風に生きてきたかなんてな……。――――でも……!! 『今の』お前が、苦しんでるのは分かる……!!!」
殴り返す翔英。
翔英が放つ拳もクリーンヒットし、心身共にズタボロのロジェはフラフラとよろめく。
ティローナ直伝の拳は、もはや並みの魔物が耐えられるような物ではなくなっている。
「…………苦しんでいるのは君のせいだ……!! 君がふざけたことを言うからだ……!!! 世界に従って生きると決めた僕に……!!! 戦うと皆に誓った僕に……!!! 選択肢なんてそれしかないんだよ……!! 僕には……!!!」
「……まだ分からないのか……!! 自分で作るんだよ……!!! 自分がしたい道を……!!」
「分からないのは君の方だ……!!! 世界が……歴史が……どれほど巨大な物なのか……!!! 一個人が抗っていい存在ではないんだ……!!!」
ズタボロの状態とはいえ、魔王の血統を持つ、魔物ロジェの拳。
命を乗せた気迫も相まって、翔英の肉体に大きな傷を与えていく。
武器を手にしたままならば、ロジェを殺すことは出来たかもしれない。
だが、翔英の目的は既に勝利にない。
素手でぶつかることに大きな意味がある。
そうすることを諦めたら、この先もずっとそのままになってしまう。
ロジェを正面から受け止め、彼との戦いに打ち勝つこと。
それはきっと、未来に繋がるような気がする。
変えるんだ。
ロジェの世界を。
今出来る全てを懸けて。
「……ロジェ……!! ……だったら……!! だったら俺が……!!!」
――――どうしてだ。
どうして君は、僕と同じ場所に立とうとする。
その上でどうして、作られた僕の観念を壊そうとする。
何故、僕のために、そこまで――――
「俺がこの先変えてやるよ!!! そんな世界も……!!! そんな歴史も……!!!」
魂の一撃が顔面に入る。
拳以上の威力が、その言葉には込められていた。
ロジェの身体に絶大なダメージとなり、血と涙を流しながら倒れまいと足を踏ん張る。
彼がこれまで押さえ付けられてきた常識に、背中を支えられるように。
「…………なんて……なんて傲慢なんだショウエイ……!!! 人間の言葉とは思えない……!!! 世界は、君などがどうこう言えるものではない……!!!」
「分かってるよそんなこと!!! ……だけど、お前が言う世界や歴史なんて間違ってる……!! そんなものに踏み潰されるくらいなら、変えようと足掻いてやろうじゃねえかってことだ……!!!」
「無意味だ……!!! 君ではどうすることもできない!!!」
「だったら……!! お前の力も貸してくれよ……!!! ロジェ!!!」
「なっ……!!!」
時が止まったようにフリーズするロジェ。
冗談ではない。
彼は本気で言っている。
初めて会った時から、この男に興味を抱いたのも無理もなかった。
何十年も生きてきたが、そんな奇天烈な事に誘われた事はない。
言葉を返せない。
拳も返さないロジェに、翔英は畳み掛ける。
「俺一人じゃ無理だ……!! でも、ロジェと一緒なら……!! 皆が一緒なら……!!! 常識なんてきっと変えられる……!!!」
種族の崖を跨ぎ、手を伸ばす翔英。
信じられない姿だ。
こんな人間がいるなんて。
まるで生まれた世界が違うようだ。
「……フフ……。……アハハハハッ!!!」
思わず大笑いするロジェ。
ここまでだったとは。
もう一度、彼と会えてよかった、ぶつかり合えてよかったと、退屈だった世界に初めて感謝する。
「……ロジェ……」
吹っ切れた目になったロジェ。
その目が意味するものはどちらか。
翔英はじっと彼の言葉を待つ。
「……やっぱり、僕は君に会えてよかったよ」
「ロジェ……!! それじゃあ……!!!」
「いや。残念だけど、君のその手は取れない」
「……!! なんで……!!!」
「ケジメをつけなきゃいけないからさ。『今の』僕自身にね。今更その手を取ることは、僕が僕を許さないから」
「…………そうか……。なら……」
「だからさ……この一撃で終わらせようと思うんだ。今の、僕と君の戦いを」
「…………ロジェ……」
「受けてくれるよね。ショウエイ」
「…………分かった。受けて立つ」
「ありがとう。僕も全力で行く。君も死にたくなかったら……いや、本気で僕を受け止めると言うのなら、殺す気で来てほしい」
「……うん」
「フフ。二言はないよ」
長年誰にも出さないとしていた思いを、人間の翔英とぶつけ合ったこと。
それが再び彼の目に光を灯し、力を宿した。
武器は顕現させず、己の拳を握り締めるロジェ。
翔英と、そして過去の自分と決着をつけようと、全力を振り絞る。
対する翔英。
ロジェの気持ちは理解したつもりだ。
彼は、打ち砕いて欲しいと思っている。
自分を縛る世界ごと、新しい価値で塗り潰して欲しいと思っている。
だが彼は、本気で来る。
魔族の王としての全てを込めて、己を殺しに飛び出してくれる。
ロジェの思いに応えるためにも、全力で迎え撃たなければならない。
手加減などすれば、命はない。未来もない。
最後の、一撃だ。
翔英は拳を握った。
ロジェの全力の拳、種族としての差を補うために、マナを捻りながら。
ティローナファミリーから受け継いだ力。
それが自分の全力の拳だ。
指先でしか試したことはない。
だが、感覚は既に掴んでいる。
ロジェに打ち勝つには、カルダを秘めた拳を放つしかない。
「……行くよ、ショウエイ」
「……ああ。いつでも」
同時に飛び出す両者。
僅かにロジェの拳が早い。
全神経を集中をさせ、ロジェの拳を見切る翔英。
だが彼は避けることなく、構えた右拳を衝突させた。
「……!! これは……!!!」
「これが……俺の全力だ……」
カルダが炸裂。
ロジェの腕を文字通り破壊する。
「……!! ……ありがとう……ショウエイ……」
満足な笑みを浮かべながら、ロジェは倒れた。
翔英の右拳も壊れている。
だが、痛みよりも強い感覚が少しの間翔英を支配し、うつ伏せに倒れるロジェを見つめていた。




