第三百五話 『世界の赦し』
――――またそれか……。
「話がしたい」って言ったのはロジェの方からなんだよ。
自分では変わったって言っているけど、目はあの時と同じだ。
そうしたいと思っているけど、無理矢理押さえ付けているようにしか見えない。
戦いを避ける道だって、開き掛けている。
「……ロジェ……。『否定』はしないんだな……。俺の言葉を……」
「…………いや、違う……。それを認めてしまったら…………」
「……認めてしまったからなんだよ……!! お前がそうしたいと思っているなら、そうすればいいじゃねえか!!」
「できないんだよ……!!! 仲間は死んだのに、自分だけ立場を忘れて、君と……友達になるなんて……!!! 許されないんだよ……!!」
「友達になるのに、許すとか許さないなんて無い……!!! お互いにそう思ったら、それでもう友達だ……!!!」
「…………!! ……思ってない……!! 思ってないよ……!!! 僕は……君を倒すんだ……!!!」
不利な論争を打ち切り、再度向かってくるロジェ。
翔英は剣を構え、彼の思いが込められた一撃を受け止める。
「……ロジェ……。やっぱりお前……迷ってるよ……」
「……!! ふざけるな!!!」
ロジェの攻撃に迷いが生じ始めた。
無意識に動きを鈍らせる、致命的な迷いが。
そんなロジェの思いを剣を通じて感じ取る翔英。
確実に受け止めながら彼もまた、思いを乗せ、全力でぶつけていく。
「……意味ないよ。これ以上戦っても。お前の攻撃からも、迷いが伝わってくる……」
「そんなものは……ない!!!」
勢いに任せたロジェの大振り。
翔英は完璧に読みきり、強烈なカウンターを入れる。
「ぐあっ……!!」
膝を着くロジェ。
自分でも分かった。
この気持ちのまま戦えば、確実に負ける。
だが、自分に「友達になろう」なんて言ってくる人間に、敵意を握り直すことができない。
人間どころか、魔物にも言われたことがない言葉だし。
本当ならば、今すぐに手を取りたい自分もいる。
でも、彼の頭の中にいる常識が、背中を引っ張り続けている。
「……何が、お前の何が拒んでるんだよ……。ロジェ……」
「……全てだよ……!! 世界を含めた……全てだ……!!!」
前だけを見ながら剣を振り下ろすロジェ。
先程よりは威力が集中された一撃を受け止める翔英。
「……ぐっ……。……そんなものに縛られるのかよ……!! ロジェ……!!! 誰かが決めた世界なんて、つまらないものに……!!!」
「……つまらないものだと……!? ……僕がそのつまらないものに、どれだけ捕らわれて来たと思っているんだ……!!!」
「それは、お前が変えようとしなかったからだろ……!!! 立ち向かおうとしなかったからだろ……!!! 否定すればいいんだよ……!! 自分を縛る世界なんて……!!!」
「……うるさい…………。うるさいんだよ……!!!」
もはや視界すらまともではない状態。
ぐちゃぐちゃになった感情のままに、勢いよく突撃するロジェ。
「……これで一回、冷静になれ……」
そんな具合での攻撃など、達人の領域に足を突っ込んでいる翔英には有効にはならない。
居合切りのような一撃が胸を捉え、ロジェは静かになった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※
生まれた瞬間から、記憶があった。
僕は、父が封印される前に遺した子供だった。
母は僕を生んですぐ、命を落とした。
両親がいなくなった僕を育てたのは、マイヤールやファンドル、ラスドラーゴと言った、かつての父の部下たちだった。
特別な生まれもあり、不自由のない生活を送っていたが、たった一つだけ許されないことがあった。
――――人間と好意的に関わることだ。
僕は異端だったらしい。
魔王の子として生まれたにもかかわらず、強くなりたいとも、偉くなりとも微塵も思わなかった。
戦うことに、興味を持てなかったのだ。
代わりに興味が向いたのは、『他人』だった。
人間とか魔物とかは関係ない。
どう考えているのか、どんな生き方をしているのか、人によってそれぞれ違うこと。
それを知りたいと思っていた。
しかし、魔物の考えは殆ど同じだった。
「戦い」「憎しみ」「殺意」
そんなものを抱いて生きている者が過半数を占めていた。
つまらなかった。
そんなものを抱えて生きて、何が楽しいんだろうって思った。
だから今度は、人間に聞いてみることにした。
仲間たちの目を盗み、顔を隠しながら町に行き、人間の子供たちと話した。
彼らは違った。
色々な考えを持っていた。
面白かった。
人間に興味が湧いた。
僕は、人間の町に遊びに行くことが多くなった。
――――でも、世界は許してくれなかった。
拒絶、された。
それから僕は、人間への興味を心に伏せたまま、最低限のやる気で魔物として戦ってきた。
何年、何十年もだ。
それを今さら、「否定しろ」だって?
僕がどれだけそうしたかったと思っているんだ。
でも、出来なかったんだよ。
僕がそうすれば、僕以外の誰かが傷つく。
世界はそれを許してはくれない。
僕は僕の我儘を許さない。
君はそれでも、今の僕を否定するというのか?
今の僕を否定しろというのか?
いや、ダメだな。
頭の何処を探しても、許される道は見つからない。
つまらない世界を纏いながら、皆が僕を見ている。
僕に残されているのは、「君を倒すこと」しかないんだ。
※※ ※ ※ ※ ※ ※
望まない答えを出したロジェ。
ボロボロの心と体で再び立ち上がる。
「……僕は……君を……殺さなきゃいけないんだ……。世界に……許して貰うために……」
悲しみが心の底から滲み出ている。
それを動力とするような突撃。
顔は死者のようだが、攻撃の威力は生物の力が存分に込められている。
「……ぐあっ……!! あ……!!」
ロジェの突撃。
不意打ちだったこともあり、威力を殺すことが出来ず、愛用の剣を弾かれてしまう翔英。
「はあっ……!!」
ロジェの一撃が翔英にモロに入った。
だが、
「……ぐっ……!!」
痛みはあるが、翔英は立ち続けている。
ロジェの身体が元に戻っていることが影響した。
今の彼には、武器を顕現する魔能をコントロールできるほどの力が残っていないようだ。
「うおおっ!!!」
間髪入れず襲い掛かるロジェ。
丸腰の翔英はそれを回避し、彼の眼前に立ちはだかる。
「……分かったよロジェ……。受け止めるよ……お前の全てを……」
そして、拳で彼を受け止める覚悟を決めた。




