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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第九章
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第二百九十四話 『最高速度』

 「……『あの頃より』……だと……?」


 ヴァナベールが放った言葉。

 ラスドラーゴは飲み込むことが出来ない。

 彼との戦いの勝敗を分けるのは、種族としての差だと勘違いしていた。


 この年にして、まだ成長するのか。

 この男は。


 「……ああ、わしは生涯、進化を止めることはない。負けないためにな」


 年齢を感じさせないマッチョな肉体。

 見かけ倒しではなかったようだ。

 この肉体美こそ、彼のその言葉が紛れもない真実だという証。


 「……フフ……フフフフ……フハハハハハッ!!」


 宿敵の進化を理解したラスドラーゴ。

 思わず高笑いが飛び出してしまう。


 戦う前から、ヴァナベールは劣れていると、人間としての限界は訪れていると思っていた。

 それは拳を交えてからも、変わらなかった。


 勝ちを確信していた。

 と、同時に、四十年という時間を経ての勝利に、少々やるせなさも感じていた。


 しかし、その必要は全くなかった。


 このヴァナベール。

 更に強くなっているとは。


 「……それでこそ……倒し甲斐があるというものだ……!! お前の強さ、真正面から打ち破ってくれる!!!」


 「来いっ!!!」


 このような老いぼれた見た目となっていても、更に速くなっている。

 自慢のスピードを追い抜いて行くほど速く。


 そんな彼に対して驚異的な力を感じながらも、勝ちたいと強く思うラスドラーゴ。

 フルスピードで、最速の人間へと向かっていく。


 「はぁっー!!」


 だがやはり、


 「……!! うぬっ……!!!」


 ヴァナベールの攻撃を見切ることは出来ない。

 彼の拳が目に止まる前に、自身の身体は痛みと共に吹き飛んでいる。


 「本当に速いな……!! 信じがたい……!!」

 

 吹き飛ばされた先から、すぐに飛び出すラスドラーゴ。

 だが既に、ヴァナベールの姿は見えない。


 目に捉えらないほど、光速で動き回っている。


 だが、不思議とラスドラーゴの気分は悪くない。

 敵の進化を受け入れたことで、「必ず越えてやる」と思うようになっている。


 「音っ……!! そこか……!!!」


 地面を蹴る音から位置を予想するラスドラーゴ。

 目には見えていないが、狙いを付けて拳を振っていく。


 「くっ……!!」


 当然、当たらない。

 繰り出した拳は空振りとなり、無防備となったラスドラーゴは光速爺に殴り飛ばされる。


 「……!! ……速過ぎる……!!」


 目を凝らしても見えない。

 じっと待ち構えたとしても同じだ。


 ボディを狙っていては、攻撃を当てることなどほぼ不可能に等しい。


 「……ヴァナベール……。何をしたらこんなことができるんだ……」


 再び姿を現したヴァナベールに訪ねるラスドラーゴ。

 ヴァナベールは、大分息が荒くなっている。


 「……いや、そんなことを聞いても意味はないな……。お前は私よりも速い、それが事実だ……。――――だが……!! 最速の座を譲る気はない!!! この戦いで必ず越えてやる……!!!」


 劣勢に立たされるラスドラーゴ。

 逆境を跳ね退けるべく、不屈の闘志で向かい続ける。


 「はぁっ……!!」


 対するヴァナベールは息を整えると、再びラスドラーゴの視界から消えた。


 「……ぬうっ……!!」


 そのまま全くに反応できないまま、ラスドラーゴは攻撃をもらい続けていく。

 

 ジジイの拳とはいえ、鍛え続けてきた重さを備えた拳骨だ。

 ラスドラーゴの身体には、確実に痛みが溜まっていく。


 しかし、徐々に焦りが膨らんでいくのは、圧倒的優勢なヴァナベールの方だった。


 「(……耐えるのう……ラスドラーゴ……。やはりそう簡単にはくたばってくれぬか……)」


 激しい疲労。

 フルマラソンを走った後のように、呼吸が速くなっていく。


 ヴァナベール・ソルシードの『最速モード』


 これまでの長い人生で見つけ出した、肉体を一時的に活性化させる技巧で、スピードを数倍にする。

 

 只でさえ人間の最高峰にある、この老人のスピード。

 それが数倍の速度となれば、生物の目に映ることすらなくなる。


 しかし、そんな力がいつまでも維持できる筈がない。

 ヴァナベールの肉体が限界に近づく速度もまた、数倍となっている。


 彼が、当初から最速にならなかった理由。

 長く持たないから。


 今も一刻も早く、この戦いを終わらせようと猛攻を仕掛けるが、ラスドラーゴの意思は容易に折れてくれない。


 「(……チマチマ攻撃しても埒が明かんな。一気に、終わらせるか……」


 限界が目の前に迫ったことで、歴戦の老人は決着を急ごうと両腕を構える。

 最大加速のままに両手を胸に叩き込む、ヴァナベールの真骨頂。


 『双拳』の構えに。


 「……ヴァナベール……。……お前……本当に…………」


 ラスドラーゴもまた、満身創痍。

 越えると宣言したものの、この戦いの内になど到底不可能なことも分かっている。

 

 ただ、それでも、小細工抜きで、一子報いたい。


 「(……また消えた……!!)」


 世界の視界から消えるヴァナベール。

 ラスドラーゴが瞬きをした間に、胸に手が届く距離にまで侵入していた。


 「終わりじゃ!! ラスドラーゴ!!!」


 少年の小さな胸に、渾身の両腕が打ち込まれる。

 

 ヴァナベール・ソルシード、最高威力の技。

 常識を携えた生物ならば木っ端微塵になる力を、至近距離から両拳に乗せて放つ強力な一撃。

 

 「はっ……!!」


 ラスドラーゴもまた例外ではない。

 

 ジジイの姿を目に捉えた瞬間、長い人生に幕が引かれていくのが見えた。

 完全なる敗北を、感じ取った。


 しかし――――


 「!!? なんじゃ……!!?」


 確かに、両の拳はラスドラーゴの腹部に炸裂した。

 だが、その威力は、彼の身体に触れてから半減していた。


 ヴァナベールの最高速度が、殺されたのだ。


 「…………済まないな……ヴァナベール……」


 「!!?」


 ラスドラーゴの声を聞き、反射的に敵との距離を取るヴァナベール。

 だが、その退がる様も、ラスドラーゴの目にみえる程の物になっている。


 「(……身体が重い……!! しまった……!! 限界が来てしもうたか……!!)」


 大誤算。

 最後と決めた攻撃の直前に、時間切れ。


 そう理解したヴァナベールは、焦りと動揺を強める。


 だが、答えはそうではない。

 ヴァナベール程の男が、自身の限界地点を履き違える筈がなかった。


 「……どうやら……運命が私に負けることを許してくれなかったようだ……。……使いたくなかったんだがな……。私の……『魔能』は……」


 答えは、彼の力だ。

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