第二百九十三話 『光速の男』
中央都市、東。
この町に侵攻した者も、残りは一体。
その最後の相手、魔凰軍現司令、ラスドラーゴと聖鳳軍一軍、ヴァナベール・ソルシードが激突。
四十年ぶりに再会した二人の戦いは続いていた。
「……なんてことだ」
「……どうした?」
突然動きを止めたラスドラーゴ。
休憩がてら質問するヴァナベール。
ラスドラーゴはどこか悲しそうな顔をしながら、相対する老人に言葉を返す。
「……どうやら、私の部下や仲間は全滅したようだ。彼らの気を一切感じなくなった」
「……ほう。わしの同志がやったようじゃな」
「……ということはだ。残りは、私一人で片付けなければならない。心が折れるよ」
「安心せい。その必要はないぞ。貴様は今ここで、このわしに倒されるのだからな」
再度構えるヴァナベール。
長年の因縁の決着は、必ずつけなければならない。
各地にいる仲間たちも自らの仕事を果たしてくれた。
後は、自分がこいつを倒すだけだ。
「……ヴァナベールよ。……まだ、私に勝てると思っているのか」
「当然じゃ」
「ふっ、先程も言っただろう。この四十年前という月日は無情にも、私とお前の差を生み出してしまったのだ。……見せてやろう。その老いぼれた頭でも分かるようにな」
気持ちを切り替えたラスドラーゴ。
彼が先に動いた。
目に見えないほど速く。
光のように鋭く、ヴァナベールとの距離を瞬く間に詰める。
「……!! これは……!!」
反射的に腕でガードをするヴァナベール。
だが、ガードが組まれる前に、ラスドラーゴの拳は胸に打ち込まれた。
「ぬぅ……!!」
「まだまだっ!!!」
畳み掛けるラスドラーゴ。
小さな子供が、マッシブな老人を圧倒していく。
一撃の威力はそれ程ではないが、計り知れない「数」で叩きまくり、ヴァナベールの表情を曇らせていく。
強力な仲間と付き合いの長い部下の敗北が、彼の拳により重みを乗せているようだ。
「はっ……!!」
お返しも出来ないまま叩きつけられるヴァナベール。
四十年前より更にスピードを増した連続攻撃が炸裂した。
「……分かったか、ヴァナベール。これが、今の私との力の差だ」
「…………うむ……」
「……悲しいことだな。お前は、老い過ぎたのだ」
かつての二人は、ほぼ互角だった。
だが、四十年という長き時を経て、その力に種族としての差が作られていた。
今の二人の姿からも強く感じられる。
ラスドラーゴの姿は、あの時と何一つ変わらない、少年のままだ。
対するヴァナベールの姿は、肉体の外見こそ衰えてはいないものの、拳を振るうには年を取りすぎてしまっている。
この四十年間。
人間と魔物の能力の差が、目に見えるほど強く表れていた。
「……もはや今のお前では、私の宿敵と呼ぶに値しない。……どうせなら、もっと早く、お前との決着をつけたかったよ。お前がそんな、醜い姿になる前にな」
ラスドラーゴが見せているのは、哀れみの目。
かつての自分を倒した程の者の劣化を嘆くような、そんな目をしていた。
「さらばだ。亡霊」
名残惜しい気持ちを抑え、高速で手刀を繰り出すラスドラーゴ。
だが、その攻撃は――――
同じく高速を纏った拳に跳ね返された。
「!!? なんだ……!? 今の……」
「ふぉぁっ!!」
動揺した一瞬の隙に、顔面を殴られるラスドラーゴ。
痛みと衝撃にまみれながら、今度は彼が地面に横たわる。
「……ば、馬鹿な……!?」
「お返しじゃっ!!」
更に一撃。
重い蹴りが入り、少年の身体は宙に浮かぶ。
「……!! み……見えない……!! な……なぜ見え……」
「おりゃぁ!!!」
宙に舞った一瞬。
無防備になったラスドラーゴを叩きつけるヴァナベール。
痛みに悶絶しながら、ラスドラーゴは何とか立ち上がる。
「……そんな……。……見えないだと……。……どうなってる……」
だが痛み以上に、精神的な動揺が大きい。
「攻撃が見えない」
そんな体験は、初めてのことだから。
信じられない物を見る目で、ヴァナベールを睨むラスドラーゴ。
爺さんは息を切らしながらも、不敵に笑って見せている。
「……どうじゃ……ラスドラーゴ」
「……!! ヴァナベール……貴様!! 何をしたんだ……!!」
「……何って、別に何もしとらんよ。その焦り様。……まさか、老いすぎたわしの動きが見えんのではあるまいな……?」
「!! ……そんな…………。そんな筈が……!!」
「……ないと思うか?」
ラスドラーゴが言葉を終える前に、ヴァナベールは彼の懐に侵入していた。
そのまま流れるように腹パンを噛まし、痛みを感じるより速くラスドラーゴを吹き飛ばす。
「……あり得ない……。……こんなこと……あり得るはずが……」
彼の理解は追い付かない。
全ての魔物の中で『最速』の魔物。
スピードのみであれば、魔王・ザラボラスをも軽く凌駕することができる。
そんな自分が、唯一出会った同等以上のスピードを誇る人間が、ヴァナベール・ソルシードだった。
しかし、それでも、『同等以上』だ。
明確な差が有った訳ではない。
だが、これでは、完全に自身のスピードを超越している。
しかも、あれから四十年も経っているのだ。
人間の寿命の半分程の時が経過しているのだ。
差が出来ているはず。
あの時よりも、衰えているはず。
だのに、なぜ……
「どういうことだ!!! ヴァナベール!!!」
普段は軍のトップとして振る舞っている彼。
あり得ないほどのショックを引き金に、声を荒げて激昂する。
名前を呼ばれたヴァナベールは、
「何をそんな動揺しとるんじゃ?」
呼吸を整えながら、疲れを感じさせないように笑顔で近づいていく。
「何をしたかと聞いているんだ!! 私が見えないなんて……そんな筈はない!!! 何か小細工をしたのだろう!! お前らしくもない!!」
「……おいおい、ラスドラーゴよ。貴様、この四十年で頭が悪くなったんじゃないか?」
「……なんだと!?」
「わしはただ、本腰を入れただけじゃよ。ちと、本気を出しただけじゃ」
「……!? ふざけるな……!!! 今のお前の……老いたお前の動きを私が捉えられないなんて……そんなこと……!!」
「わしはあれからも、己の限界に挑み続けた。年齢なんてものは、越えるためにある。――――今のわしは、あの頃よりも速い」
最速を目指し続けた男。
彼の速さの成長に、終わりはない。




