第二百九十二話 『古の魔王』
「――――ここは…………」
翔英を追い掛けるため、単独で飛び出したヒナノ。
彼女が飛ばされたのは、やはり魔物の本拠地。
だが、翔英が飛ばされた場所とは、また別の地点。
ここは、「魔王の間」だ。
魔物たちが一斉に飛び立った場所と同じ。
先程まで、ここにはロジェとミワルナも集合していた。
しかし今は、誰もいない。
「……ショウエイくんは…………きっと向こうね……」
前方に扉が見える。
この場にいない翔英は、あそこから行ってしまったと予想するヒナノ。
彼の後を追い掛けるべく、ヒナノもその扉へと向かうが。
「……!!! な……!! 何……!? この巨大な……!!」
後方から感じたことのない、途方もない強大な力を感じ取った。
これまでに自身が遭遇して来た魔物とは比較にならない、先程中央都市で感じられた物よりもさらに強い力だ。
「……誰……。……いや、間違いない……」
ここは魔物の総本山。
感じられるこの巨大な力は、敵の親玉の物だと予感するヒナノ。
中央都市に来ていたのはこいつの部下。
ボスはここで待機していたのだということも。
「……私一人で来ちゃったのミスったかな……。……いや、早くショウエイくんを探さなきゃ……。…………まさか……」
魔王の間から出ようとするヒナノ。
だが、翔英が向かったのは、この先という可能性を考える。
この力の持ち主。
一人で立ち向かえば、死は避けられない。
「……いやいや、ショウエイくんならきっと、勝ち目のない戦いは避けるはず。……ここには、助ける命もないはずだし……」
翔英が向かった先は、この部屋の外という結論を出すヒナノ。
今度こそ、翔英を追い掛けるべく、進んでいく。
……つもりだったが。
「何処へ行く?」
「……!!?」
轟くような声が頭の中に鳴り響き、ヒナノの動きは停止した。
間違いなく、向こうから飛んできた声。
ヒナノは後方一転へと、警戒を集中させる。
逃亡することはできない。
背を向ければ、扉に手を掛けるより前に首が落ちる匂いがしたから。
「……貴方は……誰……!!? 出てきなさい……!!!」
大声を出して恐怖を振り払おうとするヒナノ。
その声には、普段の自信は宿っていない。
「言われなくても、今行くところだ」
「え……!!」
ヒナノの視線の先にある壁が開き、その奥からゆっくりと歩いてくる影。
ヒナノはただ、彼が姿を見せるのを見ていることしか出来ない。
不意打ちが通じるような相手ではない。
それに、戦闘を自分から仕掛けるのは得策ではない。
「まさか最初にここに来るのが、人間とはね。ちょっとだけ驚いたよ」
姿を現した。
巨大。
だが、スマートな体型をした、壮年の魔物。
シンプルな見た目をしているが、それ故の怖さが中心には溢れている。
「……貴方は……?」
「ザラボラス。お前たちの呼び名で、魔王と呼ばれる者だよ」
「……!! ザラボラスって……まさか……!!」
「そう。そのまさかだ。四十年前に、お前たちの頭に敗れた、敗者だね」
ヒナノ・スエリアは、いや、聖鳳軍に所属している者ならば、その名前を知らない筈もない。
彼こそ、聖鳳軍が誕生するきっかけとなった魔物であり、ラスドラーゴ達を率いて、人間に戦いを仕掛けた男。
いうならば、全ての魔物の創始者だ。
「……なるほどね……。それならこの馬鹿みたいな圧にも納得がいくわ……。……それにしても、生きていたなんてね……。話では、貴方は封印されたと聞いていたけれど……」
「復活したのだよ。あの時のリベンジのためにね」
「……寝てたらいいのにね」
「ああ。まだそのつもりだった。何しろ、まだ力が戻りきっていないのでな。だから今は、ラスドラーゴ達に任せたのだ」
「(……これで、戻りきってないというの……?)」
話でしか聞いたことが無かった伝説の魔物。
実際に目の当たりし、その圧倒的な生物としての力を感じとる。
もし彼がフルパワーになってしまえば、今度こそ、人間が敗北する時が来てしまうであろうことも。
「……だが、この四十年で、人間も大きく進化していたようだな。ダクライズ、マビュート、ハビニックまで始末するとは。予想外だったよ。町へ向かった俺の部下も、ラスドラーゴ一人になってしまったな」
「……で、なぜ今、貴方は出てきたのかしら……?」
「それも今言うつもりだった。ラスドラーゴ一人では、聖鳳軍を全滅させることはできない。ダクライズ達を殺すほどの相手だしな。となれば、俺が行くしかない。でだ、お客さんをもてなしがてら、ブランクを取り戻そうと思ってな」
「……そういうこと……」
やはり戦闘は避けられない。
だが、ザラボラスの台詞から、仲間が駆けつけてくれることも期待できる。
それに、ただで負けてなんかいられない。
敵を目の前にして、逃げるわけにはいかない。
ティローナだって、ソルだって命を懸けた。
今度は、自分の番だ。
ヒナノ・スエリアは顔を上げた。
それに、少し安心したこともある。
翔英は、こいつと戦ってはいないようだ。
彼は別の場所に行っている。
「いいわ。どうせ貴方を倒さないと、平和は来ないものね。ここで会ったからには、覚悟してもらうわ」
震えがない訳じゃない。
でも、やるからには全力でやるしかない。
まだ全快ではないと言っていたのが救いだ。
「いい顔だな。やる気になってもらって嬉しいよ。どれくらいその顔が持つか楽しみだね」
対する魔王も、四十年ぶりに拳を構えた。
ヒナノ・スエリア。
寝起き一発目には申し分の無い相手だ。
「……と、その前にだ。申し訳ないが、場所を変えるよ」
「……!! なんですって……!?」
「何をそんな驚いているんだ。一応ね、この部屋はこれからも大事に使っていく部屋なんだよ。俺やお前の力で、壊れてしまったら悲しいからね」
「……安心しなさい。壊さないように戦ってあげるから」
「いいから」
「!!?」
ヒナノが反応するよりも速く、ザラボラスは足を離していた。
岩盤に叩きつけるようにヒナノを運びながら、部屋を飛び出していく。
「ようし。ここならいくら暴れても構わない。さあ、始めようかな」
「…………乱暴ね」
辿り着いたのは地下。
本拠地の外。
先んじて、敵将との戦いが始まった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
舞台は戻り、中央都市、東。
残された最後の魔物、司令ラスドラーゴ。
そして、聖鳳軍最古参、ヴァナベール。
両者の戦いも、熾烈を極めていた。




