第二百八十九話 『ミワルナ』
彼女の名前を呟きながら、目を見つめるリュノン。
ミワルナの物とは異なり、その瞳にはかつての光が宿っている。
でも、ルージェは頷かない。
「……ルージェ……。俺が許せないのは分かるよ……。俺も……俺を許せないし。……でも、お前が苦しむのは見てられない……!!」
「……苦しむ……? 何言ってるのお兄ちゃん。私は、苦しんでなんかない!!! …………楽しいよ、楽しんで壊してるの……!!!」
リュノンがルージェに気付けなかった理由。
確かに声は一緒だ。
だが、ルージェは決して声を荒げることはなかった。
常に、不機嫌さを煮詰めたような話し方をするミワルナの声とは一致出来なかった。
しかし今のルージェの声は、ミワルナと一緒だ。
だが、
「嘘だよ!! ルージェ……!! そんな訳無い……!! 記憶も戻った……!! お前は人としての人生を送っていいんだ……!!」
無理やり寄せているような感覚がある。
声色も話し方も、ミワルナに近づけているような。
それは本当のルージェの言葉じゃない。
そう思ったリュノンは、彼女の本心を聞き出そうと、説得に身を投じる。
「……人として……? ……ハハ……ハハハ……!! お兄ちゃんも冗談が上手くなったわね……!! ……これのどこが……!! どこが人なのよ……!!!」
だが、リュノンの言葉はルージェを激昂させた。
ルージェはドレスを捲り、空白となっている身体を見せる。
「人としての人生」なんて、もう掴めないことをアピールするように。
「関係ないよ!! ……確かに、人として許されないことをしたかもしれない……。……でも、もうそんなことする必要はないだろ……!! これからは罪を償えるように、人として生きればいい……!! これ以上、壊さないでくれ……!!」
犯した罪を無視することは出来ない。
でも、世界でただ一人の家族には生きていて欲しい。
それに、ルージェを壊してしまったのは自分だ。
幸せを奪っていたのはミワルナだ。
通らない言い分だということは分かっていたが、リュノンは残りの人生を彼女の為に使うと決めていた。
しかし、ミワルナとしての記憶も、自分の記憶として宿っているルージェ。
これまでの暴挙は、全て自分の意思によるものだと。
今さら、「ミワルナのせい」になんて出来る筈がない。
肉体もそうだ。これは魔物としか言い様がない。
ルージェの考えは変わらない。
「……分かってないね、お兄ちゃんは。言ったよね。私はあなたを許さないって。……今でも私の心には、あなたへの憎しみが溢れているの……。……あなたを……殺したいと思ってるの!!!」
ルージェに戻ったとはいえ、全てを壊すその能力は健在。
近くに立っている足だけの建物を削って見せる。
「……ルージェ……」
「さあ、戦うよお兄ちゃん。さっきの続きをやろ。……ほらっ、これ拾って」
近くに落ちていた兄の短剣を投げるルージェ。
両手を構え、戦闘態勢に入る。
リュノンは立ち止まったまま動かない。
正体が分かった今、再び戦意を宿すことは出来ない。
なんとかして、戦わない道を考える。
「……ルージェ……。……俺はお前とは戦えない。……俺のことが許せないなら、俺を殺してくれても構わない。俺を殺した後は、人として生きるって約束してくれるなら……」
致死量の衝撃を浴びたリュノンは、ルージェからミワルナを引き剥がすことに全力を注ぐ。
彼女の憎しみが自分に有るというのなら、自分と一緒にミワルナを消してしまおうと。
それを聞いたルージェは、心底失望したように、ため息交じりで口を開く。
「…………本当に、情けないね、お兄ちゃん。……お兄ちゃんは今、聖鳳軍なんでしょ? 世界を救う偉い人なんでしょ? ……だったら、私みたいな悪い奴は倒さなきゃ」
「……悪い奴じゃない……!! お前が……悪い奴な訳がないだろ……!! お前は、ルージェ・アーリーなんだから……!!」
「……だからさ、お兄ちゃんが知ってるルージェなんて、もうどこにもいないんだよ。今のルージェは、世界を破壊する極悪人でしかない」
「違う……!! いる……!! ここにいる……!!! だから、帰ってきてくれ……!!! 頼む……!! ルージェ……!!!」
「…………じゃあいいよ。望み通り、殺してあげる。でも、そんな約束なんて守らない。お兄ちゃんを殺した後も、私は、いっぱいいっぱい殺す。この身が滅びるまで、壊し続ける。それでもまだ、戦わないと言い続けるの?」
「………………それは……」
「もうっ!! お兄ちゃんの馬鹿っ!!!」
能力は使わず、リュノンを殴り飛ばすルージェ。
その力は少女の物ではなく、口から血を流しながらリュノンは倒れる。
「どうして戦わないの!? お兄ちゃん言ったじゃない!! 護りたい者が私以外にも出来たって……!!! 殺すよ!? 私が!! その子達!! それでもいいの!!?」
「…………ダメに決まってんだろ……そんなの……」
「じゃあ立ってよお兄ちゃん!! 私と戦ってよ!!!」
「………………」
「…………そっか、私がルージェに……人間に見えちゃってるのがダメなのかな……」
目を擦り、咳払いで声を整えるルージェ。
開いた目は殺人犯のように鋭く、声はドスの聞いた物になっていた。
「……おいてめえ!! さっさと立てよクソゴミ!!! マジ殺すぞ!!? てめえよりも先に、向こうにいる人間どもをね!!!」
「……ルージェ……」
さっきまで嫌という程聞いていた罵詈雑言だ。
また妹が極悪非道な罪人に見えてくる。
それでも、こいつはルージェだ。
「うっっせぇよ!! まあ、てめえみたいなカスにゃどうせあたしは倒せねえわよね!!! ハハハハハッ!!! いいわよ? そういうことなら、先に……あっちにいるゴミどもを片付けるとするかしら!!?」
ルージェが指差した方向。
町の出入口。
中央都市の人間は全員、避難は終わっているが、別の町では普段通りに過ごしている人が大勢いる。
この町で聖鳳軍が破れれば、彼らにも危険が及ぶが、食い止められれば問題はない。
だが、ルージェは標的をそちらに向けた。
食い止めようともしない戦士もどきから目を背け、次の獲物を狩りに動き出した。
……それを目の当たりにした、彼は――――
「……ダメだ……それが一番ダメだ……!! お前にこれ以上罪を背負わせること……お前の手で誰かの命を奪うこと……それだけは……!!! 絶対に避けなきゃならねえ……!!!!」
ようやく、重くなりすぎた腰を上げた。




