第二百八十八話 『助け合わない』
――――九年前。
貧しくも平和に暮らしていた二人の生活は、突然の来訪者によって終わりを告げた。
その元凶となったのが、盗賊団を率いていたグランデという男。
彼らに追い詰められるリュノンだったが、ルージェが自らの身を差し出すことで助けられた。
それから、リュノンは盗賊団と妹の行方を探し続け、ようやくその因縁にも決着をつけたと思っていたが――――
ルージェはアジト内に監禁され、しばらく経った後「売られた」。
整った顔立ちと若さを備えたルージェを欲しがる者は多く、高値で売り飛ばされた。
そこで彼女に訪れたのは、紛れもない『地獄』だった。
自由はない。
権利もない。
ただ、利用されるだけの日々を送っていた。
それでも、彼女が生きることを辞めなかったのには、『兄』の存在があった。
今も何処かで生きている兄。
彼が同じ世界に生きているならば、この人生にまだ『希望』はあると、そう思えた。
もう一度、会いたい。
もしかしたら、ここから出られる時が来るかもしれない。
それにきっと、兄は自分のことを探している。
彼は言ったのだ。
『お前だけは絶対に護る』と。
過度な期待は虚しさを増長させると分かってはいたが、どうしても彼の助けを頭に入れざるを得なかった。
実際、その頃リュノンは、それだけを使命として生きており、ただひたすら妹の行方を追っていた。
しかし、この場所で二人が再会することは出来なかった。
ルージェを買った人魔の居場所。
それ自体へは、リュノンはやがて辿り着いた。
だが既にそこにはルージェはおらず、リュノンは別の理由で目を付けた。
リュノンが来る前に、彼らは襲われていたのだ。
魔物の手によって。
偶々近くを通り掛かったレウラ軍が、彼らとちょっとしたトラブルになり、彼らは皆殺しにあった。
その混乱に乗じてルージェは、牢獄から脱出。
――――とは、いかなかった。
彼女の足は、使い物にならなくなっていたから。
また、ルージェは心を擦り減らしており、美しかった瞳は漆黒を帯びていた。
その姿を不憫に思ったレウラは、当初はそのまま殺そうと考えていたが、ルージェを連れて帰ることにする。
ルージェは「兄を探してください」とレウラにお願いしたが、「なんでお前の言うことを聞かねばならんのじゃ。殺してもよいのじゃぞ」と聞いてもらえなかった。
レウラは本部へと彼女を連れ帰ると、足を治してもらうためにラスドラーゴとマイヤールの元へ連れていった。
ルージェは二人に事情を説明する。
「私を探している兄の元へ連れていって欲しい」
と。
この時のルージェは、見るからに人間ではない彼らにも頭を下げるしかなかった。
だが、彼らもまた、首を縦には降らなかった。
彼らはこう言った。
「君の兄はもう、君のことなど忘れて幸せに暮らしている」
「長い間君を助けに来なかったのがその証明」
だと。
当然、ラスドラーゴとマイヤールの戯れ言ではあった。
この少女の心に深い闇を見た彼らの狙いは、戦力として仲間にすることだった。
当然、ルージェは二人に反論した。
「兄はそんな人ではない」
と。
だが、彼らも言葉を返す。
「じゃあ、そいつに会わせてやる」
と。
リュノンはまだ無名であったが、各地に散らばるネットワークを活かせば身元の特定など容易だった。
数日後、ラスドラーゴとマイヤール、そしてルージェは、リュノンが住んでいる中央都市へと向かった。
移動手段は、ラスドラーゴが移動に用いている「闇の雲」だ。
だがこの時既に、魔凰軍はルージェに対して『攻撃』を仕掛けていた。
足を直した際、人間を魔物にする霧状の薬品を打ち込んでいた。
たとえリュノンに会えたとしても、その前にルージェがこっちに来るように。
ルージェは限界だった。
ただ、それでもまだ、兄への想いはまだ心に残っていた。
兄に対する憎しみの芽が無いとは言えなかったが、それでも最も強かったのは兄に会いたい、好意的な気持ちだった。
中央都市に着く前に、再会は訪れた。
いや、「再会」は出来なかった。
先に発見したのはルージェの方だった。
だが、彼女はリュノンの元へ向かうことが出来なかった。
彼のその姿は、限界を迎えつつあったルージェの感情を一気に破壊するようなものだったから。
――――笑っていたのだ。
二人の小さな女の子と手を繋ぎながら、楽しそうにお喋りをしながら歩いていた。
その姿を見たルージェは、『弾け飛んだ』。
心も感情も肉体も全て、音を立てながら弾け飛んだ。
リュノンの幸せそうな姿が引き金となり、ルージェの全てを破壊した。
彼女が目覚めたのはその三日後。
魔凰軍の本部の中で、魔物としての目を覚ました。
その際、彼女は記憶と肉体を失っていた。
ただ、本能で破壊を生業とする、悪魔のような少女と化していた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――ね? 分かったでしょ? 私がどうして魔物になったのか。お兄ちゃんが許せないからだよ。私がいないのに、ニコニコ笑っていたお兄ちゃんが」
「…………ルージェ……。……ごめん……ごめんルージェ……!! お前が近くにいたのに気付かなかったなんて……!! お前だって気付けなかったなんて……!!!」
「……それもそうだけど…………笑ってたことは謝らないの!!!? そもそも誰なの!!? あの子達!!!」
「……それは、謝れない……。あの子達は、護るべき、大切な子達だから……」
「!!? 私よりも……? ……私よりも!!? 私を探さないで、あんなのを大切にしてたってわけ!!?」
「探したよ……!! お前のことを忘れた日なんてない、お前を探さなかった日なんて一度もない……!!! あいつら……グランデ盗賊団だって倒したんだ……!!! でも……お前は見つからなかった……」
「…………盗賊団を…………」
「ルージェが一番大切だ……!! ルージェ以上なんて俺にはない……!! でも……大切なものって一つじゃない……!! あの子達も、俺の生きる理由の一つなんだよ……!! 親を失って、途方に暮れてて、俺やお前みたいな思いをしたから、幸せに生きて欲しいんだ……!!」
「…………そうだったんだ……。……やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんだね」
「ルージェ……!!!」
「……でもね。私がこんな目にあったのはお兄ちゃんのせいだから、私はお兄ちゃんを絶対に許さないよ」
「……!! ルージェ……」
助け合い、支え合い続けてきた二人。
その手を交えるには、遠くへ行きすぎた。




