第二百八十七話 『目醒め』
――――いや……そんな訳がない。
散々見ただろう。
この女の暴挙を。
破壊されていく町を。
あり得ないだろう。
何も言ってこないなんて。
そんな素振りを見せないなんて。
何がどうなったらそんな考えになるんだ。
……それよりも、
せっかく得たこの隙を逃すわけには行かない。
リュノンは短剣を握り直し、動きを止めているミワルナへと斬り掛かった。
しかし、
「……はぁぁ!!!」
時間を与えすぎたのか。
ミワルナが攻撃を再開、再びリュノンは回避を強いられた。
「くそっ……!! しまった……!!」
許されないミス。
訪れた絶好の隙を無駄にしてしまうなんて。
しかも、自分の愚かな考えが原因なんて。
「……ハ……ハハハハッ!! あいつが死んだからなんだってのよ!!! また……別のを探せばいいだけの話じゃない!!!」
叫ぶミワルナ。
心なしか普段よりも声量が大きい。
攻撃が止まったため、ミワルナの目をもう一度見るリュノン。
それを見たリュノンは頭を痛めた。
やはり被る。
心無い言葉を喚き散らしているのは同じだが、これまでとは目が違う。
「それにてめえ……!! なぜあたしへの攻撃を止めたんだ……!! 舐めたマネしてくれるじゃないの……!!?」
結構距離が離れているにもかかわらず、物凄い形相で話し掛けてくるミワルナ。
リュノンは警戒を維持し、ゆっくりと近付きながら口を開く。
「……勘違いしちまったんだよ。何でか知らねえけど、お前が俺の大切な人と被ってな……」
確証を得たかったのか。
僅かに有る戸惑いを完全に消し去りたかったのか。
リュノンは、正直に述べながら言葉を返す。
対するミワルナは、顔をしかめながら怒り出した。
「……なんだそれ!!? 気もっち悪ィわねえ!!? 『大切な人』ォ!? そんなクソみてえな理由で攻撃を止めるとか、てめえ戦い向いてないわよカス!!!」
その姿を見たリュノンは、安心した。
罵詈雑言を止めないでいてくれて、良かったと。
これなら、殺りやすい。
「……ホッとしたぜ。お前がルージェな訳ねえわな。――――さあ、再開と行くか……!!」
そんなことを一瞬でも考えてしまった自分はどうかしている。
そう思い剣を構えるリュノン。
……だが、
「………………は?」
ミワルナが反応を示した。
示してしまった。
彼が呟いた名前に、普通ではない反応をとっている。
「…………ルージェ……。ルージェって誰よ……」
「……俺の妹の名前だ。お前には関係ない」
「………………妹……? てめえには妹がいるの……。…………てめえの名前は……? ……兄の名前は……?」
「……リュノン。リュノン・アーリー。……それがどうしたんだ……!! なんで今更、俺の名前なんて聞く!? これ以上の質問には答えねえぞ!!」
「…………リュノン……アーリー……。……妹の名前は……ルージェ……アーリー…………。ううっ……あああっ!!! いやあああああっ!!!」
「…………!?」
凄絶な悲鳴。
先程、能力を開花させた際にも叫び声を上げていたミワルナ。
だが、あの時の叫びとは一線を画している。
前のは化物が光に向かって吠えているようなモノだったが、今回のは――――
苦しみを起源とする、人間の叫びだ。
「……何なんだ……!! ……またさっきみたいなのか……!? ……どうすれば……!!」
「わおあああああっ!!! ああ……!! 頭が……!! 頭がぁ!!!」
「……いや、これは、仕留めるチャンスと捉えるべきか……!!」
接近するリュノン。
同じミスは出来ない。
苦しむ少女の顔に刃を突き立てた。
リュノンの一撃が効いたのか。
叫びが止まった。
二人に沈黙が訪れた。
次の手を繰り出すことができない。
ミワルナの目が、リュノンを金縛りにしている。
早く、早くこの戦いを終わらせたいのに。
これ以上、この目を見るのはマズい。
こいつと関わるのはマズい。
終わらされなければ。
敵として処理しなければ。
「………………お兄ちゃん……?」
「…………え…………」
呼吸が止まった。
剣を刺したまま、硬直。
震えで力が入らなくなっていく。
「お兄ちゃん……」
「……ふざけるな!!!! 止めろ!! 誰がお兄ちゃんだ!!!」
「……違うよ。……お兄ちゃんでしょ……? あなたは、ルージェのお兄ちゃん……」
「……そうだ!! 『ルージェの』な!!! たった一人の妹だ!! 俺をそう呼んでいいのはルージェだけだ!! お前には呼ばせない!!!」
「会いたかったよ……。お兄ちゃん」
「…………は……? ……おい……止めてくれよ……。……許されないぞ……そんなセリフは……」
頭が真っ白になっていくリュノン。
思わず膝から崩れ落ちる。
敵の戯れ言。
そう思うことができない。
「目」だけでなく、声も、喋り方も、何より自分を呼ぶ声が一致している。
それだけで、何も考えられなくなっていく。
「何年前だっけ……? 『あの日』は。私が、盗賊団の人たちに連れて行かれたあの日。もちろん、お兄ちゃんは覚えてるよね?」
「……あ……ああ…………」
「……私が嘘言ってないって、分かってくれた?」
「…………ルージェ……なの……?」
「そう。リュノン・アーリーの妹。ルージェ・アーリー」
「……ちょ……ちょっと待ってくれ…………。……お前が……生きていたのは……物凄く嬉しい……。けど……何なんだ……その姿は……。……なんで、こんなことになってんだ……。なんで……俺はお前を殺そうとしてるんだ……」
「何言ってるのお兄ちゃん。……それは、私が最低最悪の魔物だからでしょ!!!!!」
彼女が動いた。
顔に突き刺さっている短剣を抜き、打ちひしがれるリュノンを蹴り飛ばす。
「がっ……!!」
力なく転がされるリュノン。
激しく息を切らしながら、現実を見ようと閉じようとする目を向ける。
「……私も嬉しいわお兄ちゃん。もう一度、あなたに会えて。……だって私……あなたを殺したいと思ってたから」
「…………何なんだ……。何なんだよ……。……本当に……」
言わなきゃ良かった。
このまま、ミワルナとして倒せば良かった。
念願の再会の筈なのに、兄は絶望が止まらない。
「……と、その前に、『あれから』のことを話しておきたいな。お兄ちゃん、聞いてくれるよね?」
部下の死と兄の言葉をきっかけに全てを思い出した妹は、起きてしまった現実を伝える。




