第二百八十四話 『悪の姫』
リュノンの刃が、悪の胸に突き刺さった。
しかし、リュノンの表情は硬い。
「攻撃をした」という感覚がないから。
それに、笑っている。
邪悪な笑みを見せながら、笑っている。
「…………ハハ」
「……!?」
「アハハハハハハハハァ!!!!」
耳を塞ぎたくなる程、甲高い声で喚き出すミワルナ。
ナイフを刺されながらという状況もあり、リュノンに前例の無い恐怖を与える。
そんな彼の顔を嬉しそうに眺めるミワルナ。
そして、金のドレスをめくって見せた。
「なっ……!!? なんだそれ……!!」
内側を見たリュノン。
化物を見るような目でドン引きする。
――――空っぽだ。
ドレスの下には身体が無い。
彼女が着ている服は、裸体を隠すための物ではなく、空洞を隠すための物だった。
顔はある。
手足もある。
ただ、身体が無いのだ。
リュノンの攻撃は、ただ空洞を素通りしただけだった。
「残念だったわねえ!!!!」
動揺で動きを止めたリュノンに襲い掛かるミワルナ。
だがそれも間一髪、持ち前のスピードで回避する。
「お前……どうなってんだよ……それ……」
回避した先で尋ねるリュノン。
戦闘中ではあるが、あまりにも奇妙な光景に戸惑ってしまった。
ミワルナの方も攻撃を止め、ドレスをひらひらさせながら言葉を返す。
「面白いでしょ!? あたしの身体、ドレスと一体化してんのよ!!」
「…………はあ……? 意味分かんねえよ……」
「あたしにはいらないのよ。身体なんてね。軽いわよ!!!」
「……なるほど、お前の妙な動きはそれか………………じゃなくて……!! なんで一体化してんだよ!! 怖すぎるんだけど……!!」
「てめえには分からないだろうね。この身体の良さが」
「……!! ……くそっ……!!」
最初に見た時から、この女から並々ならぬ恐怖を感じていた。
爆弾と喋っているような、そんな感覚を持っていた。
この身体も、その思考も、やはり未知の物だ。
到底理解を示すことはできない。
早く決着をつけなければ。
倒さなければ。
中身も外見も、こいつは絶対これ以上世に放してはいけない化物だ。
リュノンは再び、戦闘の構えに入った。
ミワルナも両手を広げ、彼を世界の塵にしようと動き出す。
「(……胸は刺せない……。狙うとしたら、首しかない……!! ……いや、待てよ……あいつの首って斬れんのか……!?)」
「消えろやっ!!!」
色々考えている間に仕掛けてくるミワルナ。
攻撃の動作が全く同じ。
何発も見てきたこともあり、難なく回避するリュノン。
「避けんな!! クソゴミ!!!」
ミワルナの追撃を華麗に躱しながら、攻撃の手を考えていく。
彼女には身体が無い。
首から下も、何にもない。
首までしかないのに、首って落とせる物なのだろうか。
他に狙えるとしたら手足か顔な訳だが、そんなとこを狙って倒せるのだろうか。
「(……いや、考えても仕方ない……!! とりあえず首だ……!!)」
今更だ。
相手が女と言えど、リュノンには関係ない。
斬れるか分からない首を狙うことを決める。
三体の分身を操り、一斉にミワルナを囲んでいく。
「(行くぜっ……!!)」
ミワルナの単調な攻撃を避けながら、同時に攻めていくリュノン。
狙いは顔面の下。
一気に切り拓く。
「そらっ……!!」
攻撃を搔い潜り、首に一閃。
だが、やはり手応えは無い。
「死ねえ!!!」
「危ね!!」
また回避を強いられるリュノン。
身体が無い敵なんて、どうやって倒せばいいのか分からない。
というか、このままではジリ貧だ。
「(……しょうがない……気は進まねえけど、顔面に仕掛けて戦闘不能にするしかねえ……)」
今度は顔面狙い。
凶悪なツラに鉄槌をお見舞いに行く。
リュノンのスタミナ切れを狙っているのか。
相も変わらずミワルナは『それ』一辺倒。
「はっ……!!」
「ぎいやっ……!!」
パンチ炸裂。
普通に聞いている。
やはり狙いは顔しかない。
「……ここだっ……!!」
今度は剣。
顔面への短剣の一撃が決まった。
「ぎゃあああ!!!!」
「!? 効いてる!!!」
今日一番の叫びを上げるミワルナ。
勝てるという気持ちが後押しされる。
「おらあっ!!」
「いやああああっ!!!!」
女の子の顔面とか知ったことではない。
立て続けにミワルナの顔に十字を刻む。
「!? 何だ……!?」
だが、三回斬ったところでリュノンは手を止めた。
ミワルナの様子に異変が見えたから。
普段のイカれた表情に、更に磨きが掛かっている。
手足はピクピク震え始め、虚ろな目で上空を見上げる。
そして――――
「ゥァァ!!! ァァァ!!!!」
悪魔のような叫びを上げた。
「……!! やばい……!!」
それを見たリュノンは、本能的にミワルナとの距離を取った。
リュノンの選択は正解。
ミワルナの範囲の物が削られて無になっていく。
彼女が描く軌道に起こる物と同じ光景だ。
「……これは……!! まずいぞ……!!!」
だが、破壊のスピードはリュノンの足を超えている。
通り過ぎたばかりの家が、見るも無残な姿になっていく。
「……そおらっ……!!」
リュノン、緊急回避。
共に逃げる分身たちに本体を投げ飛ばしてもらい、すぐさま残った分身は消去。
一旦、破壊の連鎖との距離を伸ばす。
「……はあ……はあ……危なかった……」
必死に進んだところで破壊は収まった。
どうやら、ミワルナから半径五十メートル程が範囲のようだ。
ミワルナを確認するリュノン。
彼女は普段の姿に戻り、ニッコリしながら此方を見ている。
「ありがとね!!!」
「……………何言ってんだあいつ……」
「てめえのおかげで、なんか新しい力を覚えたわ!! お礼にこいつで、ぶっ殺してやるよ!!!!」
「……そういうことかよ……」
執拗に顔を傷つけられたショックにより、眠っていた力が呼び起こされた。
これで、彼女に近づくことすら、出来なくなってしまった。
「――――さあ!!! もう一度、あたしを殺しに来なさいよ。すぐに殺してあげるからさ!!!!」
「……マジでやべえな……こいつ……」
勝機が随分遠くへ行ってしまった。
成長する狂気の敵を前に、リュノンは肩を落とした。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして、少し前。
リュノンとミワルナが暴れ回る近くでは――――
「ひー。来ないでくださいよー」
「………………………」
もう一つの、小さな戦いが起こって?いた。




