第二百七十四話 『天使』
「――――嘘……でしょ…………」
死闘が続く中央都市。
ダクライズに続き、マビュートまでも撃破したが、その代償は大きい。
仲間の命で、敵の命。
そんな言葉では、抑えられない感情がある。
「……ソル……ティローナ……。……起きて……起きて……!!!」
目的地に現れたヒナノ・スエリア。
都市に入って早々、信じがたい光景を目の当たりにした。
一番近くに、倒れ込む親友。
その奥には、身体が消えていく妹。
「……ヒナノさん…………」
「……何……泣いてるのよ、ラフェルくん……。二人とも、今から私が治すから……絶対……!!!」
涙を浮かべる少年を退かし、もう半分程度しか肉体を残していないソルの治療を始めるヒナノ。
ティローナの元にも今すぐ向かいたいが、ソルの方に先に行くことを迷わず決められるほど、ソルの身体は見るからに重体だった。
ヒナノは涙ながらに、全力で命を繋ごうと魔法を掛ける。
「お願い……!! ソル……!! 帰ってきて……!!!」
だが、ヒナノと言えど、消えていく肉体を止める術は持たない。
彼女が到着してからも、ゆっくりとソルの肉体は溶けていった。
「……やだ……やだよ……やだよソル……!!! 行かないでよ……私より先に行かないでよ……!!!」
アンヴァサイトを完全顕現させたこと。
それが原因となり、完全な魔物となったソル。
彼女の肉体は、この世に留まることなく、無数の光となった。
「…………ソル……」
受け入れられない悲しみに暮れるヒナノ。
言葉も出ないラフェル。
そんな二人の前で、消え去った光が集合した。
『……姉さま……。よかった……最後に会えて……』
「……ソル……? ソル……。ソル……!!!」
その姿は人間でも魔物でもなく、天使の様。
いつものような穏やかな笑みを見せながら、優しい目で此方を見ている。
『……姉さま。お礼を言いたかった。ありがとう。私のお姉ちゃんになってくれて。私は、貴女の妹で、幸せだったよ』
「……辞めて……辞めてよソル……。泣かせないでよ……。私、貴女に何もしてあげられてない……。……『これから』だよ……!!! 貴女にそう言ってもらえるようになるのは……!!! だから……降りてきてよ……!!!」
『ううん。私はもう行かないと。――――姉さまは、ティローナさんを治してあげてください。ティローナさんはまだ、生きていますから』
「ティローナ……!! でも、貴女は……!!」
『さよなら姉さま。ラフェルくんも。必ず、生きてくださいね。それから、皆さんにもよろしくお願いします』
「ソル……!!!」
光は消え去った。
ソルは、新たな自らの居場所へと登っていった。
あの時も、そして今も、ソルを助けられなかった悲しみに暮れるヒナノ。
溢れ出る涙を止められずにいるが、
「……泣いてる場合じゃない……。ティローナを……何とかしないと……」
心の傷を抑え、急ぎ親友の元へと向かう。
ティローナに対しても、持てる全てを使って治療を施す。
ティローナだって瀕死の重体。
今すぐにでも命を落としてもおかしくない。
「……ティローナ……!! 戻ってきて……!!」
現在の聖鳳軍において、最も治癒能力の高いヒナノの懸命の治療。
そして、人の限界を超えているティローナの肉体。
その二つが合わさり、
「……ごはっ……!!」
ティローナは目を覚ました。
「ティローナ……!!」
「…………ヒナノ……。来て……くれたんだ……」
だが、串刺しにされた傷は完治していない。
あまりにもダメージは大きく、立ち上がるので精一杯という状態。
「……ラフェルくん。次は貴方を治すわ。こっちに来て」
「……ヒナノさん……」
二人比べれば軽いが、それでも多大なダメージを負っているラフェル。
彼にも、回復魔法を掛けるヒナノ。
その姿を見たティローナは、
「……ラフェルくん……。……ソルは……ソルは……どこにいるの……?」
姿の見えない彼女について尋ねた。
「……………ソルは…………空に行ったわ」
「………………ごめん……ごめんヒナノ……本当にごめん……」
聞く前から気付いていた。
でも、信じたくなかった。
だから、聞いてしまった。
謝罪の意味。
それを言わせてしまったこと。
役目を全うできなかったこと。
「……なんで貴女が謝るのよ……。その姿を見たら……いや、見なかったとしても、貴女が何をしていたか分かるわ」
「……でも……ソル…………。ソル……!!!!」
「……ラフェルくん、これで大丈夫よ。……ティローナ、私は次の所に行くわ。……いや、やっぱり貴女達を安全な所に連れてってからね」
「……ヒナノ……」
プロとして、次に向けた話を進めるヒナノだが、ティローナは彼女の悲痛な思いを感じ取る。
でも、一番辛い彼女が前を向こうとしている以上、これ以上聞くことはできない。
ティローナは、うつ向いたまま立ち尽くした。
「……さあ、ティローナ。私の手に捕まって。移動するわ。ラフェルくんは自分で歩ける?」
「……ヒナノさん……。……俺……ソルに助けられたんだ……。ソルに命を救ってもらった……。ごめんヒナノさん……俺が……俺がもっと強かったら……!!!」
「……だから、謝らないでって言ってるじゃない。ソルは、自分で選んでそうしたんでしょ。……私はソルの行動を正しいと思ってるし、誇りに思ってる」
「……ヒナノさん……」
「……だからさ……!! 褒めてあげて……!!! 忘れないでいてあげて……!!! あの子を……私の妹を……!!!」
力不足を一番嘆きたいのはヒナノ自身だ。
妹の、親友の、仲間の危機に駆け付けることもできなかった。
悔やみきれない。
止めようと食い縛られなければ、永遠に後悔と哀しみの涙は溢れ出てくる。
それでも、まだ後ろを振り替えることはできない。
悔やんでいる場合じゃない。
あの子の分まで、私が皆を助ける。
「……ヒナノ……そうだよね……。ソルが護った想いは、私たちが継いでいかなきゃ……」
「……うん……。分かった……。俺……もっと頑張るよ……ソルが……俺を護ってくれたこと、間違いじゃないって言えるように」
「……ありがとう。二人とも、それじゃあ、行きましょう」
ティローナはヒナノに背負われながら。
ラフェルは何とか風を起こしながら、戦場を後にした。
飛び立つ三人の背後。
優しげな微笑みを浮かべた少女が、手を振っていた。




