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ヴェルソレクト  作者: 高野翌
第九章
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第二百七十三話 『拳』

 「(――――何……? この感覚……)」


 急ぎ、中央本部へと飛ばすヒナノ・スエリア。

 

 その道中、身震いがする様な嫌な感覚に襲われる。

 何だか、身体の中から絶対に必要なものが抜けてしまうような。

 そんな、嫌な感覚。


 「(……まさか……ソル……ティローナ……!?)」


 その嫌な感覚を二人に結び付けてしまうヒナノ。

 既に全力で飛ばしている身体を無理矢理にでも速めようと力む。


 「……大丈夫よね……!?」


 後数分で着く。

 それまでに、何も起きないことを祈る。

 

 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

  

 「……殺したつもりだったんだけどね」


 立ち上がったティローナを見つめるマビュート。

 ティローナの全身には、マビュートの触手が突き刺さった跡がある。

 人間であるならば、立ち上がってはいけないほどの重傷だ。


 しかし、立ち上がらずにはいられなかった。


 視線を下ろすと、消えていくソルと懸命に起こそうとするラフェルの姿が目に映る。


 涙が止まらない。

 二人のその姿は。


 ティローナは黙って拳を構えた。


 最後の決着をつけるべく。

 

 「……ふふ、嬉しいわ。もう一度、貴女と拳を交えられるなんてね。――――さあ来なさいっ!! いくらでも相手してあげるわ!!!」


 「――――はあっ……!!!」


 ティローナの一撃。

 顔面にクリーンヒット。


 マビュートも返す。

 拳を顔面へと。


 血の風が吹き荒れる中。

 ここまで甚大なダメージを受け続けてきた両者。

 精神を振り絞り、肉体を奮い立たせ、その拳を放ち続ける。


 ティローナの顔は哀しみに溢れている。

 勢いよく拳を振ることで、涙も横に流れていく。


 目の前で死に行くソルの姿。

 立ち続けることができなかった自分への憤り。

 そして、戦いに対する忌避感。


 永遠に感じられるような、凄絶な殴打の応酬。

 殴っても殴られても、悲痛な痛みが募っていく。


 対するマビュートは、この殴り合いを、そして暴力を心の底から楽しんでいるような、満面の笑みを浮かべている。

 

 一発打つ度に、一発打たれる度に、その笑顔は更に強まっていく。

 傷つける痛みを、傷つけられる痛みを、生きる糧としているように。


 「……はははっ!!! 良いわねえ!! 楽しいわ……戦いって!!!」


 「うおおあああっ!!!」


 絶対に笑みを崩さないマビュート。

 だが、ここまでの戦いによるダメージは、マビュートに確実な痛みを与えている。


 笑っているため、動きが鈍らないためにティローナは気付いていないが、既にマビュートの肉体は限界へと近づいていた。


 このティローナの拳一発一発が、決定打になってもおかしくない。

 マビュートの敗北は、直ぐ側にまで迫っている。


 ――――だが、それは、


 「う……あ……ああああっ!!!」


 ティローナも同じことだった。

 

 聖鳳軍の中で最も頑丈な肉体と、途方もないタフさを持つティローナ・カルダート。

 

 しかし、あくまで彼女は人間だ。

 不死ではない。


 当然、限界は訪れる。

 命は尽きる。


 「……うっ…………」

 

 戦い続けた二人。

 先に倒れたのは、ティローナだった。


 「……はあ……はあ……。……ふっ……ははははっ!!! 私の勝ちねえ!!!!」


 息を切らしながら、血塗れになりながら勝ち誇るマビュート。

 彼女の瞳は一寸の闇もなく、ただただ眩しい光で輝いている。


 ティローナは地面を溶かすほどの涙を流しながら、今にも壊れそうな顔で勝者を見上げる。


 「……でも、素晴らしい体験ができたわ……。ラフェルくん、ソルちゃん、ティローナさん……。貴女達のこと、帰ったら誰かに話すわ……。ありがとね!!!」


 後ろにいるラフェルとソル。

 そして、ここまで言葉よりも重い拳を語り続けたティローナに迫るマビュート。


 長かった戦いに終止符を打とうと、拳を振り上げた。


 『――――結局、護れなかったの?』


 ティローナ・カルダート。

 聖鳳軍に入隊した意味を考え直す。


 運命だと思った。

 吸い込まれるように戦いの場へと参じた。


 神様か誰かが、私に何かを護れと言っているのだと思った。

 誰かを護るために、何かを救うために、こんな丈夫な肉体と、何もかも破壊する拳を持てるように産まれたのだと思ってた。


 でも、


 『これじゃあ、意味なかったよ』


 ヒナノに会えて、ソルに会えて、ショウエイくんに会えて、皆に会えて、本当に幸せだった。

 でも、私が『戦いを選んだ理由』に意味は、なかった。


 仲間を助けられず、その仲間を傷つけた人を倒すこともできない。

 私が倒せなかったこの人はきっと、また私の仲間を傷つけてしまう。


 『でもね、もう動かないんだ』


 頑張ったよ。

 頑張ったんだよ。

 でも、ダメだった。


 情けないね、私。


 『皆、ごめんね』


 …………あれ……?

 ……誰……?


 『おい、ティローナ』


 この――――声……。


 『何寝てるんだよ、ティローナ』


 ……何だか、懐かしい声。

 でも、苦しくなる声だなあ。


 『言葉も返せねえか。まあ、その傷じゃしょうがねえか』


 ……そうだ、この声。

 私に、始まりをもたらした声だ。


 『でもよ、言ったよな。誰にも負けんなってさ。頼むぜティローナ。お前は、最強でいてくれよ』


 ……同時に、終わりをもたらした声でもあるけど。

 ……それでも、この声に言われたら、限界が少しだけ上に伸びてしまう。


 『立て、ティローナ』


 ……ありがとう。

 私に、最後の力をくれて。


 「…………!!? ……貴女まだ……!!?」


 拳を振り下ろしたマビュート。

 だがその拳は、立ち上がったティローナに受け止められた。


 完全に決着がついたと思っていたマビュート。

 さすがに驚きを爆発せざるを得ない。


 そして、ティローナは、拳を握った。

 力は入らない。勢いもない。


 だが、残された自分の全てを込めた、特別な拳。


 「はあああ…………」


 「……ふっ……。いいでしょう……!! 来なさい……!!! 貴女の最後の全て……!! この身を持って受け止め……」


 「ああああっ!!!!」


 ――――炸裂。


 拳はマビュートの顔面に打ち込まれ、彼女の全てを破壊した。


 「…………み……見事……だわ……」


 戦い過ぎたのか。


 マビュートの全身は、勢いよく溶け始めた。


 「……ティローナさん……。私を殺したこと……誇りに思いなさい……。そして私も、貴女のこと一生忘れないわ……。それから……夢を叶えてくれて……ありが…………と…………」


 消滅。


 勝者は、ティローナ・カルダート、

 ラフェル・フルミーネ、

 そして、ソル・スエリア。

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