第二百七十三話 『拳』
「(――――何……? この感覚……)」
急ぎ、中央本部へと飛ばすヒナノ・スエリア。
その道中、身震いがする様な嫌な感覚に襲われる。
何だか、身体の中から絶対に必要なものが抜けてしまうような。
そんな、嫌な感覚。
「(……まさか……ソル……ティローナ……!?)」
その嫌な感覚を二人に結び付けてしまうヒナノ。
既に全力で飛ばしている身体を無理矢理にでも速めようと力む。
「……大丈夫よね……!?」
後数分で着く。
それまでに、何も起きないことを祈る。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……殺したつもりだったんだけどね」
立ち上がったティローナを見つめるマビュート。
ティローナの全身には、マビュートの触手が突き刺さった跡がある。
人間であるならば、立ち上がってはいけないほどの重傷だ。
しかし、立ち上がらずにはいられなかった。
視線を下ろすと、消えていくソルと懸命に起こそうとするラフェルの姿が目に映る。
涙が止まらない。
二人のその姿は。
ティローナは黙って拳を構えた。
最後の決着をつけるべく。
「……ふふ、嬉しいわ。もう一度、貴女と拳を交えられるなんてね。――――さあ来なさいっ!! いくらでも相手してあげるわ!!!」
「――――はあっ……!!!」
ティローナの一撃。
顔面にクリーンヒット。
マビュートも返す。
拳を顔面へと。
血の風が吹き荒れる中。
ここまで甚大なダメージを受け続けてきた両者。
精神を振り絞り、肉体を奮い立たせ、その拳を放ち続ける。
ティローナの顔は哀しみに溢れている。
勢いよく拳を振ることで、涙も横に流れていく。
目の前で死に行くソルの姿。
立ち続けることができなかった自分への憤り。
そして、戦いに対する忌避感。
永遠に感じられるような、凄絶な殴打の応酬。
殴っても殴られても、悲痛な痛みが募っていく。
対するマビュートは、この殴り合いを、そして暴力を心の底から楽しんでいるような、満面の笑みを浮かべている。
一発打つ度に、一発打たれる度に、その笑顔は更に強まっていく。
傷つける痛みを、傷つけられる痛みを、生きる糧としているように。
「……はははっ!!! 良いわねえ!! 楽しいわ……戦いって!!!」
「うおおあああっ!!!」
絶対に笑みを崩さないマビュート。
だが、ここまでの戦いによるダメージは、マビュートに確実な痛みを与えている。
笑っているため、動きが鈍らないためにティローナは気付いていないが、既にマビュートの肉体は限界へと近づいていた。
このティローナの拳一発一発が、決定打になってもおかしくない。
マビュートの敗北は、直ぐ側にまで迫っている。
――――だが、それは、
「う……あ……ああああっ!!!」
ティローナも同じことだった。
聖鳳軍の中で最も頑丈な肉体と、途方もないタフさを持つティローナ・カルダート。
しかし、あくまで彼女は人間だ。
不死ではない。
当然、限界は訪れる。
命は尽きる。
「……うっ…………」
戦い続けた二人。
先に倒れたのは、ティローナだった。
「……はあ……はあ……。……ふっ……ははははっ!!! 私の勝ちねえ!!!!」
息を切らしながら、血塗れになりながら勝ち誇るマビュート。
彼女の瞳は一寸の闇もなく、ただただ眩しい光で輝いている。
ティローナは地面を溶かすほどの涙を流しながら、今にも壊れそうな顔で勝者を見上げる。
「……でも、素晴らしい体験ができたわ……。ラフェルくん、ソルちゃん、ティローナさん……。貴女達のこと、帰ったら誰かに話すわ……。ありがとね!!!」
後ろにいるラフェルとソル。
そして、ここまで言葉よりも重い拳を語り続けたティローナに迫るマビュート。
長かった戦いに終止符を打とうと、拳を振り上げた。
『――――結局、護れなかったの?』
ティローナ・カルダート。
聖鳳軍に入隊した意味を考え直す。
運命だと思った。
吸い込まれるように戦いの場へと参じた。
神様か誰かが、私に何かを護れと言っているのだと思った。
誰かを護るために、何かを救うために、こんな丈夫な肉体と、何もかも破壊する拳を持てるように産まれたのだと思ってた。
でも、
『これじゃあ、意味なかったよ』
ヒナノに会えて、ソルに会えて、ショウエイくんに会えて、皆に会えて、本当に幸せだった。
でも、私が『戦いを選んだ理由』に意味は、なかった。
仲間を助けられず、その仲間を傷つけた人を倒すこともできない。
私が倒せなかったこの人はきっと、また私の仲間を傷つけてしまう。
『でもね、もう動かないんだ』
頑張ったよ。
頑張ったんだよ。
でも、ダメだった。
情けないね、私。
『皆、ごめんね』
…………あれ……?
……誰……?
『おい、ティローナ』
この――――声……。
『何寝てるんだよ、ティローナ』
……何だか、懐かしい声。
でも、苦しくなる声だなあ。
『言葉も返せねえか。まあ、その傷じゃしょうがねえか』
……そうだ、この声。
私に、始まりをもたらした声だ。
『でもよ、言ったよな。誰にも負けんなってさ。頼むぜティローナ。お前は、最強でいてくれよ』
……同時に、終わりをもたらした声でもあるけど。
……それでも、この声に言われたら、限界が少しだけ上に伸びてしまう。
『立て、ティローナ』
……ありがとう。
私に、最後の力をくれて。
「…………!!? ……貴女まだ……!!?」
拳を振り下ろしたマビュート。
だがその拳は、立ち上がったティローナに受け止められた。
完全に決着がついたと思っていたマビュート。
さすがに驚きを爆発せざるを得ない。
そして、ティローナは、拳を握った。
力は入らない。勢いもない。
だが、残された自分の全てを込めた、特別な拳。
「はあああ…………」
「……ふっ……。いいでしょう……!! 来なさい……!!! 貴女の最後の全て……!! この身を持って受け止め……」
「ああああっ!!!!」
――――炸裂。
拳はマビュートの顔面に打ち込まれ、彼女の全てを破壊した。
「…………み……見事……だわ……」
戦い過ぎたのか。
マビュートの全身は、勢いよく溶け始めた。
「……ティローナさん……。私を殺したこと……誇りに思いなさい……。そして私も、貴女のこと一生忘れないわ……。それから……夢を叶えてくれて……ありが…………と…………」
消滅。
勝者は、ティローナ・カルダート、
ラフェル・フルミーネ、
そして、ソル・スエリア。




