第二百七十一話 『怪物決戦』
「――――これは…………!!!」
一変する、咆哮と気配。
ティローナとラフェルに向いていた意識が、一点に集中される。
マビュートの視線の先には、反り立つ黒い獣。
「ソルちゃん? ……でもこの感じ、とても懐かしいわ……」
マビュートの質問にソルが返すのは威嚇だけ。
言葉は返ってこない。
「……やっぱり……そうよね!! 完全に顕現してる!!」
ソルへと近づくマビュート。
対するソルは予備動作無しで、マビュートに接近する。
そして、雄叫びと共に吹っ飛ばした。
「うっ……!! ははっ!! 今の攻撃、間違いないわね!! それに、ソルちゃんとしての意識もない。貴女は完全に、アンヴァサイトになったんだわ! おめでとう!!」
アンヴァサイトの性質。
機械のように、動いているものに危害を加える。
そこには、破壊の感情しかない。
かつて、マビュートが何度も対面したものと、同じだった。
ここにもうソルはいない。
ここにいるのは、彼女の中の獣。
目の前で死に掛けるラフェルとティローナの姿がリミッターを破壊し、魔獣を顕現させた。
「久し振りねえ、これと戦うのは。よろしく!!」
諦めていた標的の出現に心踊らせるマビュート。
四十年以上もの時間を越えての対面ということも、彼女のワクワクを強めていく。
全ての意識をソルに集中し、動き出すマビュート。
それに引き寄せられるように、魔獣も反応する。
「それっ!!!」
相手が攻撃に入るよりも速く、右胸に拳を打ち込むマビュート。
先程はこの一撃で動きを止めていたが、
「ヴウァァァァ!!」
何ら気にすることなく、魔獣は攻撃を返した。
獣が全面に出たことで、本来の力が呼び起こされている。
「そうそう!! これこれ!! 簡単に倒れない、これがいいのよねえ!!!」
希望通りの動き。
満足気に笑みを見せるマビュート。
思う存分殴り殴られることができると、歪んだ喜びを高めていく。
二人の怪物。
互いに異常なタフさを誇る親子の激突は、一が十となるほど永く続いた。
――――だが、永遠に続く戦いなど存在しない。
始まったからには、終わりが必ず訪れる。
先に膝をついたのは、魔獣の方だった。
「……ふふ……。凄かったわ……!! とっても永く、じっくり楽しめた。流石は私の分身だわ!!」
戦うためだけの兵器となったソル。
頭では踊っているマビュートに襲い掛かっているが、身体が追い付いてこない。
「でも、もう終わりみたいね。……いや、十分だわ。ありがとね。――――じゃあ、殺すわ。これを殺す感覚、これまた面白いのよね」
時間は掛かるが、やろうと思えばいくらでもまた産み出せる。
自分で産み出したこいつは、自分の手で処理すると、マビュートは決めている。
マビュートは、子供へと手を伸ばした。
「……なっ……!!」
だが、その手の軌道は、またしても道を逸れた。
もう、三度目だ。
鬱陶しい風にゴールを邪魔されるのは。
「……あいつ……本当に……!!」
風の出所へと顔を向けるマビュート。
激しく息を切らしながら、掌を此方に向けている少年が目に映る。
「……さっさと貴方は死になさっ…………」
妨害しまくるラフェルに激しい怒りを宿し、触手を伸ばしたマビュートだったが、
「ヴウァァァァ!!!」
「なっ……!!!」
かろうじて起き上がったソルに、不意の一撃をもらった。
魔獣の全てを込めた、町を吹き飛ばす程の咆哮。
どうやら、密かにこれを溜めていたようだ。
マビュートは、至近距離からのレーザービームに全身を包みながら運ばれ、派手な爆発の中心となった。
「…………ヴ……ァ……」
ゲロビームで全エネルギーを使い果たしたソル。
座る力すら残されておらず、地面に勢いよく頭を着けた。
「……や……やったのか…………ソル……」
同じく重傷のラフェル。
マビュートがエネルギー波に呑まれたのを確認し、少し笑って見せる。
「(……でも、ソルもティローナさんも……俺もやばい…………。…………誰かいないか……風で探知するんだ……)」
重傷の身体で探知するラフェル。
誰かまでは特定できないが、人か魔物かどうかくらいは確かめることができる。
「(…………!! 外……外だ……!! こっちに向かって来てる………………ヒナノさんか……!?)」
近くの南門から十分近く進んだ所で、人間が飛んで来ているのを確認したラフェル。
こんな動きができる人は、ヒナノしかいないと考える。
「(……よかった……!! ヒナノさんなら俺たちを治せる……!! この速さだと……十分くらいか……!! 大丈夫だ……!! それぐらいなら持つ……!!)」
「死んだかと思ったわ」
「!!? …………嘘だろ……」
生存への光が見えたのも束の間。
ヒナノが此方につくよりも速く、絶望を纏った女が目の前に現れた。
見上げるラフェル。
そこには、マビュートが立っている。
「……まあでも、いい一撃だったわね。……ところで、ラフェル君、さっきなぜ邪魔をしたの?」
「!?」
攻撃をする前に話し掛けてきた。
「さっき、あれにトドメを刺そうとした私を邪魔したわよね。どうして?」
これはラッキーだ。
向こうから話し掛けてきてくれた。
ヒナノが来るまで、時間を稼げるかもしれない。
「……当たり前だろ……。ソルは仲間なんだから……」
「……その認識が間違いだわ。あれはもう、ソルちゃんじゃないの。完全に私の一部だわ。万が一私を倒したとして、今度は貴方に襲い掛かったわよ。助ける必要なんてない」
ラフェルは若い。
「時間を稼ぐ」ということが頭から抜けたわけではないが、彼女の発言に対し、怒りの感情が湧き出てしまったことを責めることはできない。
「……何言ってんだよババア……!! ソルがそんなことするわけないだろ……!! ソルは友達だ……!! 仲間だ……!! お前の一部なんかじゃない……!! 取り消せ……!!」
痛みと苦しみに耐えながら、ラフェルは精一杯思いを叫んだ。
その声が耳に届いていたのは、敵意を向けられたマビュートだけではない。
「……そう思いたきゃ勝手にしなさい。まあ、どうでもいいけど。もう貴方は殺すからね」
「(……しまった……!! 違う答えをするべきだった……!! まだ間に合うか……!!)」
拳を構えるマビュート。
何か話題を振ろうと、頭を回転させるラフェル。
でも、この状況で録な質問なんて出てこない。
「……あの……!! おばさんって、何歳なの……!?」
「……そんなこと聞いてどうするのかしら。つくづくムカつくお子様だわ」
「(……ああ……ダメだ……!! ごめんソル……!! ティローナさん……!! 二人はどうにか生き延びてくれ……!!)」
ラフェルは死を覚悟した。
目の前に、最後の拳が打ち込まれるのが見えた。
――――だが、
「…………なっ……!!?」
駆けつけた大きな影が、一つ。
拳が突き刺さったのは、ソルだった。




